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◆7の4◆

◆神聖歴千五百二十六年 七ノ月 第十三日 王都ゴルデンブルク◆


 ギィの話によると、俺を襲撃させたのは第二王子とその妃であるエレノアが関わっているらしい。だが「少し複雑」とか言ってたのは何なのだ?


「えーと、それじゃあ俺を待ち伏せしていた男たちは?」


 全身鎧の二人、胴鎧の四人、二人の弓士、いずれも素人とは見えなかった。どう考えても手練れの傭兵とか冒険者と呼ばれる奴らだ。特に全身鎧の二人は『騎士団崩れ』だろう。あんな重量のある装備は、相当な修練無しでは身動きするだけでも不自由する。多分『剛力』の身体強化を使えたはずだ。だが乗馬は馬体が大きいだけで鈍足だったし、直ぐに恐慌に陥ったのから考えて、訓練不足だ。


「ドミンゴが『会所ツンフッ』に依頼して雇ったのは八人。元猟林警士(レンジャー)の弓士二人、解散した傭兵団の中堅だった男たち四人、後の二人は旧諸侯領から流れてきた元騎士だ。ドミンゴは子飼いの従者を連れていたというから、ブドリを襲った奴らの身元は、だいたいわかったな」


 『会所ツンフッ』はいわば雑多な職の紹介所と募集場を兼ねた、人間市場とも言える場所で、商人ギルドや職人ギルドのような常設の組合組織を持てない者が、仕事を求めて集まって来る場所だ。一時的な雑用や危険な依頼など、都市に定住してそれなりの立場を固めた人間なら引き受けない仕事をしてくれる人材を求めて、多くの人が利用する。


 人が多く集まればこういう仕事の需要は必ずあるので、ある程度の人口を持つ町や村には大なり小なりこの手の施設がある。運営しているのはたいてい地元の有力者で、貴族の保護がある場合が多い。


 ただし、あまり露骨に有力者の都合ばかりに合わせると、求職者が集まってこないから、ある程度は中立の装いを取らねばならない。『会所ツンフッ』の職員、特に役職者はその辺のバランス感覚を持っていないと長続きしない。


「相当金が掛かっているはずだ」


 俺の言葉にギィが頷いた。半端仕事や雑用というわけではない。俺を追跡して先回りし、荒事に及ぶ。長櫃チェストの中身を知っていたら、横取りしようと考える可能性もある。第二王子の名前を出して脅しを掛けたとしても、報酬をケチっては造反されかねない。


「騎士崩れの方には仕官の可能性を臭わせていたらしい」


「ドミンゴにそんな力があったのか?」


「言うだけだったら、何とでも言えるさ」


 まあ、エレノアとか第二王子の約束にも、同じことが言えるな。ギィの言葉を聞きながら、ドミンゴの末路を考えて俺はそう感じた。王族の約束なんぞ、碌なもんじゃない。


「相当前金を積んだはずだ。それが無駄になったと知ったら、マシウス王子とエレノア妃はどうするかな?」


「王族にとっては、どうせ端金はしたがねじゃろう」


「奴らにとっては、金額より面子の問題だ。思い通りにならないことがあること自体許せないのさ」


「ちっさいな。まるでガキんちょの八つ当たりじゃ」


 まあ、考え無しに動くような奴らなら、その内自分の足に躓いて自滅するだろう。ただしその時、巻き添えを喰わないよう注意しなければならない。なんたって王族という奴の図体は、転ぶだけで俺たちを押し潰してしまいかねない程大きいのだから。


「で、ちょっと複雑って、何だ?」


「ああ、ドミンゴの父親であるゴーフル男爵は、王太子の派閥だ。ドミンゴが第二王子の警護に配置されたとき、それが少し問題になったらしい」


「どうして受け入れられたんだ?」


「ドミンゴは、父親とも兄とも不仲だと言ったそうだ」


「ありそうなことじゃが、本当かな?」


「まあ、王太子と第二王子は正面切って敵対しているわけではない。なんと言っても地力が違いすぎる。領地も財力も、派閥の人数も、将来の可能性も。だが、ドミンゴが第二王子の元に『獅子身中の虫』として送り込まれた可能性も否定できない」


