昨日の敵は今日の友
ドンドンドン、ドンドンドン
太陽が真上に差し掛かり、4月にしては少し暖か過ぎる感がある昼間。
ハーメルンとの代理戦争が明けて2日。ブリッツ城にある一室のドアがけたたましくノックされる。
「霧崎!霧崎ヒジリ!!早く出てこい!!」
口周りにひげを生やした大男、ダン=アルフォードの怒鳴り声が扉の外側で炸裂している。
「……」
しかし、そんな騒音レベルの怒鳴り声もこの部屋の主には効果がないらしい。
「貴様……!もういい!勝手に入るぞ!!」
自分の怒りを完全にスル―され、より怒りの濃度を強めたダンは目の前の部屋への突入の意思を固めた。
「おい、クソガキ!いい加減に―」
「んあ?……おっさん、部屋間違えてるぞ……」
部屋の主―霧崎ヒジリーは、のろのろベッドから半身起き上がると、瞼をこすり、寝ぐせでボサボサの頭をボリボリ掻きながら、寝ぼけた声を発した。
「貴様……一体今何時だと思ってる!!昼の11時半だぞ!!貴様はいつまで寝ていれば気が済むんだ!!!」
先程より一層大きなダンの咆哮が耳をつんざく。
「朝からうるせぇよ……ご近所迷惑だろ?」
ヒジリはまだ眠いようで半目しか開いていない。
「今は11時半、既に昼だ!さっさと仕事をしろ!!怠け者が!!」
ヒジリの全く反省のない態度にダンの怒りメーターはさらに上昇する。
おととい、ハーメルンとの代理戦争から帰還した後、ヒジリは正式にブリッツ国軍に配属され、代理戦争代表部隊・隊長という役職に選出された。
そのため、次の代理戦争に向けて、他国の調査、軍の訓練・強化等様々な仕事を女王陛下のリネアより任されている。
だが……
「何言ってんだ。今日は土曜日。仕事は休みだろ?ったく、休みの日くらいゆっくり寝かせてくれよ……」
そう言って、ヒジリは再びベッドにもぐりこもうとする。
ここ異世界・ヴェルドにおいても曜日や時間といったヒジリの元いた世界と同じ概念は存在しており、一般的に土日が休みという風習まで一緒である。だが……
「何が休みだ!仕事なら山のようにあるだろうが!!しかも貴様は昨日も休んでいただろう!!それに貴様は陛下より直々に代表部隊・隊長に任じられたのだろう!!少しは責任感を持て!!」
さらにダンは憤慨し、次々に捲し立てる。
「おいおい、自分が仕事以外何もすることがない、さびしい人生を送ってるからって休日を楽しんでいる人間に八つ当たりするのは人間としてどうかと思うぞ?―家ではぼっちで寂しいからって無理矢理職場の人間を休日まで付き合わせるのはさすがにまずいだろ……とりあえず、おっさんも仕事以外の趣味でも見つけてみろよ?な?」
そんなダンにヒジリが眠たそうにしながら屁理屈を並べて話をそらそうと、反撃に打って出る。
「勝手に人を公私混同の迷惑ぼっちみたいに言うな!!私だって休日には妻や子供と共に過ごしたりしてリフレッシュしとるわ!!」
「そうか、奥さんとお子さんがいるのか。あんたがこうして毎日仕事に明け暮れていられるのはその家族のおかげじゃないのか?」
ヒジリが急に神妙な顔で語りかける。
「ま、まぁそれもそうだが……」
ダンはそんなヒジリに少し戸惑いながらも普通に返答する。
「普段迷惑懸けてる分、最近家族サービスは十分にしてるのか?」
「い、いや、最近はちょっと忙しくてだな……」
「それじゃあダメだ!俺達軍人はいつ死んでもおかしくない!出来るときにちゃんと感謝の気持ちを伝えておかないと!―丁度今日は土曜日、休日だ。早く家に戻って家族サービスしてやれ。」
ヒジリが落ち着いた声色で諭す。
「そうだな。俺達は明日死ぬかもしれん場所にいる。―ふん、まさか貴様に説教を食らうとはな……俺も今日はゆっくり家族サービスでも―するわけないだろ!!」
ダンの乗りツッコミが炸裂した。
「おっさん、いい年して乗りツッコミなんてよくできるな……」
そんなダンの姿にヒジリは少し引き気味の表情を見せる。
「だ、黙れ!!貴様のお遊びにつき合っている暇はないんだ!早く来い!陛下がお待ちだ!!」
少し顔を赤くしながら、ヒジリを強引にベッドから引きづり降ろすと、そのまま襟首をつかんで引きずっていく。
「無断欠勤・無断遅刻の罰として貴様には今後1カ月の休暇の強制返上を言い渡す!」
