第1話 前夜
僕のひねくれに付き合ってくれひとを探して、これを書くことにしました。何卒、よろしくお願いします。
「超記憶症候群」
これが僕の病名だ。
これは過去に起きた事象を全て記憶することが出来るという希少な病気である。こう、文字に起こしてみると大変都合の良い病気にまで思えてしまうが、この病は過去に起きた辛かったこと、悲しかったことも全て忘れることが出来ないのだ。
―――――――何かを殺すのには感触を伴った。
ましてや、犬や猫、魚や牛の1つさえ。
大量に魔物が蔓延る世界。これが僕の生きる世界だ。
僕は魔物を殺して生かねばならぬ。
生きていかねばならぬのだ。
僕はすごく頭がよかった。テストではしっかりいい点数をとった。でも僕は嬉しくなかった。仕組まれた不正行為だった。病気のせいで勉強したことなんか忘れようにも忘れられんのだ。死にたかった。死にたいと考えることだけが唯一、心の逃げ場であった。
X年。それは「シード」と呼ばれる微生物が突如、n大陸に発生した年である。「シード」から分裂し生じる菌は動物や人に寄生し、科学者はそれを「魔物科」と定義した。「シード」はある大陸にある。シードから発生した菌は海を越えない。現状知り得ている情報はそれだけである。
僕はS国の付け焼き刃の軍隊に入れられた。こんな状況だ。なんとか魔物科を倒さねばならない。よくわからない何かを殺さねばならなかった。
僕の生きているS国の軍隊はこの週末にn大陸に派遣される。もちろん、この状況に狼狽える者がほとんどであった。無論、それが正解なわけなのだが。僕には不安は数え切れないほどあったが恐怖は指で数える程しかなかった。死にたいとは思っていたものの死にたくはない。ましてや訳の分からん魔物とやらの汚い口でグチャグチャにされるなんてゴメンだ。死ぬならもっと穏やかに死にたい。でも穏やかにも死にたくはない。けど心のどこかの「死にたい」は僕の背中にガキのいたずら書きのように貼り付けられていた。
n大陸に派遣される2日前になった。流石に周囲の狼狽に僕の心は影響されざるを得なかった。全員の顔が忘れられない。恐怖で泣きじゃくる者、不安を紛らわせるために怒鳴る者。イラつきから来る性欲によりそこらの女性を強姦して廻った者。何より忘れられないのは自殺した友人の顔だ。そりゃそうだ。殺されるくらいなら死んだ方がいい。惰性で生きている僕には、死ぬのは怖すぎてそんなことは出来ないが。もし僕が、病を抱えていなければ。そんなことを考えていると夜は開けた。
そこそこ大きな船が、小さいと感じるほどの人間が、貨物船の荷物のように乱雑に詰められた。
港では泣きじゃくる夫婦の姿が多く見られた。我々の親だろう。僕の親もその限りではない。
僕は手を振った。二度と忘れることない顔たちに。