開戦!ブリッツVSハーメルン~100対3からの逆襲~前篇
「それで、具体的にはどうするつもりだ、小僧?」
夕暮れ時が近づく荒野に新たに張り直した陣営で、ダンが神妙な表情でヒジリに尋ねる。
昼過ぎの開戦から間もなくしてハーメルンの上位魔導士に襲撃されたブリッツ陣営から数時間後、無事敵の魔導士二人組を捕え、新たにブリッツ代表に加わったヒジリを加えた作戦会議をしている最中である。
「だから、さっきから言ってんだろ?ひょっとして脳筋は耳まで筋肉でできてんのか?」
ヒジリが胡坐をかき、だらしなく座りながら面倒くさそうに応対する。
「貴様……!この戦には陛下のお命がかかっているのだぞ!!」
先程から緊張感が見られないヒジリの態度にダンはイライラを募らせる。
「ダン、今は仲間内で争っている時ではありません。」
リネアが仲裁し、ダンは渋々引きさがる。
しかし、ダンがイライラして焦っているのも無理はない。
先程の攻防でブリッツ側はほとんどの兵士を失い、戦えるのはダンと新たに加わったヒジリのみというありさまである。
加えて、二人捕えたと言っても敵国のハーメルンには未だ10人以上の上位魔導士が戦闘可能という盤石ぶりである。
そして、表面には出さないまでもこの代理戦争で大将を務めるリネアとて同じ気持ちである。
「ヒジリさん、先程は危機一髪のところを救っていただきありがとうございます。そして、あなたの強さは私の予想以上で、今後ヒジリさんのお力をお借りできると思うととても心強いです。……でも、さすがにヒジリさんが仰られた作戦では……」
リネアは丁寧な口調で、しかしどこか言い難そうに言葉を選び遠回しにヒジリの案に反対の意を示す。
「はぁ……ったく、一体どこが不満だって言うんだよ。面倒くせぇな……」
3人だけの会議で自分以外の二人から反対されている状況に、ヒジリはあからさまに面倒くささを隠さず、大きなため息を吐く。
「そんなのお前が『俺一人で敵陣を攻め落とす』なんて無茶な作戦を主張しやがるからだろ!!」
ダンが声を大にして主張した。
ヒジリが先程から一貫して主張している作戦というのは、
①ヒジリが単独で敵本陣を制圧し、敵の大将を捕える。
②万が一に備えてダンはリネアの護衛に終始し、ヒジリが敵を倒すまで時間を稼ぐ。
という実に単純明快な作戦だ。
「なんだよ……おっさん、お前時間稼ぎすら満足にできねぇのかよ……ホント使えねぇ老害だな……」
「そっちじゃない!……いや、実際奴ら相手に長時間の時間稼ぎは難しいかもしれんが……。それより、問題なのはお前の方だ!!」
必死に反論するダンと共にリネアも言葉には出さないが心配そうな表情でヒジリを見やる。
「先程の光魔法は見事だったし、体術が優れていることも分かった。恐らくお前は俺なんかとは比べ物にならない程強いことも十分理解している。……だが、相手は何人いると思っている!お前一人では到底かなわん!!」
ダンがヒジリの意見に異を唱えているのはヒジリのことが嫌いだからというわけではない。
現状、敵のハーメルン側は上位魔導士が二人倒されたといっても、まだ10人以上の上位魔導士を含む100人程の兵士が残っている。
対してこちらブリッツ王国側はというと、戦力として残っているのは大将のリネアを除けばダンとヒジリの二人だけという有様である。
いくら強いとはいっても1人で100人を相手にするのは不可能だ、というのはあまに正論である。
「だからそれは大丈夫だって言ってんだろ……」
「ならばその根拠はどこにある?いくらお前の光魔法と強力な体術をもってしても一人一人が猛者揃いの上位魔導士を複数相手取るなど無謀にもほどがある!!」
一歩も引かないダンにヒジリは再び大きなため息をつき、うんざりしたような口調で話す。
「あのなぁ、もしかして誤解してるかもしれんから言ってやるけど……別に俺『光魔法』の使い手とかじゃないんだけど……」
「なに!?……どういうことだ?確かにお前はあの時強大な光を出現させ……」
ダンが目を見開き、驚きの表情を見せる。
「っていうかリネア、お前は知ってんじゃねぇのか?」
「い、いえ……確かにヒジリさんが最強の超能力者だということは知っていましたが……それに実際にヒジリさんが戦っているところを見たのは先程が初めてですし……」
リネアも同じように驚いた様子で答える。
その様子にヒジリは少し違和感を感じずにはいられなかった。
(実際に俺の戦闘を見てないだと……?なんでわざわざそんな不確定要素に頼ったんだ……?)