「とんだブラック企業だな……。そんなだから代理戦争の代表が少なくなるんだよ。」
ダンの無情な宣告に、ヒジリは嘲るように皮肉で返す。
「なんだと!貴様!!大体貴様は―」
ヒジリの皮肉に何やらダンが憤慨しているが、当のヒジリは全く聞いていない。
(まぁ、リネアに上手く説明すれば罰則はなくなるだろ)
そんなことを考えながら大人しくダンの小言を聞きながらリネアの下へと引きずられていった。しかし……
「ヒジリさん、あなたには今後一カ月無休で働いていただきます。これは決定事項ですのでいかなる言い訳も受け付けません。」
「え?」
王室に辿り着くや否や、玉座に座するリネアから予想外の言葉が放たれた。
ヒジリは間の抜けた声を上げ、改めてリネアの顔を見上げる。
頬を膨らまし、ジト目でこちらを睨んでいる。……どうやらご機嫌斜めのようだ……
「あ、あの……リネアさん?なんか、今日はご機嫌がよろしくないような気がするんですが……もしかして、昨日の欠勤と今日の遅刻が原因だったりしますか……?」
まさかのリネアの怒り具合にヒジリは慣れない敬語で恐る恐る様子を窺う。
「それは全くの気のせいです。確かにそれは良くないことですが、私はその程度のこと気にしません。」
言葉では怒っていないと言いつつも、表情で怒っていることは明白である。
「ですが、もしヒジリさんに私が怒っているように見えるのでしたら、それはヒジリさんに心当たりがあるということではないですか?」
そう言って、リネアは目線をヒジリから別のところに移す。
「は?」
そこには、3人の見知った顔が立っていた。
一人は数日前に代理戦争を戦ったハーメルンの代理戦争部隊・隊長のネビル。そして二人目がハーメルン代理戦争・大将のジョシュア=フリークである。
そして、3人目は……
「はじめまして、霧崎ヒジリさん。ワタシはハーメルン王国第一王女・セシル=フリーク。隣のジョシュア=フリークの妹です。よろしくお願いします♪」
見知らぬ幼女が歳不相応な妖艶の笑顔で手を振りながら、ヒジリに向けて自己紹介をしている。
身長はリネアよりやや小さめ。年の頃は12~13歳くらいだろうか。しかし、年の割に落ち着いた印象の少女である。
「……誰だよ!」
そんな年の割に大人びている少女にヒジリは突っ込むが、セシルは全く気にしていない。
セシルの隣ではネビルが頭を抱え、ジョシュアが苦笑いしている。
そして、
「彼女らは先日の代理戦争後の交渉でお越しいただいたハーメルンの方々です。―あぁ、すみません。ヒジリさんには紹介は必要ありませんでしたよね。なぜか3名とも既にご存知みたいですし!」
リネアは再び頬を膨らまし、3名の部分をかなり強調してヒジリを睨む。
どうやら、リネアのご機嫌を損ねている原因はこの少女のようだ。
ネビルとジョシュアについては代理戦争中共に行動していたため、互いに知っている。
しかし、3人目のセシルについては代理戦争中一度も顔を合わせていない。
さらに、なぜかセシルの方はヒジリのことを知っており、好意を示している。
このことからリネアが導きだした結論は……
「昨日は代理戦争の疲れからお休みになられているのだとばかり思っていましたが、まさか敵国の女性を口説きに行かれていたとは……。私との約束はそっちのけで……」
ヒジリが仕事をサボリ、敵国の王女を口説いていたということになっていた。
そして、リネアからさらに衝撃の一言が続けられる。
「よかったですね!そこにいるセシルさんが、我が国の人質となる代わりにヒジリさんと結婚したいそうです!」
「はぁ!?」
ヒジリも目を丸くし、あまりの展開に一瞬固まる。
リネアはさらに目を細め、ジト目をヒジリに向ける。
そして、ヒジリはリネアの視線を逃れるついでに他の面々を見渡す。
何やら小悪魔的な笑顔を向けるセシル。鬼の形相でヒジリを睨みつけるネビル。申し訳ないといった調子で顔の前で手を合わせウインクするジョシュア。そしてなぜか勝ち誇った顔を向けるダン……
(なるほど。よく分からんが面倒くさい事態になっていることは分かった。そしてダンがクソうざいことも分かった。)
「おい、そこの……セシルって言ったか?俺はあんたとは初対面のはずなんだが……どこかで会ったか?」
ヒジリはこの状況に陥っている一番の要因候補のセシルに問いかける。
