第1話 神になりました
「1000年か……長かったな」
俺は畑の横にある土手に座り、空を見上げた。
その先にある、これから蹴落としていく世界を見据えて――。
この上に、いくつもの世界が積み重なっているのを不思議に思ったのは、何百年くらい昔だろう。
「おーい、黒の神さまぁー」
声の方に視線を向けると、知らないおじさんだ。
ん? ニュアンスがちょっと違うな。
顔は知っているけど、名前は知らない。一人一人覚えていたらキリがないからな。
軍手を付けた手を上げて、近づいてくる。
麦わら帽子、無精髭、肩に預けたクワ。言うまでもない、農夫だ。
「やあ、今日も畑仕事ご苦労様。俺も何か手伝おうか?」
「神様は忙しいんだから、いつも通りゆっくりしててくれよな」
軍手の上から髭の感触を確かめるようにさすると、ニカっと笑った。
他の神たちはどうか知らないが、俺だけで言えば暇だと思う。
忙しいのはとうの昔に終わったんだ。あとはひたすら待っていた。力と金が貯まるのを……。
「なぁ、おじさん。契約の話覚えてる?」
「ああ。思念体? とかいったの貸し出すあれだろ?」
「そう、それ。近々、戦争を本格的に始めようと思うんだけど大丈夫かな?」
おじさんは目を丸くして、驚いた表情を浮かべる。
「やっぱり嫌だったかな?」
「いや、黒の神様にも戦う意思はあったんだな、って思ってな。俺はもちろん、他のやつらも嫌なんて言うやつは1人もいねえよ」
そう言うと、がっはっはと大声で笑い声をあげた。
1000年前と同じく、世界の人々は俺の言うことに嫌だ、とは言わないんだな。
「でも、死ぬかもしれないよ?」
「そのときは、蘇生ってやつをしてくれるんだろ?」
「当たり前だよ!」
「なら、なんの問題もねーよ。どれ、もうひと仕事してくるか」
クワを器用にくるりと回すと、畑へ戻っていった。
誰も死なせないよ。あんな思いはもうしたくないんだ。
1000年間忘れたことはなかった。ううん、忘れないようにしてきたんだ。
みんなの仇を討つために――。
まず最初の課題はビギナークラスからの脱去、かな。
「おーい!」
さっきのおじさんが、畑から大声を上げて手を振っている。
何かあったのかな。
「俺たちは1層の弱兵だ! 戦闘力はあてにするなよー!」
そんなことは言われなくてもわかってる。
俺がこの世界に異世界転移されたとき、思い知らされたんだから――。
○
地球にいた頃の俺の名前は『矢名浩二』。
高校、大学、大学院と順調に進んでいき、その末になったのがニートだ。
30歳になっても働きもせず、アパートを借り、日々PCでアニメやゲームやラノベを漁る毎日だった。
要は、親のすねかじりってやつだ。
“それ”は突然のことだった。
夜中に目を覚ました俺は、トイレに行ってそのまま部屋に戻ると、消えていたはずのPCの電源がついていた……。
「さっきまで、消えていたよ……な?」
不思議に思ったが、仕方なく電源を消そうとマウスに触れると――画面はガラリと変わった。
そこには、
『神々の遊戯の世界へようこそ』
と表示されていた。
なんだこのタイトルは?
そういえば昨日フリーソフトを何個かインストールしたような気がしなくもないな。
それにしても、タイトル画面がいまどき文字だけって……ある意味レアだな。
すっかり目の覚めてしまった俺は、
「ちょっとだけ。さわりだけでも……」
と、マウスを動かし、下の方に表示された“START”のボタンをクリックした――瞬間。
画面から白い光が大量に溢れ出した。
「な、なんだこれ!?」
深夜にも拘わらず、大声を上げた。
「ったく、なんだよいまの。制作会社にクレームでもい……………」
思わず固まった。その光景に……。
目の前に広がっていたのは、終わりの見えない草原だった。
「えっ……。ええええーーっ!!」
叫び声は、壁に阻まれることなくどこまでも駆け抜けていく。
右を見ても、左を見ても、下を見ても、草。
上を見たら、さすがに空。それも晴れやかな快晴。
そこにぽつんと立っている。パジャマ代わりに着ていた黒のスウェット姿で……。
何この状況、草生える。たしかに草は生えてるけども……。
と、とりあえず落ち着け、いったん落ち着こう、俺!
その場であぐらをかき、目を閉じて“今”の出来事を思い返す。
俺は間違いなく、自分の部屋にいた。そして神々のなんちゃらってゲームを起動したんだ。
それから光が溢れてきて……そうか! あの光のせいか!
よくわからんが視覚情報とかを使って、架空の世界を見せられたんだ、きっと!
なかなかすごい技術じゃないか。種さえ分かればこっちのもんだ。
おそらく一時的なものだろう。
スウェット越しに感じる、風の感触は気のせいだ、と自分に言い聞かせながら。
ゆっくりと目を開けた――。
「――ぬおぅ!?」
驚きのあまり仰向けに倒れ込んだ。
「あっはっはっはっは」
俺の目に映ったのは、目の前で高らかに笑い声を上げる少女の顔だった。
それを、ものすごい至近距離で見た。
「やっほ〜! よくきたね、新しい神」
少女は笑みを絶やさず、呑気な口調で言葉を発した。
ん? いま神って言ったのか?
俺のこと……ではないよな? 後ろに誰かいるのか?
後ろを振り返ってみるが、視界に入るのは、変わらず終わりの見えない草原。
「キミだよ、キミ! 91番目の神、ダールデン」
服の袖がだらりと垂れた手で、俺の頭を優しく叩くと、少女はパチリと片目を閉じた。
俺は、神になったらしい。