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第32話 別れはつらい



連休最終日の5月6日。


今日は俺の誕生日だ。


俺は昨日の疲れが響き、10時くらいまで寝てしまった。


二度寝するのって……気持ちいい。


有希子はリビングにいるのかな?


「おはよう」


「……お誕生日おめでとう!……でも起きるん遅いで」


パカパカパーンとクラッカーが鳴り、なぜか俺の机の上には箱が置いてある。


本気で俺は、涙がこみ上げて来た。


「有希子……ありがとう」




「その箱は後にしてな……せやな……ブランチになるけど」


そう言って有希子はなぜか大きな丼を持ってくる。


……?


「はいどうぞ。うどんやで」


……あれ?なんか思ってたのと違う……


でも、美味しそう。


「いただきます」


「上の具なんやけど、これはネギと卵にじゃこやねん。お出汁はいりこ。どう?」


「ああ、おいしい……」


「よかった……」


「なあ、どうしてうどんなんだ?」


「……なんでって……まあ、うどんがあったから?」


いや、そんなわけないだろ。


俺の家……しかもここには、ネギ、じゃこ、いりこは常に置いてないぞ……


まあ、朝早くから準備してくれてたんだろうな。



朝から体の温もるものを食べていると、だんだん頭がはっきりしてきて……


今日、目の前にいる有希子が帰ってしまうことを改めて認識してしまう。


連休初日、2日目、3日目と有希子は楽しんでくれたのだろうか。


こんなにも、波長があうのはどうしてだろ?



「じゃあ、箱あけよか!」


俺は、何が入っているのかドキドキしながら中身を見ると……


……!


これは……俺にどうしろと……?


一見するとただの長めの枕なんだが……



「私をプリントした抱き枕なんやけど……使ってくれへん?」



あわわわわ……有希子が2人……!



俺は椅子に座ったまま、気をうしなっていたらしい。


「……知明くん!大丈夫……なあ、起きてや!」


「はっ!ここは……?」


「ここは日本やで。あんなんで驚いとったらあかんで」


いや、アレは……


「知明くんのベッドの上に置いといたで。これで毎晩一緒におれるやん!」


……びっくりする……というか少しだけ引いてるんだが……


「お前、なんか悪用されたりするとかは考えないのか?」


「悪用って……例えば?」


「……言えるわけないじゃんか。俺だって、普通の高校生だぞ……?」


有希子……もしかして何も考えないで、送ってくれたのか?


下心は完璧に満たされるけど……返すとも言えないし。


「とりあえずもらっておくが、寝る時はどこか違う場所に置いておく」


「……」


だんだん有希子もいろいろ考えさせられるようで、両手を膝に置いて俯いている。



2人の間には微妙な空気が流れる。


もうあと8時間もくらいで、有希子は新幹線に乗っちゃって大阪に帰ってしまうのに……。


残された時間、ずっと話しておきたいのに。


「とりあえず……有希子、帰る用意はできたのか?」


「……うん」


「そうか。じゃあお昼、食べるか。有希子にご飯、作るよ。俺は朝遅かったから食べなくていいしな」


「そうなん?でも……横におってもいい?」


そう言って有希子はキッチンの横に立つ。



冷蔵庫には、冷凍のごはんとほうれん草、そして、ベーコンがある。


俺はチャーハンを作ることに決めた。


「一人暮らしやから手際いいんやね!結構料理慣れてるんちゃう?」


……一人暮らし、か。


「そうだな。これくらい、簡単だよ」


味付けをして、もう5分も炒めれば完成。


「はい、どうぞ」


「あかん、王将の炒飯より美味しそうやね!」


それはないだろ。


「いただきます!……おいしい……はい!」


机の向こう側から、少しチャーハンをスプーンに乗せて、俺の方に差し出している。


これはまさか……


「ぱくっと食べてや。ほら」


「……じゃあ」


「もしかして、あーんって言うほうがよかったん?」


「何言ってんだよ!」


「ほら、今度はそうしたるから……あーん」



なんかいいように有希子に転がされているような……


でも、あの「あーん」はクセになりそうで……



「3回目はないで」


「ちょっと意地悪だな、今日の有希子は」




「……だって……今日、帰るんやで……大阪に……寂しいやん……」



あっ……しまった!


