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◆2の1◆

◆神聖暦千五百十四年 八ノ月 第四日 ポラァノ◆


 俺は中っ海に面した商都ポラァノの貧民窟に生まれた。母親のナナリは踊り子で父親のナドリはその楽士だったが、俺が幼い頃に何かのもめ事に巻き込まれ相次いで死んだ。


 孤児となった俺が生きるのは容易なことではなかった。しかし、実のところ俺のような子どもは珍しくなかった。また貧民窟の人間には外の者にはわからない繋がりがあり、親戚でも何でもない俺が寝床に潜り込んでも、文句を言わずに受け入れてくれる大人がいた。


 だがそれも俺が幼かったからで、少し大きくなると自分の食い扶持は自分で稼がなければならなかった。最初は年長の孤児の子分として、物乞いやクズ拾い。少し年上になれば、大人の使い走り。チャンスがあれば市場の売り物をくすねたり、掏摸スリの手伝いだってした。


 仲間内では、物を盗まれるのは油断している方が悪いのであり、多くを持っている者は貧しい者に分け与えるのが当たり前と考えられていたから、別に気がとがめることもなかった。


 母親の血を統いて小柄だが手足が長く身軽な俺は、ふとしたことから貧民窟に居を構える泥棒の親方ジャドに将来を見込まれ、忍び込みやら錠前破りやらを仕込まれた。


 やがて十歳になる頃には、ポラァノの下町で十数人の孤児たちを率いる、こそ泥団の頭株に俺はなっていた。

 それもジャドの庇護があればのことであり、当然のように上前を撥ねられることになっていたが、そういうものだと諦めるしかなかった。



 だが十二歳になる八ノ月の初め、二つ歳下のアルという少年と知り合ったことで、俺の前に別の路が開けることになる。


 アルは肥満気味で、歳上の俺より身体が大きかった。常に腹を空かせている俺と、いい所のぼんぼんで毎日美味い物をたっぷり喰わせてもらっているアルとでは、発育の具合が逆転していても不思議はない。


 ただ俺に言わせれば、アルのおつむの方は歳相応どころか、大分足りないように見えた。



 俺がアルに出会ったのは、市場の雑踏からちょっと危ない裏町へと抜ける、狭い小路である。下級貴族の息子であるアルは、上等の服を着て、いいサンダルを履いていた。


 迷子になったらしく、キョロキョロと付き添いの召使いを探していたが、俺が見つけた時点で、もう与太者に目を付けられていた。こんな時賢い子どもなら、間違っても人気の少ない方へ進みはしない。


 ところがアルときたら、怖い目つきの男たちが近づいて来たとたん、その反対側、つまり小路の奥の方へと足を向けてしまった。


 俺がアルを助ける気になったのは別に気紛れではない。アルの身なりや行動を見て、仕事の種になりそうだと踏んだからだ。


 裕福そうな家に目星を付け、押し込みや盗人働きをやり遂げるには、家人を籠絡して手引きさせるのがまず初手である。ジャド親方にたたき込まれた手管であった。


 迂回路を走り抜け先回りした俺は、小走りで逃げてくるアルの手をいきなり掴んだ。


「こっちだ!」


 アルはびっくりした顔をしたが、俺が自分と同じくらいの歳の子どもだと見て警戒を解いた。後ろから追ってくる与太者たちとグルだという疑いを抱くことは、これっぽちも無かったらしい。たまたまその通りではあるのだが、まったくトロい奴だ。


「野郎!」


 俺の姿に気がついた与太者たちが、あわてて足を早めた。鳶に油揚げさらわれてなるものか、と言ったところだ。


 だが俺だって、ガタイの大きい大人と正面切って争うほど間抜けでも無謀でもない。あらかじめ合図を送って手配りしていた俺の子分たちが、横道から奴らの前に古桶を転がした。


 与太者たちが躓いて手間取る間に、アルの手を引いて角を曲がり表通りへと導く。それから子分の一人が手渡すボロ布を頭からかぶせ、人混みに紛れた。


 ただアルときたら、ちょっと走っただけなのに息切れが激しく、小路から走り出てきた与太者たちに見つからないかと、ハラハラしたものだ。



 と言うわけで、俺と子分たちはアルの『命の恩人』となり『親友』になった。


 乳母日傘で育ったアルにとって、俺たちと知り合う経験は、ちょっとしたスリルと楽しみだったはずだ。だから、俺たちみたいな『悪い奴ら』と知り合ったことが親に知れると『何かと面倒だ』という俺の言葉も素直に受け取り、秘密にすることを誓った。


 屋敷の近くまでこっそり送った俺たちと別れ、一人で家に帰ったアルを、家の者たちは無くした宝をもう一度見つけたように喜んで迎えた。下級とはいえ、貴族にとって血族は財産であり、力の基なのであるから当然のことである。



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