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呪い VS 呪い 中

翌日。

朝のぼんやりしているなかで、岡田はなぜか張り切っていた。それはそうだろう、春男で作品を貰わなければ、首がかかっているのだから。

「あ、あの、佐々木さん。春男先生のことなんですけど……。」

作家にもそれぞれくせ、というか個性のようなものがある。それを知らずに担当すると、ひどい目に合うのだ。

「春男先生の作品は読んでおいた方がいいですか?あの、近藤先生の時は冊数が多くて全部読めなかったんです。」

「あ、それはまずい。」

「はい、読んでもいないのに担当かと怒られました。」

岡田はしょんぼりとしたように言った。

「あー……あの人は読んでおかないとな……でも遠藤先生は逆なんだよな。」

「それが……近藤先生の次に遠藤先生の担当になったものですから……。」

「読んだんだ。」

「はい、すべて。」

「あの人、先入観なしで作品よん出読んでほしいからってからって三年に一回くらいのペースで担当変えるんだよ。」

「……早く知りたかったです……。」

 岡田は恨めしそうに言った。

「あー春男はどっちでもいいよ。読んでいても読まなくても。」

「そう……ですか?」

「あんまり気にしないみたいだからね。」

「じゃあ代表作だけにしておきます。」

 彼女はにっこりと笑った。

しかし、その笑顔も午後にはパソコンとにらみ合うだけで、完全にかき消されていた。どうやら、春男の質問メールが始まったらしい。

そっと、見に行くと、なにやら、メモが置いてある。覗き込むと……。

・地球儀には青と茶色があるがどっちが多い?

・小麦粉の入ってないケーキの作り方、気球の作り方、粉塵爆発について、肉球の成分、鏡文字について……相変わらずとりめもない質問が多い。

 それをみて、オレは言った。

「あー……気球と地球儀と粉塵爆発についてはダミーだ。」

岡田はびっくりしたように振り向いた。

「だ、ダミー?」

「そう。地球儀はこの間、プラネタリウムに行ったから興味をもっただけだろ。気球の作り方も、この間、テレビでやっていた。粉塵爆発はおとといのサスペンスドラマだろ。」

「そ、そうなんですか?」

「あいつはね、自分が興味をもったことも作品に使う内容も一気に質問してくるからなぁ。全部相手にしていると参るぞ。」

「はぁ……。」


「とにかく他のは、使うか使わないかわからないから調べたほうがいいと思うよ。」

「こら!佐々木!」

 編集長が怒鳴っている。

「あれこれ教えるなよ!」

「教えていませんよ!」

 オレは嘘をついた。

 編集長は担当業はこなす作家の人数によって決まると言うがオレは先輩からこっそり教えてもらった。それは代々続いているようなものだ。オレはそっと岡田から離れた。


それから一週間たって、あることが判明した。

べつに簡単にできると思っていた、春男の家にいく禁止命令だが、春男に会わなくなって困ることは夕飯だ。毎日とまではいかないが、とくに理由がなければ、一週間とあけずに通っていたようだ。おかげで、自分で出すことになり、出費がかさみ、味の濃い物を食べ続けている。

