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勇者だった男  作者: 阿国豊山
エピローグ
35/36

Sky to be opened―カナタへ―

 雷が荒れ狂い邪神の炎の如く赤黒い暗雲に照らされた呪われた大地にて、闇の者が光の者へと無常なる審判を下そうとしている。

 諦観。聖霊術士の少女は心の中で世界に別れを告げ、やがてくるだろう死に備えて瞳をぎゅっと強く閉じた。

 本願。邪神シュマはついに来たる滅びへの喜びにうち震えると、赤子の手をアメリへと翳す。


「お前達に世界の終わりを見せられないのは残念でしたが、仕方ありません」


 背の炎が水のような動きでシュマの肩をつたって手のひらへと伸びていく。邪神は目の前の人間の少女を全力で焼き払おうとしていた。

 意思を持った灼熱が放たれるまで、もはや僅かだ。


「アルターの加護など所詮まやかしだったと、煉獄で永久に悔いるがいい――!?」


 しかし中断せざるおえなかった。血走った大きな単眼が愕く。

 いつまで経ってもこない最後の一撃を訝しがる余裕が少々でもできたアメリは、恐る恐る瞳を開いた。

 なんとシュマが手を攻撃の手を止め、憤怒の形相を浮かべているではないか。

 状況が理解できずに目を丸くするアメリ。だが、後方から聞こえてきた足音が耳に入った途端、涙が込み上げてた。

 歓喜と安堵。彼はいつだって、アメリが危機に見舞われようが、最後には必ず助けてくれた。

 それが、最強最悪の存在の攻撃をまともに受けたとしてもだ。きっとこの暗雲も晴らしてくれる。

 やがて静かなる足音が止まった。漲る生命力が気配からも伝わってくる。

 振り向くとそこには、


「殿下ッ!」


 威風堂々と立っている銀髪の勇者ルイがいた。消えかけていた希望の灯が復活する。


「全てを諦めるにも、勝利の幻想に溺れ慢心するにも、まだ早い」


 彼は鋭い黒の眼光で邪神を睨みつけた。

 怒るシュマは動揺を悟られまいとできる限りの余裕の笑みを作って見せたものの、眉間のしわは隠しきれない。


「なんと、生きていたと。衝撃からしていくら貴様とて果てたと思っていました」

「お前が蔑んだ聖なる加護はここに生きている」


 力強い言葉を叫び返したルイは申し訳なさそうに視線を落すと、縋るように自身を見つめるアメリの頭を撫でた。


「アメリよ、心配をかけたな」

「お願い、殿下。救って……お兄ちゃんを、世界を救って!」


 涙が止まらないアメリは彼の大きな手を震える手でぎゅっと握り、泣きじゃくりながら懇願する。

 彼女が代弁した全人類の想いを真っ向から受け止めたルイは片目を瞑って見せた。


「当たり前さ、君と約束したじゃないか。暗雲が晴れ、神の太陽が照らすかつてメネスの姿と闇から解放された兄の姿を必ず見させてやる」


 そして、続けて衝撃的な言葉を簡潔に伝えた。


「果たした暁には、君やこの雄大なる神の大地ともお別れだよ。俺は魂となる」

「へ? それってどういう」


 意味がわからず、アメリの涙が止まった。このような決死の状況なのに一瞬呆けてしまう程だ。それでも間違いなく本気の言葉を投げかけられたと思えたのは、彼には似つかわしくない今にも消えそうな、儚げな顔だったから。


