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勇者だった男  作者: 阿国豊山
光の涯
33/36

審判の瞳 後編

 聖戦開始。


「覚悟は出来てるかシュマッ!」


 先に仕掛けたのはビノだ。抜群の瞬発力をもってして邪神の巨体へ一直線に飛んだ。


「いくぞアメリ」


 そしてルイが続く。


「え、早!?」


 草原では見せなかった神獣の本気の速度を初めて見たアメリは、味方ながら面をくらったもののすぐに気をとり直し、遅れて駆けだした。


「神獣自らが先陣を切って出ると。ジーナ如きに敗れた者が無駄なマネを」


 高速で回転しながら飛来してきた神獣を前にしても邪神は余裕を崩さない。

 背に据えた炎の輪を振動させる。すると自らを包む炎が鞭のような形状に変化した。

 接近するビノを捉えようと鋭く動き出したのだ。


「当たるか」


 しかし伸びてきた炎の蔓をビノはしなやかに身を翻し、紙一重で避け続ける。

 対してシュマは愉快そうに次なる攻撃手段へ転じた。


「ほう避けますか。ならばこれはどうでしょう?」


 首を空中のビノへと向ける。紫色の唇を口が裂けんばかりに開き、熱線状の息を吐き出したのである。広範囲に吐き散らされた灼熱の熱風が神獣を襲う。


「ビノ様ッ!?」


 ルイとアメリの悲鳴が重なる。呆然とするしかない。

 回避不可能と撃破を確信した邪神の邪悪な笑い声が赤黒い空に響いた。


「クハハ、拍子抜けだ。燃え尽きましたか。これが進化したワタシの――!?」


 絶句。邪神は蒸気の中から出てきた何かに反応さえできなかった。


「ギィィィ!?」


 シュマは頬を斜めに切り裂かれた。青い血が舞い散る。


「ちぃ外したか。で、進化したなんだって?」


 仲間たちの心配などいざ知らずの何食わぬ様子でビノが地上に着地した。そして矢継ぎ早に瞠目している二人の若者へと指示を飛ばす。


「ボサっとするなし! やれ勇者!」

「は……はい!」


 神獣は生きていた。それがわかれば憂いはない。状況をすぐさま認識した勇者が攻撃動作に入った。


「グギ、畜生風情が生意気な――む!?」


 頬からこぼれ出た血を止めようと手で押さえる邪神の紅の単眼が更なる驚きに染まる。


「はぁぁぁぁッ!」


 勇者が雄叫びをあげた直後、かの霊剣が尋常ならざる輝きを帯びて点滅しだしたのだ。

 勿論それだけではなく自身の真下にあたる地表から聖なる光が溢れ出るようにして湧き出てきたのである。


「どういう事です!? あのような類の力は前時代にはなかったはずッ」


 混乱。邪悪な者が持つ光への根源的恐怖からこの場からの離脱をシュマは感覚的に察知し、回避すべく巨体を動かした。


「くらえ邪神。これがお前の知らない、アルター様が下さった奇跡の力だ」


 しかしあと僅かに遅かったのだ。光はうねりながら宙へ浮く邪神目掛けて奔出した。


「グギャァァァァァッ」