「いいえ。ワタシとヒジリさんは初対面で合ってますよ!ただ、ワタシはこの前の代理戦争を中継で見てたから知ってるだけです。」
セシルは再び小悪魔的な笑顔を見せ、こともなげに答えた。
ここ異世界ヴィルドのおいてもテレビというものはある。ただ非常に高価なもの故、貴族など富裕層の家にのみ存在している。
そして、中継の内容は国の出来事についてのニュースがほとんどでテレビを持っている家でも普段はあまり使われていない。
しかし、代理戦争の中継についてだけは別である。
国の存亡を懸けた一大イベントである代理戦争の中継はヴィルド中に放送され、富裕層の家に周辺の国民が集まり観戦する風潮がある。
自国の王女であるセシルも、もちろん観戦していたのだが……
「実はワタシ、今回の代理戦争を見てヒジリさんのファンになってしまったんです!」
「は?」
「ヒジリさんはBランク以上の魔導士数人を含む我が軍50人の兵を一人で倒しただけではなく、我が国最強で生まれてから無敵だった兄まで付け入る隙を与えない程の圧勝で倒してしまいました!しかも、そこの女王様を守りながら!ワタシはその強くて気高く、優しくて、おまけに格好いい姿に、すっかり魅せられてしまいました。」
セシルは少し朱に染めた頬に手を添え、うっとりした表情で語る。
「そこでワタシはヒジリさんのお役に立つため、参上した次第です。どうかワタシをおそばに置いていただけませんか?」
今度は礼儀正しくセシルが頭を下げる。‐リネアやヒジリ達には見えないように怪しげな笑顔を浮かべながら……
リネアの方を見ると、やはり頬を膨らませてヒジリを睨みつつもどこか緊張した様子である。
ヒジリはそんな様子を見てから大きくため息をつくと、
「いや、っていうか初対面の人と結婚とか無理だろ……」
ヒジリは少し引き気味な表情で結婚の申し出を断る。
一方リネアの方に目を向けるとほっと安堵の表情を浮かべている。
「そんな……」
ヒジリに呆気なく断られ、がっくりと膝をつく。
「てめぇ!お嬢を泣かせてんじゃねぇ!―まぁ、てめぇがお嬢と結婚するなんてもっと許さんがな。」
今まで黙って睨むだけだったネビルが矛盾だらけの言い分をヒジリに吐き出す。
「まぁ、簡単に受け入れていただけないのも覚悟していました。―いえ、逆にそれでこそワタシの愛した御方です。」
いつの間にかセシルは立ちあがっている。
「確かにいきなり結婚というのは気が早かったかもしれません。ですので、まずはヒジリ様の部下としてブリッツ王国の代理戦争代表メンバーに所属させていただきます。もちろん、裏切れば直ちに殺していただいて構いません。よろしいですか?」
セシルは真剣な表情で、そして少し緊張した面持ちでブリッツ王国の最高責任者でこの中で唯一決定権を有するリネアに目を向ける。
「そ、それは……」
リネアが言葉に詰まる。セシルはつまり、自身を人質として差し出すだけでなく、代理戦争の戦力としてもブリッツ王国のために捧げると言っているのだ。
いくら敗戦国とはいえ、敗戦後の条約締結において一国の王女を人質としてだけではなく戦争の駒として差し出すのは異例のことである。
人質は差し出す側にしても、受け入れる側にしても爆弾のような存在だ。 人質を殺せば当然、その国との関係は崩れる。
しかし、その人質が戦争中に戦死したと言うことであれば話しは別だ。人質側の国は責任を追及することはできず、むしろ新たな人質を差し出さなくてはならなくなる。これを相手から強要されるのではなく自ら申し出るというのは、これ以上ない完全降伏宣言と言えるだろう。
しかし……
「それは無理だな!」
リネアが逡巡して答えを迷っている中、ヒジリが代わりに返答をする。
「貴様、勝手に発言するな!ここは正式な―」
「なんで断るんだい?」
ダンの注意を遮り、口を開いたのは
「ジョシュア……だったっけ?」
若くしてハーメルン王国の王位を継ぐとともに代理戦争では大将も務めた魔導士・ジョシュア=フリークが、いつもの軽薄な顔とは違った真面目な顔で割り込んだ
「答えは簡単だ。―お前らが信用できないからだ。」
ヒジリもまた真面目な表情で返す。
「一緒に戦うということは、背中を任せるってことだ。『戦争中の不幸な事故』っていう言い訳が使えるのはこっちだけじゃないってことだよ。」
