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 ◆神聖暦千五百十四年 八ノ月 第十五日 ポラァノ◆


 ペンネナームネネムは、今でこそ『暁の魔道士』として王国中に知られる人物であるが、当時は世間一般にとって無名と言ってもよい存在だった。


 ただ魔導における実力はすでに傑出したものであり、その道の者たちの間では相応に認められていた。


 ネネムがアルの家に招かれたのは、彼がアルの母親の遠縁ということになっており、半ば放浪の生活を送っていたこの男が、たまたまこの地方を通りかかったために過ぎない。


 一宿一飯の代償に、この血縁の男にアルの両親が求めたのは、『夢を共に』し、アルに『魔技の才』があるのかを明らかにすることであった。


 魔導の技は特権階級、その血族にほとんど独占されている。それは魔技の伝承による根幹は『同衾同夢』による他は無く、師弟のどちらにとっても自在になるわけではないからであった。


 継続的な試み『同衾』により、無意識下で伝達されるものであるため、その技の伝承の成否には師弟間の日常の関係性が重要となる。また、どのような魔技が伝えられるかということも、これに左右されるのだった。


 このことと『同衾』の必要性から、幼少時の親子や年齢の離れた兄弟姉妹、恋人同士、婚姻関係者やそれに準じた者の間での伝承が、多く見られることになる。


 ただ貴族の血を統くからと言って、必ずしも魔導の技に適性を持つわけではない。むしろその力を発現できない者の方が圧倒的に多いのである。


 アルの両親にも魔導の力は無かった。だが何代か遡れば魔道士を輩出した血筋なのである。機会があれば親として、


「うちの子に魔導の才が無いか試してくれ」


 と、縁戚のネネムに頼むのは不思議でも何でもなかった。



 勿論こんなことは、下層民のさらに下層に属していた、当時の俺のような子どもの知るところでは無い。魔導などというものは、貴族たちの戦いで使われる恐ろしい技だという曖昧な噂話を、聞いたことがあるばかりだった。



 四千八百年ほど昔のシュメルの時代、アシトドにあったダゴンの神殿に仕え、神々の夢を盗み取った年若き神官ムソン・ルトンの逸話。幻夢世界の地下を支配するノデンスが夢を通じて魔導の技を人の子に教えたという伝説。後に俺はネネムから、徒弟の修行の一環として、これらを聞かされることになる。


 まあ要するにこの一連の出来事は、アルが自分たちには無い魔導の技の才能を持っていないか確かめてほしいという、アルの両親の願いから出たものだった。




 さて、間抜けなアルが自分のベッドで大イビキをかいているところを召使いの女に見つかりさえしなければ、次の日、早朝に客用の寝室を抜け出した俺の努力も報われたかも知れない。


 だがすっかり安心したアルの奴は、俺を送り出すと間もなく寝込んでしまったらしく、奴の着替えを取りに入ってきた女に、発見されてしまった。


 当然屋敷の中は大騒ぎになり、アルの部屋に向かって廊下を歩いていた俺も見つかってしまった。


「何だ、あの小僧は!」


「あれは坊ちゃまの寝間着です!」


「何をしている。捕まえろ!」


 前後を塞がれ、逃げるに窮した俺を捕まえたのはネネムだった。


「これは貴家のご子息ではないのか?」


 首根っこを捕まえられると、何故か身動きができなくなった。


「知らん! 見たこともない子だ」


 屋敷の主の言葉に、ネネムは首を捻った。


「ふうむ。だが、昨夜夢を共にしたのは間違いなくこの子だ」


「な、何だと! そんな馬鹿な!」


 狼狽える父親の前にアルが連れてこられた。そしてその後、両親に詰問された奴は、一部始終をすっかり白状してしまったのである。



 さてその後の話だが、もう一泊してアルと寝床を共にしたネネムの話では、アルには魔導の才はないようだった。


 その間ネネムの要求で、俺は屋敷内に留められた。俺としても警吏に引き渡される方がいいのかと問われれば、文句を言える立場ではなかったから、大人しく従うしかなかった。



 ポラァノを出立するネネムに、俺はついて行くことになる。俺に『魔技の才あり』と認めた奴が身元引受人になる代わりに、徒弟奉公する契約を交わしたからだ。

 腹を立てて、俺を警吏に渡そうとするアルの父親から身を守るためには、それしか手段が思い浮かばなかった。


 旅の途中で逃げ出す算段をしていた俺は、魔道士との契約がどんなものか知らなかったのである。


「別に付いて来なくてもかまわんぞ。お前が石になってしまってもかまわんと言うのならだが」


 灰色の濁った瞳で見下ろされ、その言葉を投げかけられた俺は、ネネムから『逃げ出したら石に変える呪い』をかけると脅されているのだと思い込み、冷や汗をかきながらも視線をそらせた。



 だが真実を知って、本当に背筋を凍らせたのはもうしばらく後のことである。

 ネネムは俺に、『幼くしてダゴンの神殿に捧げられたムソン・ルトンが、魔導の技を身に付けて大神官となり、その後彼を抑えようとした貴族たちとの戦いで大魔法を振るった結果、何故石の柱と成り果てたか」を、詳しく説明してくれたのだ。


「あのまま放っておいたら、いい気になったお前は魔導の技を使いまくり、石柱になっていただろう。修行もせずに下手くそな技で魔素マナを浪費し、石になった野良魔道士の卵は、珍しくもないのだぞ」


 ネネムからそう告げられ、自分がどれだけ危うい淵に立っていたのか、懇々と諭された俺は、もう逃げ出す術など無いのだと思い知らされることになった。

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