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ドリームキャッスル

 近くまでくると、その洋館風の建物はものものしい雰囲気を漂わせていた。

「雰囲気あるね」

「興味深いな」

 その建物を見て、二人はそれぞれの感想を口にした。

 『惣田檸檬』と『蔵塚そるて』。

 ここにくるまでのやりとりで、お互いの興味嗜好が合ったこともあり、二人はタメ口で話をするまでに打ち解けていた。

「なんていうか…………」

「あぁ、言いたいことは分かる」

 すぐに返ってきた言葉に、『惣田檸檬』は『蔵塚そるて』を見る。

 この男、察しが良すぎる。

 そして実際に。

「可愛さと不気味さが同居していて──滑稽にも見える」

 と、『惣田檸檬』が感じていた雰囲気を言葉にしてみせた。

(……頭の回転がいいんだろうな)

 自己を語彙力の低い方だと思っている『惣田檸檬』にとっては、憧れるタイプだ。

「……入ろうか」

 言って、『蔵塚そるて』が率先して入り口のアーチをくぐる。『惣田檸檬』もその後に続いた。入場受付の窓口をスルーし、アトラクション内に入る。

「うわ……」

 思わず声を上げる『惣田檸檬』。

 当然、中は真っ暗だ──と思いきや、仄かな明かりが点いていたのだ。薄ぼんやりと見える程度だが、その内装──ドリームキャッスルと題されるだけのファンタジーな部屋──が分かる。

 雰囲気はファンタジーとは真逆にあるものだが。

 それにしても──しかし。

「なんでついてるんだろう……」

 明かりが点いている──なんて、そんなウワサは無かった気がするが。

「さぁな……」

 警戒するように四方八方に懐中電灯を向けながら『蔵塚そるて』が短く反応する。

 興味深げにしていた彼の、そんなそっけない態度に違和感があった。

(何か……考えてる?)

 はっきりとした表情は見えないが、なんとなくそんな風に思えた。

(電気がついてる訳でも考えてるのかな)

 『惣田檸檬』は彼の思考を邪魔しないよう、それ以上は何も言わないことにした。

 沈黙を同行させながら二人は進む。

(……不気味って本当、こういうのを言うんだろうな)

 懐中電灯で背後をも含めた三百六十度の方向を照らしながら、『惣田檸檬』は改めてそう思った。

 ホラーとファンタジーが同席している。

 特にあの、裏野ドリームランドのマスコットキャラクター。各コーナー(テーマ別に分厚い壁で分けられている)にいて、懐中電灯を向ける度にギクリとさせられる。

 可愛いマスコットが、もはやお化け屋敷の脅かし役のような存在になっていた。

 そうして四つ目のテーマの部屋にさしかかったとき。

「……ここまでか」

 と、『蔵塚そるて』が呟くように言った。

 彼の肩越しに前を見ると、そこから先はなく壁になっており、行き止まりになっていた。

「え……ここで終わり?」

「そうみたいだな。……あぁ、待てよ」

 言って、『蔵塚そるて』はその壁を叩く。

 重厚で硬質な音がした。

「ふむ、向こう側に空間があると言う事でもないようだ」

 隠し扉の可能性を考えたらしい。が、それも空振りに終わったようだ。

「明かりが点いているから、ウワサの信憑性は高いと考えていたんだが……」

 壁に手をやりながら、『蔵塚そるて』は呟く。

(ウワサの信憑性……と、明かりが点いていることに何か関係があるのかな)

 『惣田檸檬』にはピンと来なかった。

 どうやらそれを察した『蔵塚そるて』が己の推測を説明する。

「明かりが点くということは配電されていて、今もこの建物が使える現状にあるということだ。そして、明かりが点いているということは、その現状を知っていて、尚且つ、明かりを必要とする活動を行っている奴が──居ると考えられる」

 それを聞いて、『惣田檸檬』はぞくりとした。

 それは──自分たち二人以外の人物がここにいるということになる考えだったからだ。

 自分たち以外の誰かが。

 そこで、『惣田檸檬』はウワサの内容を思い出す。

《『ドリームキャッスルの拷問部屋』──ドリームキャッスルには隠された地下室があって、しかも『拷問部屋』になってるんだとさ。遊園地にあるわけないのに。だから今度確かめに行ってくるよ。》

「──────…………」

 まさか……本当に存在している────?

