第16話 新大阪駅26番ホーム
『のぞみ64号東京行きが26番ホームに到着いたします。また、新横浜、品川、東京へは本日の最終列車となります。お乗り遅れのないようにご注意下さい』
ホームにはポツポツとサラリーマンが数人スーツケースを持って立っているだけ。
夜はとても冷え込んで、俺は両手を、自販機で買ったコンポタージュで暖めていた。
その時ーー
もう会えないって思っていた、その人が走って来る姿が迫ってきた。
靴音がホームに響く。
ちょうど同時に新幹線の車両がホームに入ってくる。
「一条くん!……間に合った!」
「お、沖田さん⁉︎ど、ど、どうした?」
「見送りに来たのよ!」
「あ、ありがとな」
「よくよく考えたら連絡先なんも知らんから。教えてもらおうって」
いきなりすぎて体が動かない。
「はよスマホ出して、ほら!」
「お、おう。……こ、このQRコードでいいか?」
『まもなく発車します……プルプルプルプル……』
「なにしてるの、知明、早く乗りなさい。あら、最後の見送りに女の子が来るなんて思いもしなかったわ。彼女さん?もう行っちゃうけど、またよろしくね?」
「はい。遠距離恋愛ですが、頑張ります!」
「ちょ、何言ってるんだよ!」
「ほら、乗ってよ。じゃね!あとは新幹線の中で」
「じゃ、じゃあな」
新幹線に飛び乗ると同時にドアが閉まる。
沖田さんはまだドアのところにいて、全然帰る気配はない。
もう、やめてくれよ。こんな未練タラタラで東京行けるわけないだろ。
沖田さんがまさかホームに来るなんて思いもしなかった。
小学校でも転校を経験したことのある俺は、別れに慣れていたつもりだった。
3年しかいなかった大阪に、こんなに愛着が湧くのはきっと彼女の気持ちを知ったから。
東京行きが決まっても、一回も涙なんか流さなかったのに。
もし、自分の想いを伝える機会があっても、彼女に気持ちをぶつけて、俺はやっぱり砕けて、それで終わりって思ってたのに。
涙をこらえながらドアの前で沖田さんに手を振り続けた。
沖田さんも手を振ってくれた。
もう、彼女は泣いている。
車両が動き出すと彼女もちょっとだけ追いかけるが、もうスピードは出ている。
女の子を泣かせてしまった俺は父の教えに背いてしまった、というより最低だよな。
「ほら、知明。座席に座るわよ。何があったのか、よくわからないけどそんな落ち込まないの。泣かないの。男の涙はみっともないわ」
「う、うん。ちょっとダメだな……なんでかな?」
母に促されて、自動ドアをくぐり抜けた。
車内はとても静かだった。
それから座席に座り、鶏次郎の弁当を食べていると沖田さんから早速ラインが来た。
感傷に浸るヒマもないな。
初ラインか。
『さっきはごめんね。それに、学校でいきなり帰っちゃってごめん。しかも、急に見送りに来ちゃって、驚かしちゃった?』
『いや、こっちこそ悪かった』
『そんなことないよ』
『関西弁で文面は打たないんだね』
『そう。親も標準語だし。基本、標準語はいけるよ。けど、流石に混ざるかな』
そうなのか、関西弁の方が流暢だけど……。
メールとかの文面だけ標準語みたいになるものじゃないの?
『そうだったんだ。でも、関西弁喋る沖田さんも素敵だよ』
あれ、返信なかなか来ないけどなんか変なこと言った?
京都駅に着いたくらいで、やっと返信が来た。
『次会えるの、いつ?』
ツギアエルノ、イツ?
会いにくるの?
遠距離恋愛で失敗する最大の原因は、相手とすぐに会えないことに尽きる。
電話、メール、今やインターネットで顔を映しながら会話もできる。
携帯がない、固定電話だけの時代とかは苦労したはず。
手紙だけとか、もうやってられない。
直接、会って話すことが1番大切。
東京と大阪は、まだ中学を卒業したての身分にとって、あまりにも遠いキョリ。
たまに会うことが叶うならばどれだけ嬉しいか。
『GWにそっちに俺、行こうかな?』
『どういうこと?私が東京に一条くん会いに行くんだけど?」
『いや、正直いきなりすぎて驚いているがとてもうれしい。もちろん、自分のスケジュール、ちゃんと優先してくれよ』
『うん、わかってる。で、なんでGWでしょう?』
『分からん』
『一条くんの誕生日でしょ♪』
いや、ろくに話して数時間でこれはない。
そして、どうやって俺のバースデーを把握してるんだ?俺は沖田さんのバースデー、知らないぞ。
沖田さんは付き合う前から知ってたんだ。
それだけ俺のことを気にかけていたことに唇が緩んでしまう。
『ほんとありがとう。楽しみにしてるよ』
『今どこらへん?』
『静岡かな?名古屋は過ぎた』
『富士山、見えた?』
『見えないかな』
『あ、夜だから見えないよね。どっちも、疲れているだろうし、私もう家ついたから、おやすみ。明日から会えなくて寂しいけど、頑張るね!また連絡します』
『こっちこそ。おやすみ』
夜中だしな。
はー。疲れた。
とっくに母は寝ている。
俺は窓のへりに肘をつきながらぼうっとして外を眺める。
時速285キロで彼女から離れていく。
東京と大阪。直線距離にして、約400キロメートル。
けど、その距離の壁なんかぶち破ってみせる。
先のことはわからないけど、彼女を大切にする。
一条「のぞみ64号って虚しいですよね……」
筆者「ホームが淋しい」
一条「でもまさか追いかけてきてくれるとは」
筆者「よかったね。俺はこんな経験ないけど……」
一条「自分だけ、申し訳ないです」
筆者「だから、俺の分まで頑張ってくれ!」
一条「……はい!」