第3話 思わぬ接点
10月の終わり、音楽の授業の最後に卒業式で合唱のピアノを弾く生徒を募集すると先生が言った。
俺はピアノには自信がある。ドレミファソラファミレドの音楽教室に10年通っていた。
受験勉強もあるし、オーディションを申し込もうか申し込まないでおこうか、悩み、中村に相談してみた。
彼には関西人ってバイタリティあふれることを再認識させられた。
『アホか!チャンスあんねやったら突っ込まんかい』って言われた。
まあ、早速申し込んだが、定員3人のところ、6人いるらしい。
音楽の先生がオーディションするということで放課後、集められた。
そこにはなんと、沖田さんの姿があった。
順番を待つために置かれている椅子は、沖田さんの隣しか空いていなかった。
俺はもうオーディション関係なしに猛烈に緊張してきた。
観念して座って背筋を伸ばし、視線は思いっきり天井を突き刺していた。
沖田さんは、そのなんとも言い難い雰囲気を漂わす。いい香りが……俺を酔わせる。
その香りは、香水なんかとは一線を画す、どうやったら醸し出せるのかまったくわからない。
こんなに近くに沖田さんがいることなんて同じクラスになっても一度もなかった。
追い討ちをさらにかけるように、俺に声を掛けてきた。
「同じクラスの一条くん、やんな?ピアノできるん?」
「あ、う、うん………」
「あはは。そうなんや。まあ、こんな場やったら誰でも緊張するな!」
「………そ、そうだよね」
もう完全に会話が繋がらなくなりそうなところで、音楽の先生が教室に入ってきた。
「では、さっそく校歌、1人ずつ順番に弾いていってな!はい、手前にいる佐々木さんから弾いてってな」
おい、それだと俺が最後になるじゃんか!
くじとかなんか方法があるだろ。
ただ俺が最後に入室しただけだぞ!
そんな俺の心の声を無視して、他の人の演奏は進む。
4人目の演奏が終了し、沖田さんの名前が呼ばれて、彼女はピアノの椅子に座る。
椅子の高さ調整を終え、沖田さんが座ると周りの空気は一変した。
まあ、こういうのをオーラがすごいって言うんだろう。
俺は思わず息を飲んだ。
俺はピアノを弾き始める、その1音目でその演者の腕前が大体わかる。
彼女は……上手かった。
彼女は、練習したんだろう、きっと。必死に。
演奏は終わる。
すばらしい演奏に俺は気づいたら拍手していた。
すばらしい演奏はとても時間が短く感じられるものだ。
「(パチパチ)……え?」
周りに拍手している人はいない。
白い目で見られてる……。
いきなり彼女の演奏にだけ拍手したことに結果的になってるんだよな。
とたんに恥ずかしくなり、俺は右手で後頭部をかく。
俺は彼女の演奏だけを見て拍手したんだからね?
俺はただ、沖田さんの演奏をもっと聞きたかっただけ!
よし、次は俺の番。
「じゃあ、最後やね。一条くん」
「はい。よろしくお願いします」
……だいたい沖田さんは身長160?センチなんだ、椅子結構低いな。
俺は椅子調整にかかる、この時間、嫌なんだよなー。クルクル取っ手を回すの。
ようやくピアノの前に座り、演奏を始めた。
俺は、完璧な演奏を成し遂げた、つもりだ。
「ありがとうでざいました」
「あ、一条くん、演奏終わったんやね、さ、みんな、今日はオーディションお疲れさん!結果は3日後の昼休みに発表するから音楽室に来てや」
3日後、か。
オーディション、俺は沖田さんと一緒に合格できていることを祈る……!