「ここで考えていても仕方がないな、時間の無駄だ。そうだな……、戻りながらそれらしいものを探そうか」

 言って、『蔵塚そるて』は懐中電灯を今来た方向へと向ける。

 しかし。

「それらしいものって……隠し扉的なものは見当たらなかったけれど……」

 言いながら『惣田檸檬』は気づく。

(そういえば、staff onlyみたいな扉も見当たらなかったな……)

 こういった隠し扉の場合、従業員専用の扉があって、実はそれが地下に繋がっていて──というものが多いのだが。ここは、その従業員専用通路みたいなものすら無いようだった。

「初見で見つけられるなら隠し扉とは云わない。それに初見だと、目に映るすべてのものをその細部に至るまで明確に明瞭に明白に認識するのは難しい」

 『蔵塚そるて』が言う。

(そりゃ……そうだ)

 言われて、己の頭の悪さを再認識した『惣田檸檬』だった。

 そうして、二人は行き止まりの壁とその周辺を再度確かめてから、隠し扉を探すために入り口まで戻ってみる事にした。

 隠れているものを探すので、自然とその足はゆっくりとなる。

(隠し扉……か)

 壁、床とゆっくりと懐中電灯で照らし、じっくりと見ながら進む。

(……もしかして、部屋の中にあるとか?)

 思いながらその部屋──『Fairies Room』と書かれている──を照らす。廊下と部屋を仕切るのは壁ではなく、四人掛けのソファーで、その両サイドが出入口として開けられている。部屋の中は丸い形や四角の形をした遊具が散らばっていた。天井からはその名の通りのフェアリー──小さな妖精の人形が吊り下げられていた。

(女の子が喜びそうな部屋だなぁ……。……今のシチュエーションでなければ、だけれど)

 今はそれらが不気味にしか映らない。

「おい」

「ふぁっ!?」

 後ろから低い声で呼ばれて、反射的にびくりと両肩が跳ねた。

「……驚きすぎだ」

 呆れたように『蔵塚そるて』が言う。

「いや……、今のは驚くよ……」

 シチュエーション的に誰だって驚く。

「? ここには俺とお前しかいないだろう。驚く理由が解らん」

「………………」

 頭がイイ人の感覚──感情ってどうなってんだろ。

 お化けとかやっぱり信じないのだろうか。

 因みに『惣田檸檬』はお化けを信じる派である。

「この壁」

 言って、『蔵塚そるて』は部屋と部屋とを隔てている分厚い壁を懐中電灯で照らした。人ひとりが両手を広げた程の幅がある。

 分厚いにしても──分厚い。

「おかしいと思わないか?」

 『蔵塚そるて』が疑問を呈する。

「?」

 彼の言わんとしていることが分からない。

「分厚すぎる、と俺は思うんだが」

「……でも、それは防音の為なんじゃない?」

 各部屋の印象から、このアトラクションの対象年齢層は低いと見ていた『惣田檸檬』。確かに分厚い壁だな、とは思ったが、大勢の子供たちがはしゃいで騒ぐ声を隔てるのであれば必要なものだろうと考えていた為、違和感を覚えるほどではなかった。

 しかし、彼は違うようで、

「それにしても、だ」

 と、言葉を重ねた。

 もたげた疑問に対して「~だろう」などという適当な予想で納得はしない──出来ないらしい。

(言動といい、着ている白衣といい、この人、研究者か何かなのかな)

 それにしても若い気がするが。

(あぁ、でも、大学の院生ってこともあるか)

 こういう廃園や廃墟を研究対象にしている──とか。

 まぁ、どんな研究かまでは想像できないけれど。

「叩いてみるか」

 『蔵塚そるて』は言ってすぐに行動に移す。

 その響いた音に、一瞬で二人に緊張が走った。

(あっ……た……)

