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◆5の4◆

◆神聖歴千五百二十六年 六ノ月 第九日 エンブリオ辺境伯領パイセア◆


 ロークスの生まれ育ったカヌの荘園は王国の北側にあり、パイセアとあまり違わない気候の土地だという。だが俺は南方の中っ海に面した港町ポラァノの出だ。この前の戦役の末期、撤退する魔侯軍を追ってこの辺りに一度来てはいるが、それは冬の乾季のことだった。


 あの時、統制を失った魔侯軍は侵攻した村々の冬の備蓄をすでに食い潰しており、前へ進めなくなった途端に飢えることになった。買い貯めた糧秣をたっぷりセルに抱えた、俺という食糧庫を持つ『暁の軍団』に、奴らは抗する術も無かったのである。


 ここまで追って来て、俺たちが歩みを停めたのは、あまりに進み過ぎたことに気づいたからだ。勢いに任せ突き進めば、魔侯軍と同じ轍を踏みかねない。せっかく手に入れた勝利を汚水溝に捨てるような真似はできなかった。


 その際、王都にふんぞり返っていた高位貴族の中には、ミクラガルドまで進んで魔候国に攻め込めとか、ヴーランクの国民をあれだけ虐げた暴虐な魔侯軍の兵士を殲滅しないのは許しがたい怯懦だとか、好き勝手な言葉を吐き散らした奴らがいた。


 もっともネフに、「皆様方の赤心には唯々感嘆するばかりです。ぜひご自身の兵を率い、お心のままに魔侯軍の奴ばらを打ち倒されませ」と言われて、腰を上げるような殊勝な奴はその中に一人としていなかったのだが……。


 終戦処理は戦役のけりがつく一月以上前から根回しが始まっていた。エレノア妃の不用意な言葉は、ワズドフの首を討ち取るより以前に口にされていたのである。つまりエレノアは万が一にでもネフが手柄をあげ、王国中央部に居残っては目障りだとばかりに予防線を張ったわけだ。


 アルシャーン家当主マリオ・マルス・ソアレ・ドン・アルシャーンにしてみれば、せっかく王国内の地盤を強化できるチャンスを無駄にした、このエレノアの言動は許せるものではなかった。血族を王国内の枢機な地位に配置し、公爵家の権勢を高める機会を潰されたのであるから無理もない。


 それは公爵家の継嗣であるエドナンテスにしても同様である。エレノアは王家に嫁いだ我が身のみを尊しとし、自分の好悪で妹を貶めようとしたのであるが、これは高位貴族としても悪手だった。


 エレノアの第一子エルロイは十六歳で王孫の中では最年長であることが、このような彼女の自尊傲慢に繋がったのかもしれない。王太子妃でもないエレノアは、夫のマシウスがヴーランクの第二継承権を持つとはいえ、王太子のスペアでしかないことが不満なようだった。


 王太子のマルコは王位継承者としてエンランド島全域を領地とするエンランド公爵プリンス・オブ・エンランドの称号を有するのに対し、第二王子のマシウスはクルトシュタイン伯爵という領地の伴わない爵位しか与えられていない。宮中伯と同様に然るべき年賜金はあるが、エレノアにとって義兄であるマルコが王位を継いだ場合には減額される可能性さえあった。 


 一方アルシャーン家としては、マシウスがエレノアの夫という立場を利用して、自領の一部または全部を簒奪しようと目論んでいるのではないかとの危惧を持つようになっていた。特に今回の振る舞いで、エドナンテスに悪感情を感じさせてしまったことは、マシウス王子の失点であったろう。


 ルミナ王妃にそれを指摘された国王は、自分の吝嗇を棚に上げ、「あの馬鹿が……」とマシウスを非難したそうである。


 アルシャーン家からネフに対し暗黙の支援があったのも、こんな状況から考えると不思議はない。王家の権力が魔侯軍に対しての戦勝の結果、一方的に強くなることを望まない勢力があるのであった。例えばノルド海に面した長い海岸線を領地の北端に持つアルシャーン公爵は、近年のヴーランク及びポルスパイン王国の婚姻連合により、自領の占める割合が減少した結果、王国に対する影響力を目減りさせたという不満を抱えていた。


 ただし彼らが俺たちの味方であるわけではない。ロークスとネフの思惑は摺り合わせられているとしても、俺自身それに従って良いのか迷わざるを得なかった。


「いっそ二人が連れ添ったらいいんじゃないか」


 実現性が薄いことを重々承知でギィが呟く。別にロークスとネフが不仲というわけではないが、あの二人が臥所を共にすることは想像し難い。何というか、肌合いが違うのだ。いくら貴族様の婚姻だとはいえ、それはないと思う。


「聖女様と勇者の結婚か……下々には『受け』が良さそうじゃな……」


 リオスにだってそれは分かっているから、『ただ言ってみただけじゃろ』という気のなさだ。まあ、そんなことが実現したら、大ロマンスとして民衆にはもて囃されるだろうが、長年二人の間柄をよく見知っている人間にしてみれば『何の茶番だ?』ということになる。


「確かに『利』があることは認める。だが絶対うまくいかないことは分かってるだろ」


「都合がいいというだけではないぞ。お互い他に相手がいないだろう」


 おや、ギィはどうあっても二人をくっ着けるつもりか?


 俺たちはまだパイセアを出ていなかった。結局ロークスに押し切られた形の俺様だが、まだ資金を引き渡していなかったし、準備もできていなかった。


 俺の王都行きはロークスの思いつきであり、長旅には計画と準備が欠かせない。それに俺たちばかりでなく、ブリーズにも多少の休息は必要だ。


 目立つので、今回はオヴェロンを置いていくことにした。元々この黒馬はロークスの乗馬だったのである。奴の巨体を軽々と乗せる馬は中々いない。ただ色々あって王都に残してきた戦馬を、慣れ親しんだ俺が連れてきたと言うわけだ。単なる荷馬として使うなど、本来あり得ない駿馬なのである。



 年末、身内の不幸があり、書きためができませんでした。今後は不定期更新になりそうです。ペースを取り戻せそうになったらまた報告します。

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