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勇者だった男  作者: 阿国豊山
氷の世界
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黒い夢

 まどろむ意識。深淵の中――現実ではないどこかの世界にアメリは潜っていた。自身の意志とは別に勝手に体が動いている。


(ここは、どこだろう……)


 瞳を開けてみると、真っ黒で暗い世界にいるようだった。


(何も見えないわね)


 数歩先を確認する事もまもならない。けれでも、何故か怖いとは感じなかった。水の中を漂っているような感覚もある。


(私は変な仮面を被った人に助けられて、それから急に眠くなったんだっけ。ならこのままぼーっとしていれば自然と目が覚めるかな)


 結論付けまた暗闇の中に身を寄せようとしたその時、前方に太陽を落としたかのような神々しい光が発生したのだ。


(眩しい!? お次は何だっていうのよ――)


 両手で顔を覆ったものの、すぐに光度が収まった。腕の隙間から何が起こったのか見てみると、そこには白い光に照らされた薄汚れた木造二階建ての建物があった。


 それは――


(こ、孤児院。シュメール孤児院だわ)


 身よりのない彼女が物心つく頃から十五歳になるまで入居していた施設だった。

 両親の顔もしらないアメリが人との関わり合いを学んだ思い出の場所。


(いまさら夢に出てくるなんて)


 できれば出てきてほしくはなかった。この建物はもはや存在しないし、何よりも「大切な人」と一緒に過ごしてきた場所だったから。


(あれ、入口の前に誰かいるわ)


 それだけではなく、人影も見えた。光の下にいるのにどうしてか、素顔が見えない。

 しかしアメリは身に纏っているもの見て誰か判別できた。神秘的な輝きに包まれた赤き外套は普通の聖霊術士用のものではない。聖霊術士であれば誰もが目指すの憧れの服だった。

 その服を纏っている者の中で彼女が知っているのは、ただ一人だけ。


(アメリ)


 その人が、懐かしさを感じさせる優しい声で名を呼んだのだ。


(嘘……。何で、そこにいるのよ)


 いつも優しくて頭を撫でてくれながら、とりとめもない話を聞いてくれた事をアメリは忘れなかった。負の感情に捕らわれるず生きてこれたのも、立派な聖霊術士になりたいと王都ナダン内のアルター教会聖霊術士養成所へ入学を決めたのも、彼がいたからこそだ。

 大切な唯一の家族なのだ。アメリは思わず名を叫んだが、どうした事か肝心の声がでない。アメリはいてもたってもいられなくて、彼の元まで走った。

 ぼやけていた顔の輪郭が少しずつハッキリとしてきた。

 同じ亜麻色の艶やかな髪。穏やかな眼差しをした柔和な顔立ちが目前に――


(――えッ!?)


 否。狂気を帯びた瞳。垂れ下がった鼻。髪は不自然に逆立ち、ギラギラとした歯を覗かせ邪悪な笑みを浮かべるその顔は、元のものとは全然似つかない。まるで別人である。


『クハハ、ハハ、ハハハッ』


 茫然とするアメリを尻目に、彼に似た何かは嘲笑交じりに高笑いをあげると、己を誇示するかの如く両手を広げた。


『聞けぃメネスの民よ。貴様らがよりどころにしていた二人の小僧は崇高なるシュマ様の天啓に導かれし我の前へ破れたぞ! 勇者と神獣は死に、偽善神アルターを信仰する哀れなガキの身体はほれ! この通り我が魂事、奪ってやったわ!』


 聖霊術士の少女は網膜に浸食してくる言葉の意味が理解できなかった。いや、意地でもしたくなかった。今も、「あの時」も。


(でたらめ言わないでよッ! あんたが――なハズがない!)


 締め付けられた喉からやっと出た声は届かない。男は聞いているのが嫌になるくらい彼と同じ声で、あざけ笑い続ける。


『この者の姿が未来よ。アルター神が作った虚偽の世界は、シュマ様の手によって滅ぼされる。御神を信じた者こそ本当の清浄土に逝ける。貴様らはここで煉獄へ落ちるのだ!』


 再度反論しようとするができなかった。またも声は出なくなり、急速に自身の姿も薄くなっていく。意識が覚醒を始めたのだ。


(――ッ!)


 兄の姿をした何かからも段々と遠ざかっていく。どこまでも続く深淵に落ちていた。

 アメリが最後に伸ばした手は届かない。彼との距離は、悲しいくらいに遠かった。

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