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勇者だった男  作者: 阿国豊山
光の涯
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審判の瞳 前編

 聖霊術士達の決死の抵抗も及ばず、人間の痕跡が消えた王都ナダン。

 赤黒い空に覆われた神の消えた街は、世界の崩壊を静かに待つばかりであったが、それでも希望は潰えない。人類を滅さんとする悪意権現を退治するべく、アルターの加護を受けた者達がやってきたのだ。

 勇者ルイ、聖霊術士アメリ、神獣ビノ。二人の若者と一匹の神のしもべが闇を切り払い光を差し込むべく街の中央部を目指す。


「全部滅茶苦茶。あの時から何も変わっていないわ」


 瓦礫の街を駆けるアメリが碧色の瞳を悲しげに揺らす。

 深い悲しみに包まれているのは、周囲を警戒しながら後方を走るルイも同様である。逃げ回る人々の悲鳴と絶叫――建物が打ち壊され路地が血で染まり、大切な人々が炎と煙に巻かれた凄惨な光景が街を進むたび想像する。

 そしてルイの視線はナダンの中心部より東に離れた位置にある、小高い丘の方へ向けられた。本当は悲惨な現実に目を背けたいが、それは許されない。以前までは王城のだった場所――人生の大半を過ごした建造物は見るも無残に崩れ落ちていた。

 父と母はどんな最後を遂げたのだろう。死する直前、討伐に失敗した息子に何を思ったのだろうか。今となっては知る由もなかった。


(俺の罪そのものだ。父上、母上、メネスの民よ――皆の無念、俺の命を使って必ず!)


 贖罪。ルイは犠牲になった全ての人の痛みを改めて心に刻んだ。


「うぇっぷ。近くなるたびにシュマの威圧感が増してるぞぇ。気持ち悪くて敵わん」


 振り落されないようアメリの頭にしっかりと巻き付いている白蛇形態のビノが、苦しそうな顔をする。ルイ、そしてアメリもドス黒い気配が徐々に近づいていると感じていた。


「それにしても妙です。ジーナの葬民が一向に仕掛けてきません。ここに着くまで一体もいませんでしたし、もしや邪神の元に集結させているのでしょうか」


 アメリが訝しげな顔をルイに振り向けた。


「確かにここに着くまで奴らの視線や動く様子を感じない。丘から見た時も奴らの蠢く姿を見なかった」


 積み上げられた家々の残骸の上からその隙間まで隅々まで目を配らせてはいるのだが、相変わらず敵は不意打ちすら仕掛けてくる様子もない。無駄に神経をすり減らすだけだ。


「ちょこざいな。あと僅かで聖堂に着くぞぇ。全員、心してかかれよ!」


 神獣でさえも敵の動向は読めなかった。早口で人間達に注意を呼びかける。

 アメリは霊護符を投げる構えをとり、ルイはいつでも振りきれるよう、霊剣の柄を強く握った。


「数で押し切ろうとしようが無駄だとジーナもわかっているはず。何を企んでいる」


 思案するものの、敵の動きが読めない。だがここまで来ればもう中央に集結していると考える他ない。

 そして残骸の山々を過ぎ、見るも無残に崩壊した大聖堂の真上に浮遊する邪神の姿を視界に捉えた。

 しかし――


「ジーナも葬民もいない!?」


 ルイとアメリは揃って顔をしかめた。ビノもこれには面食らい「むむむ」と唸る。

 それでも、足を止めてはいけない。若者二人は予想外の事態に戸惑いつつも、邪神へと一直線に並走している最中――


「二人共聞け! ビノから提案ぞぇ」


 アメリの頭の上から神獣が作戦の声を掛ける。


「奴らがどう出てこようがもはや思案する時間はない。ビノが先手を打って撹乱して出方を見定めるッ」

「ですがビノ様。ジーナが何処かに隠れ、卑劣な罠等仕掛けてこないとも否めません」


 冷静に左右の瓦礫の山を見やるアメリが気掛かりな点を指摘するが、神獣の心中は変わらない。


「百も承知よ。奴らはビノが死んだと思っているぞぇ、逆に不意をつくのよ。それに勇者は続けぃ! 娘は後方支援を頼む」

「承知しました。ならばビノ様に続き、早々に決めてやりますッ」


 ルイは邪神の案に賛同した。考えている暇はないのだ。アメリも状況を察して頷く。


(どんな手を使ってこようが関係ない。やるぞ、俺と霊剣で悪意の根を断ち切ってやる)


 どう出てこようが先手必勝で叩くだけだと、勇者に選ばれし若者は心を決めたのだ。 戦いが始まるのはもはや秒読み段階。全員の緊張と戦闘への意識が一気に高まる。


「くッ。なんて熱気なの。あんな歪な怪物が暴れたら世界が今日にも終わるわ」


 炎の胎児を前にして表情を強張らせるアメリ。彼女の頬を一筋の汗が伝う。

 距離を詰めるたび熱くなる空気。邪神の後方に浮く熱線の輪から発生した烈火が、寄り添うようその身を包んでいるのである。

 迸る汗がルイの目を掠める。勇者は乱暴に額を拭った。


「うぉぉぉおぉおあッ!」


 咆哮。

 邪炎など聖の力で掻き消せばいい。国を、民を、大切な者達を失った絶痛の日々に自ら幕を閉じる時がやってきたのだ。大地を蹴る足にも一際力が入る。霊剣の煌めきが最高潮に達した。