 一方、岡田の方はほぼ、毎日春男のところに顔をだしているようだ。しかし、彼女は彼女なりに困っているらしい…。

「食事が、美味しいんです。」

「いいじゃない〜。」

 オレの隣りの女性社員はうらやましそうだ。

「美味しいから、いっぱい食べちゃうんです。」

「太ったの?」

「それもあるんですけど、満腹で眠くて、早く帰るはめになるんですぅ〜。」

「いいじゃない。」

「でもまだ原稿もらってないんです〜」

 彼女は、彼女なりに悩んでいるようだ。

春男は、どうも少々考えが古いところがあって、女性が夜遅くになんでもない男性の家から出てくるのは感心しないといって、九時には返してしまうのだ。

「あ、佐々木さん。」

「はい?」

「春男さんがトウモロコシを渡してくれって、これを。」

「あら〜きれい。」

「多いな。いります?」

「いいの〜?」

 隣りの女性社員は嬉しそうに何本かトウモロコシを抜いていった。


「それにしてもなぁ……。」

 オレは台所に立って悩んだ。

 トウモロコシってゆでる以外にどんな食べ方があるのやら。

 オレの実家からとどけられた野菜などが入った段ボール箱も片付かないというのに。

 普段春男に全部渡してしまうせいか、料理方法がわからなくて困る。

 岡田のおかげでこっちまで被害がやってきているようだ。やはり呪いなのかもしれない…。そんなことをぼんやり考え始めていた。

 一方、岡田のほうも、春男のメールでの質問三昧に振り回されているようで、パソコンやら、辞書やら、資料などがどんどん机の上に山積みになっている。しかし、そのタイトルだけでは、一体どんな話を書いているのか、想像も出来なかった。


それから二週間も過ぎただろうか。

春男に会わなくなって困ることはもう一つある。オレは春男以外にも担当している作家がいるがそのなかに、双子の作家がいる。二人で一人のペンネームを使い、いま、ちょっとした人気作品を書いているのだが、これがなぜか、春男のファンなのだ。

 春男に会ったことはないが、いや、会ったことがないからこそ、春男の日常を聞きたがる。

 プロフィールも写真も作品の名前さえ載せていないせいか、気になるらしい。

 しかし。オレは最近春男と会っていない。それが二人は心配らしい。

「佐々木さん、担当を外されたわけじゃないよね?」

「喧嘩とかしたわけじゃないよね?」

「違うよ。」

 二人に会うたびに否定しているが、あまり信じてもらえないようだ。オレは笑うしかなかった。

そして、その呪いはこの二人の作家にまで影響を及ぼし始めた。

 

 外でうるさくセミが鳴いている本日は夏休みに入っていた。オレは涼しいところにいた。

いや、頭からは嫌な汗が流れていたが、十分クーラーで涼しい部屋だった。ところでなぜ汗をかいているのか。それは思いがけないセリフを聞かされたからに違いない。

「かけない?」

「そう言っています。」

姉の尚子は申し訳なさそうに言った。

「もしかしたらスランプ?」

「かもしれません。」

オレの汗はとりあえず止まらなさそうだ。ところでここは春男の家ではない。双子の作家の家に次の作品を書いてもらおうと頼みにきたトコロだ。それが……。

「で、弟さんは?」

「外になにかあるかもしれないと捜しに行きました。」

オレは溜め息をついた。外に作品の種が転がっているなら苦労はしない。逃げられたのだろう。前回の作品も別に悪くなかったのに。

「作品を渡してもらう時もなにか書き始めているところじゃなかった?」

「書いていました。それが自分が書こうとしていたものが、もうすでに本になっていることに気がついたようで、がっくりきてしまいまして。」

「もうなっていた?」

「ええ。黒川先生の作品です。」

「あー……。」

これが売れていない作家なら作品を回してしまうトコロだが黒川先生ではそうもいくまい。

「ただいまー。」

「あ、帰ってきました。ちょっとお待ちください。」

「あ、どうも。」

 弟の直人はぼんやりと挨拶をした。

「おかえり。その……なにも書けないんだって?」

「はぁ。」

 直人はソファに座り込んだ。

「はぁ、姉さんがキャラクターを組み立てて書きやすくはしてくれているんですけど、物語の軸が思い浮かばなくって。もう、少し、待っていてもらえますでしょうか?」

「……わかった。ああ、あさって、春男に会うんだ。そのときに、なにか話をしよう。」

「本当ですか?」

「そうなんですか?」

 二人は目をきらきらさせながら言った。

「うん。」

この四つの瞳を見ながら、なんとしても春男に会わなければならないような気がしてきていた。とりあえず、連絡はしてみようと思った。


ところが、その翌日のことだった。春男からメールがきた。質問メール以外で春男からなにかくるのは、あまりない。

「うちにこられないなら僕が行く。」

と、いうのだ。なにかあったのだろうか。

 会いに行こうとしていたところでもあったので丁度良かったと思い、春男の家を通り過ぎてオレはアパートに帰る。その途中の公園で春男を拾って歩き出した。

「どうしたんだ?」

「ありゃなんだい?」

春男がげんなりしたように言った。

「なにが?」

「彼女だよ。岡田さんだ。彼女が担当になってからほとんど毎日顔を出す。しかも必ず原稿出来ましたか?進み具合はどうですか?って聞くんだ。まぁ、家の食材が減るのはいいんだけど。」

