転生
誰かが話す声がする。うっすらと目を開くと女がいた。彼女は俺を持ち上げると何かを話し始めた。
(なんて言ってるかわかんねえ。体の感覚も変な感じだ)
視界に自分の手らしきものが映る。物凄く小さい、まるで赤ん坊のようだ。
いや、まるででは無く本当に赤ん坊なのか、俺は。そして多分この人は俺の母親なのだろう。
そんなことを考えていると、徐々に睡魔がやってきた。
(・・・眠い。赤ん坊だからか・・・)
目を閉じると、すぐに意識が沈んでいった。
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3か月後、俺は成長してある程度体を動かしたり、声を出したり出来るようになった。さらには、周りの人達が話していることも聞き取れるようになった。
部屋の中で寝転んでいると、茶髪の女性が入って来た。
「ロード、起きたのね。おはよう」
「あい~」
大体分かると思うが俺の名前がロードでこの人は俺の母親だ。彼女の名はテリス。よく見ると整った顔をしていて、髪の色と同じ茶色の瞳で俺を見ている。
「今日はね。あなたと同じ日に生まれたエルフ族のお姫様に会いに行くわよ」
「あう?」
最近、家の外に出してもらえるようになって村人達の話を聞いて知ったが、俺の住む村はアレイア王国トリスシール辺境伯領の隅にあり、エルフの国があると言われるホーレイク大森林と接しているらしい。
このことを聞いた時は思わず号泣してしまった。泣きたくて泣いたわけでは無い。感情の制御が甘く、プラスとマイナスの感情の区別がついていないのだ。
「あー!」
流石にある程度は感情の制御が出来るようになって突然泣いたりはしなくなったが、嬉しさのあまり声が出てしまった。これではまだまだ赤ん坊のようだな。
「あら、ロードったら。うふふ、そんなにエルフのお姫様に会うのが楽しみなのね。よしよし」
中身は17だというのに頭を撫でられると心が安らぎ、幸せな気分になる。
「あぃ~」
また声が出てしまった。くっ、感情が抑えきれない。これが母の力なのか。いや、テリスが俺(精神年齢)よりちょっと上の20代前半で、ロングストレートな茶髪が似合うスタイル抜群な美女なのものも関係しているに違いない。
幾らテリスが綺麗すぎるとはいえ早めに感情制御の練習をしておくか、あまり遅いと出来るようになるまで時間がかかるしな。それに早い事に越したことは無いだろうし。
1時間後、
「よいしょっと。それじゃあ行こっか」
テリスは俺を抱っこすると家の外に出て、ホーレイク大森林があるらしい方向へ歩き出した。
彼女が歩く度、俺の体に柔らかな感触が伝わってくる。ついさっきも乳を飲む時に見たが彼女の胸は唯の巨乳ではなく美巨乳だ。勿論俺の体はまだ幼いので性欲は無いが、余りにも綺麗なのでいつも少し緊張する。
と、そろそろ真面目にこれからのことを考えるか。折角時間が有り余っているんだ、有効利用しないと。
これからエルフに会えることを喜んでばかりではいられない。村人達の話で知ったのだ、楽しい事ばかりだと思っていた異世界の恐るべき現実を。その話だけは、浮かれた気分で聞いていた俺の記憶にもよく残っている。
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数日前、家の中で窓の外の景色を眺めていた時のことだ。視界の隅に、農作業が一段落終わり地面に座り込んで休憩している3人の男たちがいた。彼らの会話が何と無く気になったので耳を澄ます。
「———なあ、聞いたか。ギルトロア帝国にガムトバルク獣王国が征服されたらしいぜ」
「何だと?おいジョニー、つまんねえ冗談言ってんじゃねえよ。あの国はこの前レナン皇国を征服したばっかりじゃねえか、幾ら何でも早すぎるだろ。だよな、キンドル」
「ああ、そうだぜアルフ。それに、ガムトバルク獣王国つったら獣人で構成された屈強な軍隊で有名じゃねえか。あの国がそう簡単に負ける訳無いだろ」
二人に嘘だと思われたジョニーは、心外だと言わんばかりの表情で口を開いた。
「う、嘘じゃねえって、さっきこの村に来てる行商人に聞いたんだ・・・あ!ほら、あそこに居るからそんなに気になるんだったら聞いて来いよ」
そうジョニーが視界に映った行商人を指さすと、キンドルとアルフは立ち上がって彼の方へ向かった。
しばらくして、戻って来た二人の顔は青ざめていた。
「お、どうだった?本当だっただろ?」
ジョニーが確認するように尋ねる。
「あ、ああ・・・ギルトロア帝国、強い国ではあるがそこまで強引なことをするところでは無かった筈だが・・・一体、何があったんだ」
「平和だったこの大陸で戦争が始まったのは、確か・・・2年前ぐらいだったか、ちょうどギルトロア帝国の王子が生まれてからだな。偶然か、それとも・・・」
キンドルとアルフは衝撃を隠せないようで、固まった表情のまま考え込む。
「あの国の奴らヤバいぞ。人族至上主義を掲げて亜人達を襲っているらしい。そんで捕まえた亜人達を全員奴隷にしてこき使っているんだとよ」
「そいつは流石に魔人族も黙ってないんじゃ無いのか?」
「そうだそうだ。普段穏健な魔人族も同族が被害にあったと知ったら激昂するぞ」
(・・・マジかよ。亜人・・・エルフや獣人達のことか。あと魔人族・・・名前的に吸血鬼や悪魔系の種族のことだろうな)
「ああ、だから今魔人族とギルトロア帝国がやり合ってる最中なんだとよ。どっちが勝つと思う?」
「俺は—―――」
この後はどちらが勝つか口論を始めたので割愛する。彼らは、話の最後にこの村について喋っていた。どうやら、この村がエルフと交流しているのは少しばかり特殊なようだ。勿論他にも異種族と交流している村は各地に点在しているが、最近、特に征服されたレナン皇国近郊の村はギルトロア帝国の襲撃で徐々に数を減らしているらしい。
この村もアレイア王国が征服されたら最後、発見され次第異端として皆殺しになるらしい。まあ、今は魔人族と戦争中だし、この国も黙ってやられるほど弱くはない。それに、数年は征服した国々の支配に力を入れる筈なので今は気にしないでおこう。最悪、ちょっと前に使えるようになった能力を鍛えておけば逃げることは可能だしな。
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森に差し掛かり、テリスに抱っこされながら移動している俺は彼女の顔から視線を外し空を見る。
木々の隙間から見える空は、雲一つなく晴れ渡っていた。