「待って下さい! 邪神の真下に何かあります」


 刹那――アメリが瞠目し、大聖堂を構成していた美しい大理石の残骸の山の頂を指差す。

 何を発見したのだとルイとビノも注目する。


「どうした娘――むッ、なんぞぇあの気味の悪いモノは」


 ビノが瞳を見開いた。そこには、黒ずんだ肉の塊のような物体が鎮座していたのだ。

 棺桶のような形をしたそれは、全体に樹脂みたいな粘液がまとわりついており、上部分だけが丸く開けている。

 その部分を見た全員が息を呑んだ。ジーナの動向程度という問題ではない事態が発生している事実に混乱するしかない。ルイが思わず叫んだ。


「あれは……ジーナか!? 何かがフランクの身体を覆っています!」


 何故なら、そこには瞳を閉じたフランクが顔を覗かせていたのだから。


「お兄ちゃん!? お兄ちゃんッ! お兄ちゃん!」


 確認した瞬間、アメリの中でずっと堪えていた感情が暴発した。

 乗っ取ったジーナの影響を受けて邪悪に変化した人相は、元の穏やかな顔つきに戻っていたのだ。目を開く様子はない。何も知らず眠る赤子のようだった。


「ほぅ。勇者どころか神獣まで殺し損ねていたとは。所詮虫けらは虫けらか」


 そして、荘厳な声が宙からから朗々と響き渡ったのだ。


「何!?」


 全員、驚きの声をあげた。その場で立ち止まり、戦闘態勢をとったまま上を見る。

 邪神がその顔を占領した一つだけの巨眼を開けていた。


「神獣さん以外は初めまして、でしょうか。ワタシが破壊の神、シュマです」

「何年振りぞぇ、邪神シュマよ。貴様の予言を阻止できなかったのが非常に残念だよ」


 邪神へ対しビノが吐き捨てるように言う。


「で、何がどうなっとる。さっさと言ってみろ」

「葬民に遭遇しなかったここまでを考えれば察しがつきますかね。この者の体を占領していたジーナという男は消えました。ワタシが進化再臨を果たし、存在意義が失せたので」


 神獣の説明要求に、邪神が淡々とした口調で返した。


「ようは暇つぶしです。誰でもいいので絶望の淵に立たされた人間に理想郷という夢を見させ、どれだけ心躍らせ張り切るか観察していたくて。ワタシの力を与えればどんな人間でも復活までの時間は稼げますから。まぁ結果は思った通りでしたが」


 最初からどうとも感じていないという悪心の権化らしい残酷な遊戯だったのだ。

 ジーナという一人の男の人生は、悲しくとも最後まで報われないままに終焉を迎えた。


「はっ、お前らしいやり方ぞぇ」


 ビノが心底不愉快げに言った。


「返して、お兄ちゃんを返してよ」


 アメリの悲痛な問いかけに邪神が身体をよじり、面白そうに答えた。


「安心なさい。この者の魂は未だに肉体の奥底に眠っています。私が全力を解放するまでの命ですがね」


 言って邪神の肌色はまたも赤く発光しだす。今度は先よりも点滅が激しくなっている。


「時間を制限してくるなぞ卑怯な力を手にしおって。あの時に仕留めてれば良かった」


 ビノが苦笑を漏らした。

 一刻を争う状況だ。世界崩壊までの時間がすでに迫っている。


「そんな。そんなの酷すぎるわよ!」


 アメリの碧色の双眸に涙が滲む。だがそれこそも邪神を愉悦させる材料に他ならない。


「どうせ世界はここで滅びるからこの者の存在等どうでもいいでしょう? ワタシは貴様らの淡く膨れ上がった希望を、寸のところで摘み取りたくてね、ヒヒヒ」


 世界の滅亡を望む邪神がその透明な声色からは真逆の下卑た笑い声をたてた瞬間、自身を突き刺さんとするまでの鋭い眼光を向けれらている事に気がついて、不快な表情を浮かべた。眼光の持ち主に禍々しい殺意を帯びた視線を飛ばす。


「聞きしに勝る邪悪さだな、シュマよ。たがお前の野望こそここまでだよ」


 少したりとも怯まない。邪神の挙動を警戒しながら静観していた銀髪の勇者ルイだ。


「現代の霊剣の使い手か。あの頃を思い出します。で、それで貴様はどうすると?」


 邪神は口の両端を裂く勢いで釣り上げ、ルイの顔を赤い単眼でじっと見つめた。かつての戦士のように、愚かにも自身へ挑もうとしている男の顔を覚えておこうと思ったのだ。


「幾年を経たが今度こそお前を倒す。それが一族の、勇者に選ばれし者の存在理由だ」


 対して筋骨隆々とした銀髪の勇者は、あの日と変わらぬ様子で霊剣を邪神に翳した。

 ただ、己に潜む一切の甘さだけを排除している。

 仲間達も後に続いた。涙を拭き真剣な表情に切り替えたアメリが、革鞄から取り出した霊護符を投げる構えを見せ、ビノがいつでも飛びかからんと蜷局を解く。

 聖と悪の決着をつけるべく、戦いが始まる――


「それが答えと。ならば此度こそ貴様らの夢幻を破壊し、絶望を見せてあげましょう」


 邪神の血管が波打った。炎のゆりかごが雄叫びをあげるかのように激しく燃え盛り、より一層勢いを増す。

 正義の加護を受けし者達が一声に駆けだす。勇者は強く思った。今日という日は呪われた因果を断ち切り、人間達が新たな未来へ歩くための革命の日にするのだと。

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