おかげで、オレの家の食材は増えている。

「心配なんだろ。」

「心配?新人じゃないって言ったよね?」

「ああ。」

「それにしたって、心配症過ぎやしないか?君だって締切り一週間前から毎日くるけど、彼女は担当になってからずっとだぞ?なにかあるんだろ?白状しろ。」

 なかなか春男にしてはするどい。しかし、オレはちょっとためらった。作家の中には、ゲンやら縁起やらを気にする人が多いのだ。

「これじゃ、気になって仕事がはかどらない!」

大声で春男が言った時だった。

「困ります!」

 どこからか声が聞こえてきた。

 振り向けば、岡田が立っている。

 さすがに、春男も目を丸くした。

「なにしているんだい、そんなところで?」

「あ、あの、見張っていたんです。」

「まさか、今日、ずっと?」

 ちょっと春男の顔がこわばった。

「い、いえ、そこまでは。さっき帰ろうとしたときに、忘れ物をしてしまって。戻ってきたら、ちょうど春男先生が出て行くとことだったので、どこへいくのかと……。」

「よし、いい機会だ。どうして、君は毎日来るんだ?どうしてそんなに原稿のことが気になるんだ?君、なにか隠してないか?」

「か、隠していません。……黙っているだけです。」

「同じことだろうが。気になるじゃないか。洋介、お前知ってるんだろう?」

「う、うん。断片的には聞いたことがあるんだけど・・…・。」

 オレは、ちょっと岡田のほうを見た。

「あ、あの、私から話します。あ、あの、じ、じつは私、呪われているんです…。」

「ほう。どこが?」

 春男はあまり気にしていないようだ。

「あ、あの私はいままで原稿を一度ももらったことがありません…・・・。」

「それだけ?」

春男は平然と聞いた。

「なに?!一回もなかったのか?!」

 声を上げたのはオレのほうだった。岡田は黙って頷いた。

「そりゃあ、よく落とすとは聞いていたけど……まさか、一度もないとは……。」


オレはあきれたように口をぱっくり開けた。

「いままでに何人くらい担当したんだい?」

春男が聞いてみた。しばし沈黙が流れた……。

「……三人です……。」

岡田は消えそうなほど小さな声で言った。

「三人?多いか?」

春男は洋介と顔を見合わせた。

「え、オレ、十人超えそうだって聞いたけど?」

「先生で…じ、じゅ、十三人めです。」

「十三!不吉だね。」

 春男はさらりと怖いことを言った。

「お前が言うなよ!え、じゃいままでの十二人は全滅?」

「はい、一人残らず…たとえば北林先生は笑ったまま書けずに落ちました。南先生は盲腸になって落ち、西岡先生には高跳びされ、東山先生は逆切れを……。」

「わー!もー、いー!」

 慌てて制したのもオレだった。

 黙って聞いていた春男はぽつりと言った。

「なんか、君が作家に呪いをかけているみたいだねぇ……。」

 岡田は初めてそのことに気がついたようにショックを受けながら、とぼとぼと帰っていった。

 彼女が帰るとオレは言った。

「まさか十三人めとは!編集長が呪われているとか言い出すわけだ。」

「え、あのリアリストがずいぶんオカルト的なことを言うんだね。」

「結構言うんだよ。お前もなぁ……基本的には締切り守る作家だけど、ぎりぎりなこともあるもんなぁ……で、今回は?」

オレはおそるおそる聞いてみた。

「呪いにかかったみたいだよ。あんまり書きたいことが浮かばないんだ。じゃあ、彼女がくる原因がわかって、すっきりしたから僕は帰るよ。」

 相変わらず、のんきな顔のまま春男は怖いことを言った…。


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