第9話 起死回生のテレポート
「マリベール! どこだー!」
俺は森の中を駆け回っていた。想像していた森よりもずっと険しい。
草は腰のあたりまで伸び、密に生えた木々で見晴らしは悪い。もはや“ジャングル”と呼ぶべきだろう。
こんな場所で狼の群れと戦っているのか。
俺は、この世界をゲームのようなものだと思っていた。
元の世界では有り得ないメニュー機能、俺の考えには意見することなく従ってくれるみんな。
ゲームの駒を動かす、プレイヤーの気持ちになっていたんだ。
みんなにだって“心”はあるんだ。ちょっと考えたらわかる、そんなこと当たり前だって。
俺はついさっきまで“それ”に気づけなかった。だから大バカ者なんだ。
けど、もう知ってるよ。さっき教えてもらったから。
みんなを死地に追いやってるのは俺のせいだ。助けたいなんて言ったら痴がましいにも程がある。
最大の敵は無能な仲間だ。つまり今の俺は……みんなの最大の敵だ。
俺は……みんなの仲間になりたいんだ!
会って数時間、話したやつなんか十数人しかいない。だけど、俺の作戦とも呼べない作戦に、誰一人反論することなく“信じて”実行してくれた。
今も俺の言葉を“信じて”救援を待っていてくれる。
“それ”だけで十分だったんだ。ずっと……孤独に生きてきた、乾いた俺の心には――。
だから俺は俺にできることをするよ――仲間として、そして神として。
「マリベールー! みんなー! どこだー! 救援にきたぞー!」
「ワオォーーン」
獣の雄叫びだ、近い。
膝が笑っている。堕落した生活をしていた俺は、体力がないんだ。体に鞭を打って、獣の声の方に足を進める。
茂みをかきわけた先に“そいつら”はいた。
全身を黒い毛並みに覆われた“狼たち”は俺が知っている狼より二回りは大きい。
みんなは棒を持って、怒声を上げて、視界に映るあらゆる所で、戦っていた。
「鑑定」
【名 前】 な し
【種 族】 森林狼
【性 別】 オ ス
【クラス】 騎 獣
【職 業】 な し
【世 界】 ダールデン
【階 層】 1
【能 力】 な し
<体 力> 15
< 力 > 20
<魔法力> 3
<耐 性> 4
<素早さ> 25
つよっ!? みんなより数倍はステータスが高いじゃないか……。
だけど……俺には関係ない。神は死なないんだ。
「こっちだ、オオカミやろう!」
俺は狼たちに負けず劣らず雄叫びを上げた。だが、こっちを見向きもしない。
「か、神様!? みんな、神様が救援にきてくれたよ!」
木の高いところから“誰か”の声が響いた。
下で応戦している者はそれに呼応するが、どこか弱々しい。
その原因は一目瞭然だ。みんな、ところどころ赤く染めているんだから……。
周りにはすでに倒れている者も少なくない。全部……俺のせいだ……。
「お前らの餌は、これだっ!」
【道具】から“ケイブバットの死骸”を3つ取り出すと、狼に向かって投げつけた。
狼たちは周りを警戒しながら“それ”に歩み寄る。
これでわずかな時間は稼げた。後は今のうちに、
「転移4を削除。新しくここに転移結晶の作成」
目の前に菱形の鉱石が現れる。メニューを操作し、名前を“転移4”と付ける。
「神様、これは一体どう言うことでしょうか?」
肩で息をして近づいてきたのはマリベールだった。
手には、転移結晶と同じくらいの長さの竹を持ち、頬や腕からは血が流れていた。
「マリベール、みんなを連れて、この転移結晶で“転移1”に飛んでくれ」
「えっ!? でも、狼たちが――」
「――作戦があるんだ。俺を信じてくれないか」
俺はマリベールの瞳をじっと見つめた。他人の、しかも女性の目を、まじまじと見たのは初めてかもしれない。
緑みがかった綺麗な色をしていた。そして、こんな時だがちょっとドキドキした。
マリベールは俯いて「わかりました」と返事をすると、すぐに顔を上げて声を張った。
「みんなー、今すぐここにある転移結晶で、“転移1”にテレポートして! 動ける者は動けない者に手を貸して! 狼は……神様がやっつけてくれるって!」
視界に映る狼たちは20匹を超えている。
全て俺がやっつける? 無理だ。そんなこと出来っこない。俺にそんな力はないんだ。
俺は……30年間、人の手を借りて生きてきた人間だ。
だから――人の手を借りるのは大得意なんだよ!
「こいつらは俺に、“俺たち”に任せろ!」
俺は虚勢を張って、狼に向かって走り出す。
狼は赤い液体の付着した牙を向ける。刃物のように鋭く大きい牙だ。
怖い、痛そう、死ぬ、頭の中を駆け回るのはそんな言葉ばかりだ。
それもそうだろう。俺は体力だけじゃない、根性もないんだから。
「――いってぇ」
先頭を走ってきた1匹に肩を噛まれた。
物理の法則に従うように、俺は肩を噛みつかれたまま、後ろにふっ飛ばされる。
食い込んだ牙がぎりぎりと音を立てて、さらに食い込んでいく。
『“神”の体に損傷を確認。損傷レベル1。10秒ほどで修復が完了します』
頭の中に機械じみた声が響いた。
なんの“お知らせ”か知らねぇけど、こっちは痛くてそれどころじゃないんだ。
「こいつを“転移2”にテレポートだ! いますぐ!」
肩が喰いちぎられた、と錯覚するほどの痛みはすぐに引いていく。
これが神の力、か。なんで痛みは消してくれなかったんだろうな。
「念話」
(ルイン、聞こえるか?)
(神様! 送るなら事前に連絡するって言ったじゃないですが!?)
(痛くてそれどころじゃなかったんだ。俺、へたれだから)
(なんの話ですか!?)
(今からどんどん送るってこと)
(わ、わかりましたよ)
俺はここに来る前に“転移1”の場所を洞窟の入り口に、“転移2”の場所を、巨大コウモリ――ケイブバット――の掃討し終わった洞窟内部へと作り替えた。
ルインにしたお願いは2つ。
1つ目は他の場所への救援だ。
1人でも多くの人を救って欲しいと伝えた。
2つ目は洞窟内部に送られた魔物の退治だ。
明るいところから急に暗いところに送られて、集団で襲われるんだから、逃げることはもちろん抵抗することも不可能だろう。
「さーて、次に殺されたいやつはどいつだ!」
俺はさらに虚勢を張って凄んだ。