「まぁ、とりあえずそっちは後回しだ。……逆に俺が心配なのは、そこのおっさんが俺がいない間しっかりリネアの護衛ができるのかってことだ」
そう言うと、ヒジリはダンの方に視線を向ける。
「そんなの―」
「おそらく相手はさっきの奴らと同程度の戦力でこっちを攻めてくる。お前はそいつらからそこの女王を守れんのか?」
強がろうとするダンの言葉を遮り、ヒジリが真面目な声色で問いかける。
「それは……」
ヒジリの問いかけにダンは歯噛みしつつも、言い返すことができない。
その様子が言外に『できない』という事実を語っていた。
ダンとて決して弱気な臆病者ではない。しかし、客観的に見て先程の魔導士以上の戦力で攻められては自分一人でリネアを守りきることは難しい。―例え自分の命を捧げたとしても……。
ダンに、先ほどヒジリに対して散々言った『複数の上位魔導士を一人で相手にするのは不可能』という言葉がブーメランのように返ってくる。
「仕方なねぇ。作戦変更だ」
ヒジリが再びため息をつき、代替案を説明する。
「そ、それは……さっきより無茶苦茶な作戦ではないか!!」
ヒジリの説明した新たな作戦に驚愕の表情を見せながら、ダンが異論を唱える。
黙って座っているリネアも不安を隠しきれない様子だ。
「なんだよ……お前が無理だって言うならこうするしかないだろ?我がままな野郎だな……」
「そういうことじゃない!それではお前の方が―」
「分かったよ。」
ダンの言葉を遮り、ヒジリが立ちあがると、自信に満ちた表情で宣言する。
「そこまで言うなら見せてやるよ。お前らが納得できる根拠ってやつを」
※※※※
数時間後、ハーメルン国側本陣。
「おい、全然来ねぇじゃん。……噂の光魔導士」
「っていうかこんな弱小国との戦争で守備なんて退屈にも程があるっつーの」
夕暮れ時、ハーメルン陣営の魔導士が愚痴をこぼし合う。
俄然、圧倒的有利の戦況ではあるが、上位魔導士が二人捕えられたという報告が入ったこともあり、複数の上位魔導士が常に配備された抜かりない万全なフォーメーションが敷かれている。
「早く光魔導士と闘いてぇぜ」
「っていうか本当にそいつ攻めてくんのかよ?いくらバズとトニックを一瞬で倒したからって一人でここまで来れるわけねぇだろ?」
今、この二人の魔導士が無駄話をしている場所はハーメルン陣営の最深部である。
つまり、ここに到達するまでに100人程の兵士達を相手取らなければならないのだ。しかもその中には上位魔導士も数名含まれている。
「来るだろ。だって攻めてこなきゃ戦争には勝てねぇ。つまり負けるしかねぇんだからな」
「まぁ、どっちにしても俺達の勝利は決まってるってことか」
「そういうことだ」
そう言って、魔導士達は呑気な声で笑い合う。
パカラ、パカラッ
遠くから馬が走ってくる音が聞こえ、警備につく魔導士達もそちらに視線を向ける。
「……なんだ、味方じゃねぇか。どうやらもう敵の大将を討ち取ったみたいだな」
一頭の馬に乗った兵士の手にはハーメルンの国旗が掲げられていた。
「なんだよ、つまんねぇな……」
噂の光魔導士―おそらくヒジリとの戦闘を楽しみにしていたであろう兵士は落胆の表情を見せる。
「ほ、報告です!」
そして、ハーメルン陣営に向かっていた兵士は、馬から飛び降りると慌てた様子で報告する。
「別に焦んなくても手柄は逃げねぇから安心しろ」
「とりあえず、落ち着いてから大将に報告して来い」
魔導士二人が息を切らせる兵士を落ち着かせようと声をかけるが、兵士は報告を続ける。
「や、やられました……敵が攻めてきます!」
「「は?」」
二人の魔導士は声を揃え、呆ける。
「早く戦闘態勢に入ってください!敵はすぐそこまで来ています!!」
兵士は必死の形相で再度訴える。
「状況を教えろ!敵は何人だ!」
「寝てる奴ら起こしてこい!!」
その様子にようやく魔導士二人も頭を切り替える。
「敵は……おそらく上級の魔導士です……人数は、一人!!」
「!!」
「本当に来やがった……」
二人からは動揺の表情が見て取れる。
「おい、何事だ!」
「敵襲ってのは本当?」
別のところにいた兵士、休憩中の上位魔導士達が報告を受け集まってきた。
……その数、実に50名程。そのうち8名が上位魔導士である。
「ま、ここで倒せば同じことだ」
「どんな野郎か知らねぇが、俺一人で充分だ!」
ハーメルン側が総力を結集して臨戦態勢を整える。
しかし、そこへ
「なぁ、ハーメルンの大将ってのは誰だ?」
聞き慣れない気の抜けた声が聞こえ、一同は一斉に声のした方向を振り返る。
すると、前方10メートル程のところに一人の大きなマントを着た青年が立っていた。
「誰だ貴様」
何の前触れもなく現れた男に、ハーメルン一同に緊張が走る。
すると、青年はニヤリと口の端を釣り上げ、不敵に笑い名乗り上げる。
「霧崎ヒジリ……ブリッツ王国の救世主様だ」
同時刻、ブリッツ王国本陣では一人の中年男・ダン=アルフォードが腰に携えた剣を抜き、臨戦態勢に入っていた。
「貴様、ハーメルンの者か……?」
ダンの額から嫌な汗が一筋流れる。
「そんなの見りゃ分かんだろ?」
「おっさん、さっさと大将差し出してくれねぇか?戦っても時間と体力の無駄だろ?」
ダンの目の前には10人程度の兵士、そしてそれを束ねているリーダー格の男が二人並んでいる。
魔力の高さから、おそらく兵士の前にいる二人の男は上位魔導士であろうことが推測される。
(くっ!やはり上級魔導士が二人か……厳しいな……しかし!!)