 邪神は聖なる閃光の渦が全身を飲み込まれ、火あぶりの刑に処せられた者のように引きちぎられた絶叫をあげる。


「神獣様も殿下も、なんて凄まじい攻撃なの」


 現場へ着き霊護符を構えたアメリは光の旋風が眩しすぎて目を瞬く。戦いの規模の大きさに入っていけず、尻込みしてしまっていた。もはや自身の想像を超え過ぎていたのだ。


「これじゃ私の霊護符は必要――あ!」


 もしや凄烈たる攻撃を受けて勝負は決まったのではという、聖霊術士の少女の淡い期待はかくも打ち砕かれる。


「クク。変わったのはワタシだけではない、と。確かに、確かに堪えはしましたとも」


 これが邪神である。簡単に終わるようでは幾年前にとうに敗れていたはずなのだ。

 シュマは全身に火傷のような傷を負い、青い蒸気を立ち上らせながらも健在だった。


「嘘。あの猛攻をくらってまだ動けるなんて」


 アメリが戦慄に震える。

 勇者の全身全霊に見えた攻撃を受けて尚も生きている恐るべき生命力に恐怖するしかない。

 邪神は勝ち誇った笑みを浮かべると単眼を見開き、悔しそうな顔をしたルイとぎょろりと睨んだ。


「けれども所詮はアルターの矮小な小細工、無間の邪念から恵みを享受せし我が身には少しばかり威力が足りなかったようですね」


 勇者の背中を冷たい汗が伝う。


(桁外れの耐久力だ。これが邪神シュマか。どうする、どう攻めればいい)


 もう一度隙を見て発動しようにも決定打とならなければどうしようもない、何より邪神が攻撃を許さない。気持ちだけが先走り、歯ぎしりをした。

 以前の彼だったここから動けなかったろう――だが、今の勇者は違う。


(いや、考えがつかないのなら正面から切って切って切りまくるのみだ)


 もはや吹っ切れている。自暴自棄ではない、元から思案を巡らす性格ではないのだ。

 自らの力を最後まで信じて命果てるまで霊剣を振るうまでであると、呼吸を整え集中し直した。


「最初からこれしきで決めれるとは思っとらんぞぇ。時間がない、いくぞ勇者」

「えぇ。直接たたき切るのみです」


 当時とは状況が全て違うものの邪神の底力を体感していたビノは、彼とは対照に表面的には冷静に見えた。再び先導し、勇者が続く。


「くッ……私だって!」


 アメリは両の頬をぱちんと叩き自身を一喝すると、勇者のような雄叫びをあげて走り出した。


「ならば来なさい。そして苦痛に喘ぎ死んでいくのです」


 邪神の炎から夥しい数の大きな火の粉が分かれた。先端が刃を思わせる形状へと変化した火矢を思わせるそれは独立した意思を持って切るかのように空中を飛ぶビノへ、地上のルイへと襲いかかってきた。


「ちょございなッ」


 ビノが舌打ちをして速度を上げる。

 神獣は多少攻撃をくらおうが、勢いを増したまま力押しで真っ向から特攻しようとしていた。


「うぉぉぉッ!」


 一方勇者も次々と止む事なく飛んでくる邪炎の矢に対し、霊剣を豪快に振るい続けて叩き落としながら、少しずつ前進する。


(なんて数だ。そして激しい)


