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勇者だった男  作者: 阿国豊山
氷の世界
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鮮血の招待状

 長い夜が終わり朝がやってきた。太陽の光が亡者が徘徊する世界を照らす。

 神に見捨てられた教会堂の中――ここは司祭室。ミックは腕を組みながら、床に座ったまま瞼を閉じているアメリを興味深そうに眺めていた。

 彼女を囲むように火が灯された蝋燭が六本置かれている。アメリが合わせた両手の中に握っているのは数珠――神の霊魂と意思を通わせる際に使用する道具だ。十数個の珠に糸の束を通し輪にしたものである。

 降霊術。アメリは霊護符を作成するため、教会堂の中で発見した専用の羊皮紙に神の力を宿しているのだ。力を借りたい神の真言を唱えながらイマジネーションを高め、数珠を何回もすり合わせる。すると蝋燭の火が揺れてアメリの体が青白い光を帯び、瞳の色が金色に染まった。

 トランス状態である。様々な神の霊魂の意思が彼女の魂に同居しているのだ。脇に置いていた筆を手に取って羊皮紙に次々と複雑な文字を書いていく。全て書き終えるとアメリの双眸の色も元の碧色に戻った。


「ふむ、見事な降霊術だった。中々どうしてやるじゃないか。大抵の者ならば五枚も作成せずともへばるものだが、流石はフランク様の妹だ」

「歴代最高に優秀な聖霊術師の背中を見て育ったのよ、これくらい当り前だわ」


 感心した口調のミックが差し出した手を、得意げな表情のアメリが掴んで立ち上がった。頬にはうっすらと汗が流れている。

 神と対話するという感覚は生まれながらの才に近い不思議な力だ。聖霊術を行使するにはその最低限度の感覚の強さがなければならない。そこから聖霊術士として様々な神の霊魂と対話をしたり霊位の高い霊護符を作成するには、経験や訓練の密度とセンスが重要である。

 アメリは若年層の中では実力最上位のグループに入っていた。


「あなたこそ、魔除のお香なんて国の限られた地域でしか産出されない貴重な木を使うもの、よく持ってたわね。あれのおかげで安心して眠れたわ」


 アメリは祭壇の上に置かれた灰のような匂いを発している物体を物珍そうに見やる。


「これも……その、ルイ様から受け取ったものだ。もう残り僅かだが」


 若干間を置いてからミックが説明した。

 それは白檀の粉末を水で練り込み三角の型に入れたまま乾燥させたものだ。それ自体に邪悪な存在を遠ざける強力な効果があるため、部屋どころか教会周辺に葬民は寄ってこない。


「今朝は久しぶりにゆっくり食事もできたし、ミックには本当に感謝ね」


 アメリはお腹を撫でながら満足げに頷いた。

 昨日は、アメリが持っていた果実とミックが家々から拝借してきたある食べ物で空腹を満たした。

 加熱した豚肉の脂肪部分に砕いた干し肉とレーズンを混ぜて密閉させ固めた食品だ。メナス王国では伝統的な保存食でもある。


「休息はとれる時にとっておかないと、いざいう時力が出ないからな。ではアメリ、準備を終えたところで本題だ。王都までの経路を確認しようか」


 ミックは鎧の内側から取り出したメネス大陸地図をアメリへと差し出した。


「南門を出てシェイマー街道を通る。そこから廃都マイムを直進しジーナが根城にした王都に向かう」

「最短距離だもんね。気味悪いから気乗りはしないけど」


 廃都マイムとは遥か昔、太古の闘争でフェンブルとペロムが邪神と戦った都市である。

 街を囲んでいる森全体が傷を負った邪神の青い血で穢れており、木々という木々が紫色に変色し、醜い形状をしている。

 そうして今後の行動計画を立てた二人は司祭の部屋を出ると、どちらともなく祭壇の方へと駆け寄った。祭壇前には白い布を被せられ、腹上で手を組んだ亡骸達が並べられていた。

