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勇者だった男  作者: 阿国豊山
プロローグ
1/36

世界が崩壊した日

 その日は嵐が訪れていた。

 稲妻が暗雲を引きちぎり、大粒の雨が絶え間なく地上へと降り注ぐ。

 まるで神々による壮大な闘争が天空で繰り広げられているようだがそれは今日、地上でも同様に熾烈極める戦いが起きていた。


 メネス王国最北端、国境付近。深く険しい谷の奥。荒れた岩肌のあちこちから湧き出る硫黄に囲まれた塔があった。

 最上階。数え切れない程の骸が松明の炎に照らされる血なまぐさい空間で、人の道を外れた者と、人の未来を守る者達との命の削りあいだ。

 各々の譲れない想いを込めた死闘はもはや頃合い、聖戦は終局を迎えようとしている。


「とうとう追い詰めたぞジーナ! お前の命運もここまでだ」

 

 声高々に言い放った銀髪の少年ルイは、黒く細い双眸を一層に鋭くした。

 筋骨猛々しい体を蒼い鎧で守る彼は、手に持った青白く光る透明な剣を、人道を外れた者に向け翳す。

 そして――


「勝ち目はないぞ邪教徒。アルターの教えに背き邪霊のしもべに堕ちた貴様の罪、煉獄で償ってもらう」


 銀髪の戦士の隣に立つ亜麻色髪の少年フランクも、ルイ同様に人の未来を守る者の立場に立っている。


 神秘気的な輝きに包まれた赤き外套を纏う彼の左腕には、人々が信じる神のしもべである一匹の白蛇が巻き付いていた。この白蛇も彼らの味方である。

 荒い息を吐く二人。疲労感は限界を超えていたが、一遍の隙も見せてやらない。

 共に課せられた使命。目の前の巨悪を成敗するまでは絶対に倒れてなるものかと決死の信念である。


「何故シュマ様の崇高な理念が理解できぬ? この醜い世界は偽りの箱庭、シュマ様に命を捧げれば緊縛から解放され清浄土へと逝けるというのに!」


 悪徒――黒衣の袖下から血を垂れ流している老齢の無髪男ジーナは傷だらけの丸い顔を苦悶に歪め、狂気の価値観を主張する。

 もはやよろよろと立つのもおぼつかない様子だ。敗北は明白にも思えた。全世界を己の心模様のように、醜悪な色へと変えようとしていた計画が潰えようとしている。


「もはやシュマ様は完全に再臨するぞ。人間を正しき場所へ導いてくださるッ!」


 血まみれの禿頭は漆黒の短刀を黒衣の中から取り出し、自身の右手を切り付けて血漿を飛散させた。

 すると、何もないところからいくつもの小さな灰色の球体が点滅しながら現れたのだ。

 それは驚くべきスピードで人間の形に変化していく。

 全身は血色を欠いたような白色。蜥蜴を人型にしたようなフォルム。目に辺る部分は爛々と赤く光り、真っ黒な歯は刃物のように鋭い。ジーナが信仰する邪神に与えられた恩恵――死霊術。自らの肉体を傷付けた対価として、この世に蔓延る怨魂を具現化させたのだ。