「忌々しい。もうワタシに逆らえぬよう今度こそ葬ってやる」


 刹那、シュマの堪えていた憤怒の念が暴発。

 頭を振り乱し発狂した邪神の怒声が二人の間に流れた沈黙を引き裂いた。


「このうえなくお怒りだな。さぁ、来るぞ。衝撃に巻き込まれないよう避難していろ」


 ルイは邪神へと向き直るとアメリと距離をとり、ゆっくり霊剣を抜いた。


「待って! お別れってどういう意味なんです? 最後に答えて下さい」


 どこか遠くへ行ってしまう者を引き留めるように伸ばされた細い手は、届く事はない。

 勇者は彼女の方を向かないまま、押しとどめた想いを振り切るように大声を出した。


「早く行くんだ! 勇者として、王子殿下としての命令だ。わかってくれ、アメリ」

「うぅ……くッ」


 ルイはそれ以上何も語らなかった。

 死闘再開間近。アメリも決死の状況とわかっている。追及する事で戦いの邪魔はできない。また、これ以上自身にも邪神へ攻撃する術もないのだ。足手まといである。

 彼女は何も納得できないまま無理やり感情を殺し、決戦の場から退場するべく俯いたまま踵を返し、残った力で地を蹴った。

 その様を観察していた邪神はカラカラと笑い声ともとれる不気味な声を出した。背中に寄り添うように浮遊する円形にゆらめく炎の勢いが増す。


「今生の別れは済みましたか? 時間をかけよう戦術を立てて足掻こうが無駄。時は有限です。ほら、この美しい身体はこんなにも赤く染まっていますよ」


 今にも爆発しそうに赤黒く点滅し出した自身の肉体を、両の手で愛おしそうに抱きしめる。爆発は迫っていた。一刻の猶予すらない。


(確実に引導を渡してやるんだ!)


 もはや小競り合いは無意味。次の攻防で運命は決すると勇者は知っていた。

 アルターの手によって完全覚醒した霊剣の力を使用し、一手に決めねば世界は崩壊するだろう。

 その強大なる聖なる加護の引き出し方は、不思議と理解していた。

 霊剣を握りしめる。己の意識の中へと埋没すると、何かに満たされていく感覚に包まれる。ルイはふっと一呼吸し、己から湧き上がってきた見えない力に身を委ねた。


「覚悟しろシュマ。アルタ―神の真の加護の力を思い知れ」


 透明な霊剣が眩く光り輝き出す。能力開花――彼を中心に青白い風のような何かが周囲を舞いだしたのである。少しづつ勢いを増し、周囲の石礫すらも巻き込んでいく。それは小さな嵐となった。


「アルターのしもべが消えた今、貴様如きの力だけで何度試そうが無駄だと――」


 虚勢は打ち砕かれる。光を恐れる闇の本能は前例のない異変を察知した。生まれ堕ちてから数えきれない程の時間を生きていた破壊の神は、これほど激しく狼狽えたのは初めてだった。それが恐怖という感情であるとも認識もなかったのだ。

 何故なら、先とは比べものにならない、神である自身すら飲み込まんとする閃光の濁流が全身を突き抜けた感覚を覚えたのだから。


「メネスの大地から消え失せろ」


 聖なる風と一体化したルイは、限界まで熱くなった霊剣を咆哮と共に、思いっきり地面へと差した。

 すると静寂の後、土の中に入った霊剣の先から白い稲妻の奔流が現れた。

 それは轟音を立てて地面を裂きながらあっという間に邪神の真下へと辿り着き――


「ヒッ――」


 爆発。辺り一帯の地面が砕け、青白い光が一瞬にて天高く吹きあがった。

 その巨体では避ける間もなかった。穢れた肉体を聖なる業火が飲み込んだ。


「グギギッ!? 何が起こった、か、らだが焼ける!?」


 勇者が最初に使用した霊剣の光柱を遥かに凌駕する規模と威力だ。

 察知した感覚は真実だったようだ。絶痛。邪神は青い血を噴き出しながら悲鳴をあげて身体を痙攣させた。手足を伸ばしてなんとか逃れようとするが、聖なる光はシュマを捉えて離さない。


(なんという威力、まるで別物。これがアルタ―様が解放された霊剣の真の力とは)


 堂目。勇者は嵐の中心にて霊剣の真の光を放ちながら驚嘆していた。

 あまりにも凄まじい波動。加護を手にした自身の身体が震えた――


「グッ!?」


 否。その身震いは興奮によるものではない。

 彼は思い出した、大いなる力には代償が必要であるのだと。


(これが例の代価ってやつか)


 よろめきかけた。身体全体がいきなり軋みだしたのだ。限界突破に肉体が耐えきれなくなったのである。だが膝は意地でもつけない。邪神は滅びきってすらいないのだから。

 鼻からも血を流れきた。霊剣握る手からも同様だ。内部からじわじわと亀裂が入ってきているかのようだった。呼吸すら痛みに変わりだす。覚悟はしていたが、やはり人の身で授かるには重過ぎる神の息吹だった。苦痛に顔を歪めながらも閃光を放出し続ける。

 やがて激痛は光の放出を弱めさせるまでに影響を及ぼしたのだ。


「あぁぁぁありえぬありえなぬ無血の完全体へと変化を遂げたワタシを倒すなぞッ」


 そこへきてシュマが邪神としての意地を勇者に見せつける。

 肌が焼け背の炎の輪が消えかけて、このまま散っていくと思われた最中だった。


(シュマの抵抗力が増した!?)


