五月十一日 自宅 (2/3)
「おじゃまします」
白いブラウスに青いデニムと、カジュアルな装い。訪れてきたのは、やはり加子だった。
彼女をリビングに迎え入れて、淹れた紅茶を並べると、お互いにそれを啜って一息ついた。
無人の家で、付き合いたての男女が二人――
お互いに感じている、ぎこちない緊張をそらすように、彼女はこう切り出した。
「そういえばさ、大学って、もう決めた?」
自分も加子も、高校三年生。この頃は、もっぱら、そういう話題ばかりだった。
「いいや。まだ全然だよ」
「でも目星というか、候補くらいは絞れてきたんでしょ」
「……絞るだけならね。だから、逆に決めかねてるよ。ただ偏差値と成績で並べるだけの決め方だからさ。こんな消去法的に志望校を選ぶのってどうなのかなって」
「ふーん。まぁ、久渡。成績も良いから余計に悩むのかもね。たくさん選択肢があるわけだし」
「こういう時、加子がうらやましいよ」
「わたしが?」
「うん。やりたいことがあれば、悩まなくて済むだろ」
「それって、ただの性格の問題だと思うけど。もし、わたしが久渡みたいに成績良かったら、迷わず、一番良いところ選ぶだろうし」
「……そうかもしれないな」
久渡が深く嘆息する。進路の決まっている彼女は、いつもまぶしく見えていた。だからこそ久渡は余計に思い悩んでいた。今もなお……
「そういえば聞きたかったんけどさ――」
前置きしてから、久渡は試すように質問してみた。
「加子は、どうしてお兄さんの仕事を一緒にやりたいって思ったの?」
それは、初めて訊くことだった。
実際に経験した記憶上では、この問いかけはしていない。彼女が懐想堂で働く予定という進路は知っていたが、その理由を久渡は知らなかった。
疑似体験をした目的の一つである。いったい、彼女からどんな回答が得られるのか――久渡がごくりと息を呑む。
しかし――
彼の期待に反するように、彼女は、じつにあっけらかんと答えてみせた。
「そんなの理由なんかないわよ。小さい頃から、ずっとやりたかったし。それだけ」
「あ、ああ……なるほどね……」
ひきつったように笑みを浮かべて、久渡。
それは、いかにも彼女が発しそうな言動であった。きっと本当にそう思っていたのかもしれない。そう納得できるものだ。
(…やりたいと思ったから、か)
久渡が嘆息する。
あらためて彼女に大きな遅れを取っている気分になったからだ。それは敗北感にも近い感情である。
「やっぱり……僕も、やりたいことを探すべきってことか」
「久渡は頭良いから、きっと大丈夫だよ。見つかるって」
「はは。だと良いけど……」
根拠のない気休めに、久渡は笑っておいた。
そんな風に彼女と話していると、やはりというべきか、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
ポットの紅茶はすっかり空になって、夕陽もとっくに沈んでいる。
そうして、夜の気配が近づいてくると、久渡は思い出したように、こう尋ねた。
「今日、泊っていくよね……?」