 先程の行き当たりにあった壁の音よりも密度のない軽い打音。

 向こう側に空間が“ある”と認識させる音。

 二人は言葉を発せずにいた。

 ウワサを裏付けるような証拠を目の当たりにした驚きが、二人から声を奪ったようだった。

(ど、どうしよう……)

 隠し扉かもしれない壁を見つめながら『惣田檸檬』は躊躇う。

 ──『拷問部屋』。

 そんなものが本当にあるとしたら──。

 

 ぐぃっ。 

 

「え?」

 不意に真後ろから身体を押された。

「あっ」

 バランスを崩して前に──壁に向かってよろける。

 反射的に壁に手をつくが──そのまま──倒れる。

「!?」

 壁が──向こう側に傾いたのだ。

 そのまま壁と共に倒れ込む形で真っ暗な空間に投げ出される。

 そして投げ出されたそこから転がり──転がり続けた。

「…………っ!」

 坂だ。

 坂になっている。

 それも、割りと角度のある──。

 

 ばすん。

 

 急に、クッションの様なものに当たった。

 そこで、転がる身体は──止められた。

「う……っ」

 身体を起こそうとして『惣田檸檬』は呻いた。

 転がりながらあちこちとぶつけていた為、身体中に痛みがある。

 やっとのことで態勢を整え、辺りを見回すと、運良く、懐中電灯が明かりのついたまま近くに落ちていた。それを拾い、周りを照らしてみる。闇の中、見えたのは傾斜。照らしながら見上げると、その先は真っ暗だった。

(彼は……)

 どうしただろうか。

 『惣田檸檬』は、自分を突き落とした犯人に襲われているのでは、と懸念する。

 今のところ、突き落とされてはいないようだが……何が起こっているか分からない。

 ここで──待ってみようか。

 彼も……落とされるかもしれない。

(それに──)

 ここから動くのは躊躇われる。

 動いた結果、『拷問部屋』に一人で行き着くのは…………。

 考えて、『惣田檸檬』は身震いした。

(…………彼と合流したい)

 しなければ──帰れない。

 自然と、そう思った。

 そして、動かずに──待った。

 しばらくして。

 上の方で音がした。

 ハッとして、そちらを見る。

 傾斜のある方だ。

 直ぐに衣擦れのような音が続き、近づいてきて──。

 

 とすっ。

 