「我が死霊術にて甦りし魂よ、偽善神アルターなんぞに救いを求める痴呆共を喰らえ!」


 その一声で、生ける屍と化した怨魂の群れはくぐもった咆哮を発すると、生者へと突撃していく。


「お前の狂った理念で何人が死んだと思ってる! お前は邪神に騙されているんだよッ」


 ルイは剣の柄を強く握り、ジーナ目掛けて駆けだす。


「だぁぁッ!」


 剣を振り上げて襲ってきた生ける屍を一気に薙ぎ払うと、フランクに目で合図をした。


「よしきた! 頼みますよ、ビノ様!」


 フランクが頷き、腕に巻いた白蛇――ビノに突撃の声を掛ける。

 するとそれは彼の左腕からするすると離れ、牙をむき出しにして飛び跳ねた。


「何ッ!? 来るな、来るなァッ!?」


 打ち出された矢のような目もくらむ程の速さ。神のしもべは何の障害もなく、ジーナの心臓を貫こうとしていた。


「おのれ、勇者共あぁぁぁぁぁぁッ!?」


 なすすべもないジーナを見て、ルイとフランクは勝利を確信し気を緩ませた。


 だが、


「――ふぬぁッ」


 突き刺さろうとしていた直前、白蛇ビノはジーナに捕まってしまったのである。

 予想だにしない事態に若者二人は呆然と固まってしまった。


「ビノ様ッ!?」


 そして遅れて出た血の気が引いた声が重なる。二人の額には焦燥の汗も流れていた。


「グググ、選ばれし者とはいえ所詮は小僧二人。少し隙を見せてやったらこれよ」


 老獪に形成を逆転。ジーナは醜悪な笑みを見せながら、必死に暴れるビノを両腕で抑え込み、


「ふん。アルターのしもべもこうなれば、ただの畜生よなぁッ!」


 鞭でも振るかのように全力で床へと叩きつけた。そのあまりに凄まじい一撃を喰らってしまったビノは全身から血を吹きだすと、それっきり動かなくなってしまった。


 誰がどう見ようが絶命したとしか見えない。ジーナは後方へと神獣の残骸を放り投げる。


「ビノ様ァッ!」


 駆逐された白蛇の名を喉も張り裂けんばかりに叫ぶルイとフランク。

 怒りに支配された二人が怨敵を抹殺すべく揃って駆け出すが、標的が見えない。

 戸惑い辺りを確認する少年らの背筋が凍った。


「遅いわ」 


 すでにジーナは二人に肉薄していた。

 痩せこけた老人とは思えない俊敏な動きに、反応する間もない。


「速い!? ――ぐがッ」


 まず左方のルイを細腕から放たれた鉄拳で吹き飛ばすと、続け様に隣にいたルイの後方に回り、両腕でがっちりと固定する。


「な! なんて力だ!? く、動かないッ」

「無駄よ。ひ弱なお前ではびくともせぬ」


 抵抗するフランクだが驚くべき力で押さえつけられているため、肉体的にはただの人間である彼が力を込めてもびくともしない。


「流れが変わるとはこのことか。二人揃って最後の最後に油断しおって。くく、信じていた神に見放されるとはこのことであろう?」


 下卑た笑い声が響く。

 図星だった。敵がこのような奥の手を隠している事すら見抜けずに勝利を疑わなかったその軽率さに後悔し、フランクの目尻に涙が浮かぶ。


「くそ、なんて力を隠してやがった」


 それはルイも同様だった。


「フランク……うぅ」


 部屋の後方に飛ばされていた彼はなんとか起き上がろうするが、床に打ち付けられた痛みですぐには動けなかった。

 絶体絶命。フランクはルイに向けて、最後の願いを伝えようとする。


「殿下、私のことは――」

「無駄だ。邪神シュマ様の素晴らしき力の奔流、貴様の身にも教えてやる!」


 ジーナはフランクの言葉を遮ると絶叫をあげた。衣服の下に隠された体中に刻んだ呪印が眩い光を放ち、体中から白い煙が吹き出る。それは凄まじい勢いでフランクの口内へと侵入していったのだ。

 術者はその場に倒れふした。フランクの方は立ったまま体を痙攣させ、微動だにしない。


「フランク! くそ、一体何が起きたんだッ」


 一瞬にして激変した状況を把握できないルイが、激痛を無視して剣を杖にしやっと立ち上がるものの、事はすでに終わった後だった。

 そして――


「ジーナめ、奇妙な術を使いやがって。無事かフラ……お、お前!?」


 目を見開くルイ。彼の四肢は未知の恐怖にゾクッと震えていた。


「よっと。ふむ、若い体はいいのぉ。力が漲ってくるぞ。これならばもっと強大なシュマ様の力を使っても負担が少なそうだな」


 ふいにむくっと顔を上げたフランク。彼の碧い瞳は爛々と怪しく輝いていた。

 邪悪な色を帯びた瞳はまるでジーナの瞳そのものだ。その証か、いつのまにか体の各所にジーナと同様の呪印が刻まれている。


「なんだよこれ。フランク、おいフランク!?」


 現状を理解できない。ルイは顔を引きつらせ、異様な雰囲気を纏った戦友に語りかけるが――


「フランクッ」


 ルイは引きつった顔のままで異様な雰囲気を纏った戦友に語りかけるが――


「小僧の魂なら押し込めてやった。身体は我のモノとなったのだ。魂の転移、邪神シュマ様から授かった究極の知恵の一つよ」


 最悪の展開が待っていた。ルイの目の前が真っ暗になる。


「そんな。嘘だろ、嘘だと言ってくれフランク!」

「しつこいぞ。こやつの心は我が奥底に封じ込めてやったわ。脆い、脆かったぞぉ」


 親友の声色で濁った嘲笑を漏らすジーナ。

 ルイは変わり果てた仲間の姿を見てられなくなり、震えながら剣を構えると、思考を半ば放棄して駆けだした。


「返せ、フランクの体を返せジーナ!」

「諦めろ! 貴様を殺した後はまず王都を火の海にしてやる。それがシュマ様再臨への生贄だッ」

「ふざけ――うぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 二度目の突撃も虚しく、勝敗はまたも一瞬で決まった。

 ジーナはルイの初撃を寸で回避すると、手のひらを翳しただけで彼を突き飛ばした。

 人間達の希望は恐るべき力に翻弄されてそのまま塔の窓を突き破ると、真っ逆さまに堕ちていった。


「そんな」


 敗北を信じられない戦士は両手を仰ぐが空を掴むのみだった。落下する彼の瞳から悔し涙が流れる。

 ジーナはルイの死を確信し、窓の下を覗き込むでもなく悪心の勝利に打ち震える。


「見るまでもない、あの高さだと逝きおったろう。……シュマ様、審判の日はすぐそこにありますぞ」


 誰もいなくなった空間で踊り狂う。人の道を外れた者が握る事となった。

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