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黒閃と白閃の聖都守護  作者: 松脂松明
第一章・古の者
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肩の重み

 獣達を穴に葬り、友カルプスを革袋に詰めて来たツコウは、いかにも肩を重そうに麓の旅籠(はたご)まで戻ってきた。シャルグレーテと従者コリンが先に逗留している手はずとなっている。

 発見した時点で血が残っている状態では無かったため、“一剣”であるツコウにとって重量的には重いとは言えないはずだが、それでもツコウにとっては何よりも重かった。


 旅籠の扉を開くと、中に併設された酒場にいた給仕や男たちは顔をしかめた。山を駆けずり回った男の獣臭と、人の血の臭いを感じ取ったのだろう。誰も近寄りはしなかった。2階にある宿泊部屋に行こうと、ノロノロした動きでツコウは歩きだす。

 階上で待っていたコリンが鎧と剣を預かって、別の部屋へと向かっていった。恐らくは磨いてくれるのだろうとぼんやり浮かんだが、ツコウの足は自動的に取った部屋に向かう。


 部屋の扉を開けると、金の髪と白布がツコウを迎えてくれた。真剣な顔をしたシャルグレーテだった。



「どうした、シャル」

「どうかしたのはお前だろう?」



 そう言うとシャルグレーテは包み込むようにツコウを抱きしめた。鎧下姿のツコウと、武装を解いているシャルグレーテのバトルドレスが触れ合った。少しだけ斜めに寄り添ったシャルグレーテはツコウの胸板に顔を寄せて、優しい声で言った。



「……臭いが移るぞ」

「カルプスのことは残念だった。接した時間は短かったが、良い騎士だったというのは分かる。けれど、この悲劇はお前のせいじゃないさ……いつもの何を考えてるのか分からない顔に戻ってくれ」

「いや、俺のせいだ。近くにいて、アルゴフのことを知りながら……彼に仕事を任せた俺の……」

「なら私も間違えたんだ。いくら強くても、私達は所詮騎士に過ぎない。間違えることは多く、剣の届く範囲しか守れないんだ。お前と一緒なら不可能なことは何もないと、夢見ていた」



 麗人として男のみならず、同性にも人気のあるシャルグレーテの顔がそれこそ夢見るような表情を浮かべていた。愛と同情、そして悲哀。全てを載せたシャルグレーテは聖母とも違う不思議な魅力に満ちていた。



「そうだな。俺は……皆に手伝ってもらいながら、誰にも力を借りていないような気になっていた。それほどの強敵、打ち倒すのは最期には自分の役回りだろう。それが気付かない内に心中で塊となって、傲慢に繋がった」



 そして、カルプスは死んだ。

 確かに友人であったが、これほどに己が思い悩むとはツコウも考えてはいなかった。


 六大騎士団の中にあって黒悔(こくかい)騎士団は騎士同士の繋がりが強かったが、そのことには黒悔(こくかい)騎士達自身が気付いていないところがあった。

 大国を代表する騎士団として、他の五騎士団はかなりの人数を抱えている。それに比べて黒悔(こくかい)騎士団は過去と役目から人数が少ない。それが絆の強さに繋がっていた。総勢100人程度ならば、互いの顔や名前ぐらいは一致するのだ。これは他の騎士団にはない。



「俺が死んでも、同僚は悲しむのかな。自分で考えてみても相当に嫌な男だが」

「当然だ。まず私が悲しむ。お前の棺にすがって、貴様、貴様、勝負がまだ付いていないぞと叫んでやろう」



 ツコウは一瞬あっけに取られた顔をして、その後に吹き出した。めったに見せない笑顔は慣れていないのか、微笑みより小さかったが目が輝いていた。

 胸にすがるシャルグレーテの背に手を回して、軽い力で近づける。



「45回も負けて、まだ足りないのか」

「バカ、46回と言っただろう。47戦目は絶対に勝つつもりでいるんだ。こんなところで折れるな」

「いや……47戦目は俺の負けだ」



 そう言ったツコウは少しシャルグレーテを持ち上げるようにした。意図を悟ったシャルグレーテは顔を赤くしたが、拒みはしなかった。


/


 翌朝……ツコウが旅籠の外へ出ると、コリンが鎧下などを井戸で洗っているところに出くわした。

 忘我のうちに鎧と剣を託したことを思い出すと、気恥ずかしくなり遠慮しがちに声をかける。コリンは振り返って頭を下げた後、少し意地の悪そうな顔をしていた。それにツコウは微妙に負けの予感を覚えた。



「昨夜はどうですか? 上手くいきましたか?」

「おまっ……!?」



 ツコウが口を魚のように開けしめすると、それこそ意外そうにコリンは首を傾げた。

 手を振るって水を落とした、コリンは姿勢を正してツコウと向き合う。厳かな神官のように告げる言葉は……



「……意外に経験が無いんですか?」

「完全に無いわけではないが……百戦錬磨とはいかない。大体そんな感じだ」

「ふぅん? お顔と地位が揃っても、そんなものなんですね。まさに意外です。騎士館の中で、下働き達が不満そうにしていたことにようやく納得がいきました」

「意外、意外というなら俺はお前が意外だよ、コリン君……もっと可愛げのあるやつかと思っていた」

「こういう分野に関して言えば田舎の方が進んでいるようですね。多分、娯楽が少ないことと何か関係があるのでしょう」



 澄ました顔で言うコリンの意外な一面にツコウは予感通りの敗北感を覚えた。

 場所は旅籠の外、都合のいいことに井戸もある。



「稽古をしようか、コリン君。好きな棒を取ってくると良い」



 その後の訓練は常より激しいものになった。具体的には2倍ほどだ。

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