 昨日ミックとアメリが丁寧に並べたのだ。

 二人は瞼を閉じて右手で死者への祈りの印を結んだ。それを終えるとアメリは悲しげな瞳を亡骸に向けたまま、やるせない想いを声に出した。


「大昔の戦いから、誰も邪神が隠れた場所を突き止めれなかったのかな。先に突きとめてればこんな酷い事態なんかに……」


 三呼吸分の時間が流れた後、両目を開いたミックは答える。


「聖霊術士が聖なる加護そのものの霊位は感知できても、邪悪な力は感じる事ができないと君がよく知っているだろう。真実は直接シュマと接触したジーナの胸の中さ」


 アメリは少し痛んだ亜麻色の髪を細い指先いじりながら、深いため息をついた。


「だよね。誰もあの男を知らない。何がどうなっているのか、全部不明のままだものね」

「確かなのは、奴は邪神の手駒として力を無差別殺戮に使い、メネスだけでなく大陸中を血で染めよう目論んでる。それだけだ」


 ミックはそれだけ言うと霊剣を抜いて入り口の扉へと向かっていった。

 邪神を信仰しアルター教会から破門され、その末に何らかの形で現世へ再臨しかけていた邪神と接触した――ジーナという人物の情報はそれのみしかない。彼がどんな理由で邪教に身を染めたのすら不明。予測しようがない自然災害のようなものである。

 しかし過去は変えられるはずもなく起こってしまった現実が全て。嘆いている時間は残されていない。

 アメリは自分の兄だけではなく、メネスの未来のため絶対目的を果たさなければと改めて決意する。

 気合を入れるよう両手で頬を叩いて身も心も引き締めると、扉の前で待機しているミックへと近づいた。


「魔除の香の効果はそろそろあてにならなくなる頃だ、気を抜くなよアメリ」


 ミックはアメリへ注意を呼び掛けながら、扉を少しずつ開ける。


「うん。油断は禁物、もう集まり出してるかもしんないし用心していかないとね」


 アメリは首肯し、霊護符をいつでも使用できるように準備する。

 そして二人は警戒しながら教会堂の外へと出た。未だ魔除けの香の効果が生きているのか、地上はもとより建物の影や屋根の上等、朝焼けに染まる街中の目につくところへ葬民はいない。淋しい風が孤独感を感じさせるだけだ。

 しかし次の瞬間―― 


「うあッ!?」


 アメリは数歩前に落ちていたあるモノを発見すると、驚きのあまり後ずさったのだ。

 ミックも続いてそれに気がついた。彼はアメリとは対照的に冷静に四方を警戒しつつ、しゃがみ込むとあるモノに触れた。


「人間の腕だ。それにこれは、便箋を握っているぞ」


 切断された血まみれの左手である。それは上質な便箋を握っていた。


「つい最近のモノだな」


 切断面は新しい。ミックは落ちている左手から怖便箋を抜き取り、中身を確認し始めた。


「何で扉の前に人の左手が……!? あなた、よく触れるわね」


 未だ動揺した様子のアメリが恐る恐るミックに近寄った。


「誰かにあてた手紙なのか。街の様子からして生き残っていた者がいたとは考えられんが」


 訝しげに首をかしげるミック。彼はそれを手にとって内容を確認すると、憤激に震えた。


「むぅ」

「何が書かれていたの?」


 ただならぬ様子を感じたアメリが心配そうに声をかけると、ミックは無言のまま便箋を彼女に手渡した。

 アメリは手紙に目を通すと、


「これは、なんてことなの……」


 書かれていた狂気の内容へ息を呑んだ。


「これは俺達にあてられたものだぞ、どうやらずっと監視されていたらしい。どこからかは知らんが」


 狼狽する彼女の手からミックは便箋を受け取り、それをぐしゃぐしゃに握りつぶした。


「それに殺した人間をもっと見て欲しいとご丁寧に差出人の屋敷までの道のりまで書かれてるときた」


 自分達が知らぬ間に正体不明の何者かによって監視されていたという想定外の事態。

 いわばまんまと手のひらで転がされていたようなものだ。二人はこの現実に胸を鋭いもので貫かれたような衝撃を受けていた。


「いつでも殺せたとも書いてあるわ。こんな事をできるのは――まさか!?」


 顔を青くしたアメリが紡ごうとする言葉の続きを、ミックは首を横に振って否定した。


「ジーナがここにはいるハズはない。けどハッキリしてるのは、手紙の差出人は残虐非道な下種だ」


 吐き捨てるように言ったミックはアメリと目を合わせ頷き合うと、街の中央部を目指して走り始めた。


(どう考えてもただの葬民はこんな手の込んだマネはできん。それでもジーナの手が掛った奴としか思えんな。いずれにせよ、相手は只者ではない)


 得体のしれない不安が込み上げたミックは、汗ばむ手で霊剣を必要以上に強く握った。

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