「何じゃあ? だとすると、ドミンゴは第二王子とネフ、というよりアルシャーン公爵家を仲違いさせるために動いていたちゅうことか。奇々怪々じゃな」


「ギィ、ネフはこのことを承知しているのかな?」


 俺は少し心配になってそう尋ねた。遠隔の地にいて彼女はどうしているのか? 少なくとも俺は、ネフのことは身内だと思っていた。ネネムが俺を連れてロークスたちと合流してから、十年以上の付き合いだ。その間には良いことも苦しいことも、また気恥ずかしい思い出もある。ネフを王都にとぐろを巻いている王族の奴らになんか、好き勝手にさせてたまるかという気持ちであった。


「心配せんでもアルシャーン家が動いてるはずじゃ。公爵はマシウス王子のアルシャーン領を押領おうりょうしようという企みを、許さんじゃろ」


 ネフの弟エドナンテスがアルシャーン家の継嗣である。だが、彼に万が一のことがあれば、他に男子がいないことから、アルシャーン公爵家の長女であるエレノアを通して第二王子のマシウスが家督の継承を主張することも不可能ではない。また王家も、そうなってしまえば異議を唱えるわけがないと、マシウスは考えたのだろう。


「問題は王太子が、あるいは王太子派の中心的な構成員たちが、この問題をどう考えているかということだ。ひょっとすると第二王子の派閥とアルシャーン公爵家を争わせ、漁夫の利を得ようとしているのかもしれないからな」


 ギィが『少し複雑』と言ったのは、そういうことらしい。



 ギィは「疲れた」と言って二階の寝室目指して階段を登っていった。あ、勿論俺とは別の部屋だ。この寮には十近くの客室がある。今は俺とリオスとギィが宿泊客だ。ん? ギィは『客』なのか? まあ、いい。


 俺は部屋に戻り、荷物の中から出した柳葉刀の手入れを始めた。抜き身の刀身の先から柄頭まで約三尺、重さは三斤、刀身は細長く騎馬での戦闘で切りつけるためやや湾曲して二条の血槽がある。刀盤と呼ばれる楕円で柄の側に凹んだ小ぶりの鉄皿が鍔となっており、柄の部分は刀身とは逆側に湾曲して、滑り止めの黒革が巻いてあった。鞘は膠で固めた黒革で、金具類は燻して光らぬようにしてある。


 人間を切ったのはルーヴェ街道でドミンゴと従者を仕留めた時が最後だ。無論その後、手入れはしてある。この刀身は『無錆鋼』とも称される流星鉄で打たれている。だがロークスもサティも武器の点検を怠らない。ロークスの破魔の剛剣もサティの聖槍も『不壊』と言われるにも関わらずだ。俺が手抜きをしていいわけがない。


 晩飯は郊外の農家からその朝運び込まれた野菜と鵞鳥のロースト、鰊の燻製の酢漬け、小麦の麺麭とバター、林檎の砂糖漬け、山羊乳のチーズに葡萄酒が出された。黴びた野菜や腐った食べ物は病気の元であるというのは、聖教会の教えである。ただ『できるだけ新鮮な食物を食べるように努力せよ』と言われても、腐った物さえ食べられない貧民が少なくないのも現実であった。


 ポラァノの貧民窟での生活を思い起こしながら、俺は甘い食後酒を飲んでいた。強い蒸留酒に果実と薬草を漬け込んだものだったので、俺はチビチビと味わっていたが、リオスの奴はあの葡萄酒を飲んでいた大盃マグで飲んでいる。


 見ているだけで何だか酔いが回ってきたから、早々に寝室へと引き上げた。横になっていると、また頭の後ろが引っ張られるような感覚が襲ってきた。これは師匠か、それとも単に酔っ払っているだけなのか分からなくなって、そのまま眠ってしまった。


 後で考えてみると、あの時あの感覚を辿ってみるべきだったのだろう。だが俺はその時、ネネムの身に何が起こっているのか知りようが無かったのである。

 

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