 脅威の耐久力で持ち直したのだ。全身から青い血を流しながらも尚、全身から邪悪なる黒い灼熱を発現させ、徐々に輝きを失いつつある聖なる光をじわじわと消していく。


「終わるものかァ、貴様ら光ある者達を滅ぼしつくす時まではなァ」


 ドスの効いたおどろおどろしい声で叫び喚き、血走った単眼で憎し勇者を捉える。


(クソ、いい加減楽になれ。アルタ―様直々の霊剣すら耐えるなんて)


 対して勇者は剣を構える事すらやっとの状態になりつつあった。そして、とうとう邪炎の熱波は閃光を突破し、勇者へと襲い掛かる。濁流のように瓦礫を巻き込みんだそれを勇者は残った体力を総動員させ、自身を取り巻く聖なる風で身を守った。


「クヒヒ、どうした最初の威勢はッ。その程度かいいのか世界が終わるぞ」

「まだまだ、ぐぅッ……」


 形勢逆転。覆い潰そうとする邪炎の熱風を聖なる風圧で防ぐのが精一杯である。

 邪神は取り戻した余裕に笑う。


「短い足掻きのようで。さぁ、メネス終焉を貴様の死をもって盛大に祝うとしましょう」

「負けるか、負けてたまるか!」


 襤褸切れみたいに傷ついた肉体を更に痛めつけて必死に邪神へ抗う勇者。万感の思い。脳裏へ浮かぶのは自分の人生に関わってきた様々な人々の顔。二度目の敗北は許されないのだ。世界を救いたい。あの聖霊術士の少女との約束を果たしたい。その一心である。

 もはや人ならざる形相で雄叫びをあげながら、最後であろう底力を振り絞る。

 しかし邪神が繰り出す炎の海は嘲けるかのように、風を掻き消し、勇者を潰さんとしていた。


「うぉぉぉぁぁぁッ!」


 ルイは諦めない。自身の肉体が活動停止するその時まで目を開けて光を放出し続ける。

 少しづつ輝きが強まり出した閃光に熱波を阻まれ、シュマは歯ぎしりをする。生意気な敵への苛立ちが増すばかりだ。

 そして、痛覚さえ感じなくなった勇者はにやりと口角を曲げた。肉体が限界を超えて気が触れてしまったのではない、


「貴様、いい加減くたば――えぐッ」


 死闘に復帰してからずっと待っていた味方が絶好の瞬間で復活し、逆転への援護を成功させてくれたのだ。

 光の矢と化した勇者の味方は、流れる星のような軌跡を描きながら邪神を守護する炎のゆりかごを強行突破し、血管が張り巡らされ醜く膨らんだ頭部を貫通、青の血を大量噴出させた。


「この神獣ビノを侮るなし忘れるなし」

「ビノ様!」


 神獣ビノ。聖アルター神に仕えししもべは決死の覚悟と最大出力の意地で、状況を見事好転させたのだ。


「話はアルター神様から聞いておる。確実に決めろ勇者ァ!」


 空中で相棒へと声の限り叫ぶ。勇者は霊剣を正眼に構えた。

 勝利への一手が繋いがれた今一度、邪悪に引導を渡すにはアルター神に与えられし聖なる剣に他ならない。自身の全てを聖なる加護に委ねた。勇者は肉体全てと引き換えにメネスの平和を願う。


「ウォォォォッ」


 邪神は恐怖に慄く。瞬間。世界は白く染まったのだ。


「グギッ……ワタシは滅びぬ、どの世界いつの世や構わないッ。必ずや復活し貴様ら光の存在を食らいつくして――」


 光が闇を少しづつ包んでいく。断髪魔の叫びすら消えていった。

 ルイはとうとう力尽きて膝から倒れた後、安らかに微笑んだ。


「父上、母上、アメリ、フランク。俺はやり遂げたぞ」


 悲願達成に涙が滲む。そして、澄んだ心地よい感覚が生まれた。意識も薄れる。このまま、忘却の彼方へと導かれていくかのようだ。限界がきたとルイは自然と認識していた、生命終了を。次第に五体が青白く輝いていく。

 やがて、世界を覆った聖なる純白も消える時が来た。

 人類は一人の男の犠牲の末、安寧を勝ち取ったのだった。

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