 手を動かし続ける疲労感で表情が険しさを増す。嵐に挑んでいるようなものである。

 防御しながらビノの方を横目で見ると、明らかに速度が落ちていた。

 勇者は無理をしてでも出来る限りペースを上げる。白く美しい身体が火傷で傷ついていると遠目にもわかった。焦っていたのは勇者ではなくビノだったのだ。

 一刻も早く反撃をしなければ、ビノは邪神へたどり着く前に落されてしまう。


「ほらほら先程の威勢はどうしましたッ。避けるでは世界を救えませんよ」


 最悪の可能性――このままでは押し切られるだろう。ルイの黒い瞳を鋭く細めた。


「命を、削らなければッ」


 いちかばちか、多大な疲労を承知のうえ霊剣覚醒の一撃を放つ決意した刹那――


「水聖霊セーヌよ、炎をかき消しなさい!」


 彼の相棒が起死回生の聖霊術を放った。

 真上に浮く霊護符を中心に出現した複雑怪奇な模様で構成された虹色の円から鉄砲水が噴射し、勇者へ放たれた邪炎の矢をまとめてかき消したのだ。

 邪神が瞠目し攻撃が止んだ。

 隙を逃がさないと一気にビノが肉薄するが、あと僅かのと

ころで避けられてしまう。今更制止が効かずに瓦礫の山にあわや突っ込む直前、なんとか着地体勢をとるに成功したようだ。


「ふむ。そういえばもう一匹いたか」


 全く眼中になかった。戦いが始まってからも無視していた虫けらに等しい存在に邪魔をされたのが苛立たしいと、邪神が憤怒の形相を聖霊術士の少女へ向ける。


「私はアメリ、これからあなたを倒す者の名前よ。大賢者ペロム様より伝えられし、神々との聖なる交霊の証、聖霊術に浄化されなさい」


 勇ましく啖呵を切ったアメリであるが、両足はガクガクとこのうえなく震えている。


「ビノ様も無事なようだな。助かったよアメリ」


 勇者が優しく微笑みながら礼を述べ、アメリが心から安心した顔で頷く。

 その時、彼女はルイと行動を共にしてから初めてペロムの役を務めれた気がした。


(二人を助けられて良かった。私の聖霊術でも邪神に通用するのね)


 邪神との戦いが始まってからは恐怖と緊張に苛まれ思う様に動けずにいた彼女もまた、以前の心持ちであれば戦いが勝敗が決するまで微動だにできなかっただろう。

 しかし何度も生死の危機に瀕した数日間で、己に激を飛ばし強大な敵相手へ表面上だけでも挑発できるまで成長したのだ。


「まだわからぬと。アルターめがどんなに貴様らへ入れ知恵しようが、所詮小細工!」


 怒り狂った邪神が再度火矢の雨を展開した。

 ルイとアメリは互いに目配せし合い、邪神へと向き直る。


「行くぞ、アメリ」

「はい殿下」


 二人はそれだけ言葉を交わし、死闘へと身を投じていく。


「アルタ―様の加護が小細工かどうか試してあげる。風霊将シェイムの聖なる息吹!」


 アメリが投げた霊護符の中央へ穴が開き、そこから凄まじい突風が吹き荒れた。


「ぐぉッ。虫けらがァ悪あがきをッ!」

 

 火の礫を押し返し、地表の石や瓦礫をも巻き込んで邪神の視界を塞ぐ。


「勇者、娘が頑張ってる内に左右から仕掛けるぞぇ」

「えぇ!」


 その間にビノが戦線へと復帰。二手に分かれ、両手で大きな単眼を塞ぐ邪神を目指す。


「ぐぎぇぇぇぇッ」


 邪神が獄炎のゆりかごから炎の鞭を数十本にもわたり展開させた。ビノへ襲い掛かった際とは段違いの規模だ。邪神の本領発揮である。しかしルイ達は決して冷静さと勝利への執念を失わない。


(一度でもくらった終わりだ。だけど物怖じなんかしていられない!)


 時に霊剣の聖なる力で正面から来る炎の鞭を消し飛ばし、軌道を予測して攻撃を見事に避ける。


(時間は限られているし、一回でもくらったら致命傷だ。しかし落ち着かなければ)