俺は少し女心を分かっていなかったみたいだな。


俺から意地悪って言葉は言ったらいけないよな……。


気まずい雰囲気のまま時間はどんどん過ぎていく。



なんとか有希子のご機嫌を取り直すことに成功した後、もう家を出て東京駅で夜ご飯でも食べようって話になり、家を出た。



「忘れ物もあらへん……でもわざと忘れてみよかな?」


「そんなことしないでくれよ、大変だから」


「せえへんよ……でも、忘れてもええやん!


ーーこのマンションにまた、冬にはくるんやから」




歩いているとき、ホームで電車を待つとき、電車の中、東京駅で夕食をしているとき


最後の2人の時間を惜しむ。


こんなとき、有希子は関西人らしく、明るい話をしようとしてくれる。


でも、関西人は大胆なやつが多いな。


「道先でな、おばちゃんがずっと端でじっとしてんねやんか。なにしてんのかなーって気になって近寄ってみたら、猫と戦っててん。『フンギャー』ってゆうてて!」


「それは大変だな」


「じっと5分くらいそのままでな、こっちもこれは観察せなと思っていたら、突然和解してそのおばちゃん、猫にアメちゃんあげててん」


「そうなんだ」


「いや、知明さ、そこは『猫はアメ食べへんやんか』ってゆうとこちゃう?」


「ん?そうなのか」


「全然笑いをわかってへんな!」


彼女との会話はとても楽しいんだが、独特の……こう、ノリ?っていうのかな……それが分からなくて困る。


オチをつけろって言われてもさ、頑張っているけど、センスが俺にはないようだ。


「……らしいねやんか。知らんけどな」


……知らんけどな?


知らないんだけどねってどういうこと?


知らないのにずっと話を続けて来たの?





でも、こんなときに限って、すぐ時間が経つ。


もう午後8時半。時間は帰ってこない。


連休最終日のこの時間は、帰省ラッシュのピークを迎えていた。



改札で、有希子が新幹線の切符を出した瞬間、俺は涙ぐんでしまった。



周りにはとても多くの人がいる。


「また来るねー。ほら、おじいちゃんおばあちゃんにお手手タッチしてね」


「じいじいばあば、またくるからね」


「連休の出張ってなかなか辛いっすね」


「で、明日また会社だろ?やってらんないよ」


「そうそう、あれ、マジサイコー!」


「キャハハ!」





有希子とは何も話さない……話せない。


午後9時15分を回る。


『車内清掃が終わりましたーー』


ああ、もう終わったのか。もう車内に入れるのか……。



ホームの真ん中に立つ俺と有希子。


「もう、時間だな」



新幹線の扉の前まで行く。


「次はいつ来てくれるん?」


「絶対夏には大阪に行くよ」


「ホンマ?」


「本当さ」


「ねえ、なんか最後に言うてや……」


また当分会えない日が続く。だからーー


「好きだよ」


キスを交わす。



「行くね」


午後9時23分


扉が閉まる。


扉のガラスの向こうで有希子は泣いている。


多分、声はもう届かないけど……


「大阪に行くから、待ってろよ」


有希子は、右手で目の涙を拭い、大きく首を縦に振ってくれた。


そしてーー


発車した。



ずっと手を振る。


新幹線は急速に加速して、もう、最後尾の車両もホームから完全に出て行った。



ホームに吹きさらす風が身に染みる。


電光掲示板は、次の列車に代わる。



夏まで、俺と有希子は距離に試される。



俺は、涙が溢れないよう、顔を上に向けて帰宅の途についた。





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