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旅立ちの前夜
「ふう……」
久渡が、疲れた目頭を指でマッサージする。
時生から借りた疑似体験の資料は、むろん、文字ばかりで情報量が多い。
二時間ほど目を通したところで、彼は嘆息混じりに断念して、本を閉じた。
どうせ読もうが読むまいが結論は変わらないのだ。だったら意味のないことにも思えていた。
ベッドに倒れ込み、身体を埋めると、久渡は部屋のカレンダーを見やった。
暦は八月。
もう、八月になっていた。
時刻は夜の十二時をまわっていて、月日は今もなお止まることなく進んでいる。
それでも、久渡の時間は、あの日から止まったままだった。
瞼を閉じれば、鮮明に思い浮かぶ光景――
巡里加子、行年十八歳。その位牌の文字と、彼女のやけに白くなった顔を、彼は未だに忘れられずにいた。
久渡の心は、完全に囚われている。いや、正しくは――
(僕が……彼女を殺したようなものだ……)
そのように、ずっと、懊悩している。
加子の死後、久渡がゆっくりと眠れた日は、ただの一度もない。