ヒジリの言うように戦争中『不幸な事故』によって戦死する可能性がるのはセシルだけではない。―一緒に戦う以上、セシルによってこちら側の兵士、最悪の場合女王陛下のリネアが『戦死』してしまう可能性もあるのである。
つまり、これは互いにとって大きな爆弾であり対等な抑止力にしかならない。戦勝国としてはあまりに不釣り合いな取引なのである。
「さすがに頭が回るというか、ひねくれているというか……まぁ、確かにヒジリ君の言う可能性も理論上は考えられるだろうね。ただ―僕達は本気であなた達に逆らうつもりはありません。」
ジョシュアが片膝を付き、頭を垂れた。普段ヘラヘラしているジョシュアからは想像できない行動にネビルは驚きつつもジョシュアに続いて同じく頭を下げる。そして、改めてセシルも頭を下げる。
「もちろん、僕やネビルも君達のために代理戦争に参戦させてもらうつもりさ。囮に使うなり捨て駒に使うなり好きにするといい。―ただ、それでも君達が僕達を信用できないなら……この場で再戦するしかないね」
そう言ってジョシュアは臨戦態勢を取る。しかし、その顔には汗がにじみ、表情は緊張して引きつっている。
どうやら負けることは覚悟の上という感じだ。
ヒジリもそんなジョシュアの覚悟を感じ取り、ダン、そしてリネアの方に視線を向ける。
「今現在、陛下より代理戦争部隊の管轄を任されているのは貴様だ。俺に口を出す権利はない。」
ダンはぶっきらぼうに言い放つ。
そして、リネアは黙って頷く。どうやら最終判断はヒジリに委ねるということらしい。
「―セシルっていったか……お前はそこの兄貴と同じくらいには戦えるのか?」
ヒジリが口を開き、セシルの方を見る。
「は、はい!とは言ってもワタシの得意分野は補助魔法なんですが……」
セシルは頭を上げると遠慮気味に、苦笑交じりに答える。
「しゃあねぇ。じゃあテストしてやる。せめて自分の身は自分で守れるくらいじゃないとメンバーには入れられないからな。」
ヒジリはセシル達に背を向けると頭を掻きながら面倒くさそうに答える。
「はい!ありがとうございます!!」
セシルが目に涙を溜めながら再び頭を下げる。‐やはりヒジリ達には見えないように笑みを浮かべながら……
「別にまだ合格って決まったわけじゃねぇっつーの。」
「やれやれ、照れ隠しかい?ヒジリ君も素直じゃないなぁ」
さっきまでの真面目な表情はどこへやら。いつの間にか立ち上がり、ヒジリのすぐ横に立っていたジョシュアが軽い感じで話しかける。
「上手く生きるために性格変えたんだよ。どこの世界でも素直な奴ほど損をするからな。」
「ははっ、面白いね。でも、僕も同感だよ。」
ヒジリは唾棄するように皮肉気に漏らし、ジョシュアは軽い感じで同調する。
「ほら、さっさと行くぞ。さすがにここじゃテストはできんからな。」
そう言って、先頭に立って歩き出す。
「ヒジリさんはやっぱり優しい方ですね。」
後から声をかけられ、ヒジリが振り返ると笑顔のリネアが立っていた。
「なんだよ。もうお怒りモードはいいのか?」
さっきまでの仕返しと言わんばかりに、リネアにも皮肉を披露する。
「で、ですから私は怒ってなど……」
痛いところを突かれ、リネアはゴニョゴニョと言い淀むばかりである。
「まぁ、それはそうと、前した約束、今からやるテストのついでに教えてやるよ。」
「や、約束って……」
リネアが思わず立ち止まる。
「何だよ。代理戦争の後言っただろ?『俺の能力を教えてやる』って。」
「お、覚えてたなら、覚えてたって言ってくださいよ!」
「うおっ!」
後ろから思いっきり押されよろめき、転ぶヒジリ。
そして、べーっと舌を出すが、嬉しさを隠しきれず口元が緩むリネア。そして、にやけているのを抑えきれていないことに自分でも気付くと、少し朱に染まった顔を隠すように下を向きそそくさと走って行った。
(なんかリネアの機嫌も直ったみたいだな。あとは―)
少し後ろを歩くセシル達の方に視線を向ける。
(一体何を企んでんだか…まぁ、ある程度は予想してるんだか…)
ヒジリの目には疑心が込められているものの
「まぁ、試してみてのお楽しみだな」
少しの期待も込められていた。
7月31日少し修正を加えました。