 それは最小限の衝撃で着地した。

「……パニックに陥っていると思ったが」

 懐中電灯で顔を照らされる。

「意外と落ち着いているな」

 低い声で彼──『蔵塚そるて』が抑揚(よくよう)無く言った。

 その声を聞いて、じわりと来るものがあったが、男としてのプライドがそれを表に出すことを許さず、ぐっと抑え、顔に出ないようにした。

 それと同時に、言われてみて分かった、己が然程の混乱をきたしていないことに、驚きを覚えた。

「………………」

 もともと、抱いた感情を表に出すことがない己ではあるが、このそれなりに恐怖を感じているシチュエーションですら、取り乱すことがないとは。

「どこか怪我は?」

 『蔵塚そるて』が、『惣田檸檬』の全身に懐中電灯で照らしながらチェックする。

「派手な落ち方をしただろう」

「あー、うん、でも……大丈夫」

 そう答えると、「そうか」と頷いて、『蔵塚そるて』は四方を懐中電灯で照らした。

「進めるのはこの方向だけか」

真っ暗な何も反射しない空間に懐中電灯を向けて、言う。

「傾斜は角度があって登れそうにないな。ふむ。行くしかないか」

 『蔵塚そるて』は言って、歩き始めた。

 その歩み──足音に、尻込みなどの気配は全くない。

「ま、待って」

 置いていかれそうになって、『惣田檸檬』は慌ててその後を追った。

 そこは、どうやら通路になっている様だった。

 コンクリートであるようで、二人の足音は硬質なものをたてる。幅は見たところ二メートル弱。人ひとりが余裕で歩けるくらいだ。

 どれくらい進んだだろうか。

 急に『蔵塚そるて』が止まるので、何事かと警戒して身を固くした。

「……ドアがある」

 彼越しにその先を見ると、そこで突き当たりになっており、闇のような真っ黒な壁があるのだが、その一部に懐中電灯に照らされたドアノブが付いていた。

 黒い──ドアである。

 ごくり、と唾を飲む己を自覚した。

「──開けるぞ」

 躊躇いなどない『蔵塚そるて』は、一気にドアを開ける。

 鍵などは掛かっていなかったらしい。

 ドアの向こうにあったのは──

「──え?」

 暗闇だった。

 そして。

 懐中電灯を持っている手を強く引かれ、その勢いで受け身も取れないまま床に倒れこんだ。

「な……!?」

 一瞬のことで、何が起きたのか分からない。

 直後。

 ドアが閉まる音がした。

 そして、己から遠ざかる足音と、がしゃん、という金属音が響いた。

(なに……何が……)

 混乱している内に、急に明るくなった。

「……っ!」

 眩しくて目を瞑る。

 それから二、三回瞬きをして──

「!?」

 目に映った光景に、さらに混乱した。

 檻だ。

 檻が──ある。

 鉄格子が、こちらとあちらを分けている。

 そして、鉄格子の向こうに──白衣を着た『蔵塚そるて』が立っている。その隣にもう一人、白衣を着た男がいた。

「──遅かったな」

 見知らぬ白衣の男が『蔵塚そるて』に向かって言う。

 のったりとした、妙な喋りだった。

「警戒心を抱かせずに連れて来いと言ったのは教授じゃないですか」

 無表情で言葉を返す『蔵塚そるて』。

(教授……?)

 身体を起こすことすら忘れて、『惣田檸檬』は二人のやりとりを見ていた。

「……まぁ、いい。こちらでも一人、確保出来たからな」

 言って、教授と呼ばれた白衣の男がこちらに視線を寄越した。

(……?)

 だが、その視線は『惣田檸檬』に向けられたものではなく、その──横だった。

「!」

 そちらを見ると、見覚えのある男が倒れていた。

 ──『蕎麦田空志』。

 『南十字星』と一緒にアクアツアーのアトラクションへ向かったメンバーだ。

「じゃあ、アレを二人分、試せる訳ですね」

 『蔵塚そるて』が『惣田檸檬』と『蕎麦田空志』を交互に見てから言った。

「な──なにを」

 言葉が口をついて出た。

 白衣を着た二人の視線がこちらに向けられる。

「薬を使った人体実験だよ」

 答えたのは──教授の方だった。

「人体……実験?」

 返ってきた答えの異常さに、声が強ばる。

「臨床試験というのがあるだろう──あれは倫理のもと、安全圏内で行われる」

 教授は、『惣田檸檬』に身体ごと向き直った。

「が、それでは薬の効果、その全てを掌握しきれない。どこまでが薬で、どこからが毒なのか、我々は知らなければならない。薬を薬として、毒を毒として、薬を毒として、毒を薬として上手く使うために、知らなければならないんだよ」

 つまり──と、教授は続ける。

「目の前にある道具を上手く使うためには、その道具のことを詳しく理解して置かなければならないって事だよ」

 そう言い終えて、教授はにっこりと笑った。

 ──笑った。

 笑顔。

 そんな教授の後ろで『蔵塚そるて』が冷たい目で『惣田檸檬』を見ていた。

(うそ──だったのか)

 冷酷な目をした彼を見て、絶望が湧いてきた。

(ここまで……連れてくるための……ウソ……)

 趣味を話し合ってタメ口に。

 おろおろする己とは違ってどこまでも冷静沈着で。

 頼りになるなと思って。

 彼についていけば何があっても大丈夫な気がして。

 ──信じていたのに。

「とりあえず、ゆっくりしていてもらおうかな。準備が出来たら、また来るから」

 教授はそう言って鉄格子の前で白衣を翻し、部屋から出ていった。その後を、『蔵塚そるて』が続いて出ていく。

 彼が振り返って『惣田檸檬』を見ることはなかった。

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