 ルイは赤みを帯びつつある邪神の身体を流し見た。

 戦いが始まってから結構な時間が経過している。シュマを倒す以前に爆発されてしまっては世界が終わるのだ。失敗は許されない戦い。焦りは死を意味する。


「いくつ増えようが同じよ! この神獣ビノには当たらんぞぇ」


 ビノも数が激増した炎の鞭を空中で回避し続ける。

 二人は迫りくる灼熱の脅威を退きながらがら邪神へと着実に近づいていた。


「う、シェイムの霊護符がッ!?」


 そして、アメリの霊護符の効力が切れる。

 二、三回程連続で使用した強力な風霊将シェイムの霊護符はもはや尽きた。


「ググッ。殺してやる。八つ裂きにしてやる」


 聖なる風が止み邪神が単眼を開きかけたその時、


「まだまだだぞシュマッ」


 ルイが瓦礫の山を一気に駆け上る。全速力。頂点へとたどり着き、その超人的脚力で邪神へと飛んだ。


「ひねり潰してくれる!」

 邪神の巨大な手が眼前へと出現した。しかし視界を奪われている状態での当てずっぽうな攻撃は当たらない。

 ルイは親指部分に足を掛けると勢いを利用して霊剣で手首を深く抉った。


「手が! ワタシの手がぁぁぁ!?」


 断髪魔の叫びが轟く。勇者の猛撃は終わらない。

 空中で一回転し、そのまま邪神を守る炎のゆりかごを霊剣の聖なる輝きで掻き消しながら目指した先は邪神の上体だ。


「だぁッ」


 振り上げた刃の軌跡は左胸部へと集束した。多量の青い血が噴き上がる。


「あんぎゃぁぁぁッ」


 霊剣による直接攻撃に

 勇者は攻撃の手を緩めない。そのまま邪神の腹部へと飛び乗り、斬撃を繰り返した。


「ざまぁないぞぇ」


 加えて、ビノの回転攻撃が巨眼を切り裂いた。シュマは絶痛のショックで痙攣して声もでない。

 赤みを帯びつつある五体が青い血で染まる――勇者は尚も一心不乱に霊剣で邪神を斬り続け、ビノも閉じた単眼を責め続けた。


(まだだ! 邪神はまだ息絶えちゃいない)


 躍動する血流が足元でうねっていた。着々と爆発へと近づいているのだ。驚く事にこれほどまでの連続攻撃を受けても邪神は未だ生きている。

 そして勇者とビノは攻撃に集中するあまり、気がつけなかった。

 邪神の怒気が頂点に達した事に。


「小賢しい!」


 開眼。凶悪な怒号が響く――ルイとビノは防御する間もなかった。

 虫を殺すように邪神の手で叩かれ、明後日の方向へ吹き飛ばされてしまったのだ。

 アメリは何が起きたか一瞬理解できなかった。僅かの間に戦局が劣勢に変化してした事理解すると、声にならない悲鳴をあげた。

 青い血にまみれた邪神は怒気から解放されたのか、満足げな表情で膝をついたアメリを見下ろした。


「他愛もない。さて人間の女、死にゆく前に兄へ別れを告げる時がやってきましたよ」


 勇者とビノが猛攻を加えようがまるで無意味。意にも介していない様子だ。


「殿下、ビノ様ッ」


 叫んでも誰も答えてはくれない。アメリの心の中に絶望が浸食していく。

 二人は、死んでしまったのだろうか――


「絶望に負けない。私だって誓ったんだ。もう最後まで諦めたりなんかしないって!」


 否。邪神もしぶといが、あの二人もこれしきで終わる程やわではない。

 聖霊術士の少女は零れ出た涙を拭い立ち上がった。


「その今にも崩れそうな虚勢をあざ笑いながらへし折るのがまた快感」


 邪神が愉悦の声を響かせながらゆっくりと接近を開始した。

 アメリの全身が震える。とてつもなく恐かった。だがいくら絶望に押し潰されそうが、それでも彼女の中には同時に希望も生きていたのだ。


(殿下とビノ様も必ず復帰するはずよ。それまでは私一人で頑張る!)


 霊護符を構えるべく革の鞄をまさぐる。そして彼女は結局、絶望に押し潰された。


「嘘でしょ、なんで私はこんなに馬鹿なの」


 いつからかと天を仰ぎながら考える。おそらく気がつかなかった間に少しずつ広がって

いたのだ――愛用の革鞄の底に穴が開いていた。霊護符は一枚たりとも残っていない。

 碧い瞳から感情の色が消える。その場にへたり込み、茫然とする事しかできなかった。


「ヒヒ、天運からも見放されたと。哀れな」


 返す言葉もない。抵抗手段がないのだ、諦める諦めない以前の問題である。

 アメリが最後にせめて兄の姿を見ようと前を向くが、それすら敵わない。

 巨大な邪神の影に覆われて、遠くが見えなかったのだ。

 聖なる力は悪心の前に潰えてしまうのだろうか――

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