「大将を差し出せだと……?そんなことできるわけないだろ!」
圧倒的不利な状況にもダンは全く引こうとしない。
「じゃあ、力づくで聞くまでだ……行け!」
二人いる上位魔導士の中で細見の長身の男が一般兵に指示を出す。
「「「うおおおおお」」」
兵士達が一斉にダンに向かってなだれ込んでくる。
しかし
「雷撃!」
ダンの手から鋭い電撃が放たれる。
「ぐおお……」
「くあッ!」
電撃が命中し、数人の兵士達がその場に倒れる。
だが、
「ひるむなぁ!!」
「行くぞぉ!!」
ダンの攻撃は全員には当たらず、残った数人から反撃を受ける。
「くっ!」
剣と鎧で何とか敵の攻撃を凌ぐものの、それも時間の問題である。
「こんなのがブリッツ唯一の上級魔導士とはな」
「上位とはいえB級なんてこんなもんだろ」
敵の魔導士二人組は嘲笑しながら戦況を見つめている
「お前ら、さっさと捕えろ」
長身の男からの指示を受け、一般兵士達の攻撃はさらに勢いを増す。
「「「うおおおお」」」
全方位から攻撃され、ダンは敵兵にもみくちゃにされる。
しかし、次の瞬間ダンは口の端を釣り上げ、口を開く。
「電撃」
刹那、ダンの全身から電気が流れる。
「ぐおお……」
「くあッ!」
兵士達はうめき声とともに、全員その場に倒れこんだ。
「……ふん……このダン=アルフォード、これくらいで倒せると思うなよ……」
顔に傷を負い、鎧はボロボロ、そして息遣いもかなり荒い……満身創痍になりながらもダンは高らかに宣言する
「ブリッツ王国、親衛隊隊長・ダン=フリークス、この命に代えても陛下をお守りする!!」
宣言するやいなや、ダンは敵魔導士に向かって突進する。
「チッ、うぜぇな……灼熱地獄!」
向かってくるダンに対し、今度は小柄で短髪の魔導士が舌打ちしながら、 炎魔法を放つ。
「雷撃!」
ダンも負けじと走りながら魔法を放つ。
ゴォオオ
わずかながら炎魔法の方が威力が強く、ダンがダメージを受ける。
だが、ダンは止まらない。
「うおおおお」
その距離が数メートルにまで縮まり、ダンが剣を振り上げる。
しかし……
「炎の壁」
長身の男が呟く。
刹那、ダンの目の前に巨大な炎が立ち上る。
「!!」
ダンは咄嗟に止まろうとするが、間に合わない
「ぐおぉ!!」
炎の壁に自らぶつかり、倒れこむ。
「……く、クソッ……」
意識は残っており、長身の男を睨みつけるが体に力が入らず立ち上がることができない。
「ったく、ちょっと焦ったが、ただの命知らずの馬鹿だったな」
短髪の男がダンを見降ろし嘲笑う。
「わざわざ手加減して意識を残してやったんだ。早く大将を差し出せ。」
長身の男は無表情のままダンに告げる。
「で、出来るわけねぇだろ……」
「あ?てめぇいい加減しつこいんだよ!」
短髪がダンの頭を踏みつける。
しかし、ダンはニヤリと笑う。
「できるわけないだろ!……何せ……陛下はここにはいらっしゃらないんだからな!!」
「!!」
「は?……て、てめぇ、どういうことだ!?」
二人の男が目を見開き、明らかに動揺している。
(憎たらしいガキだが、あいつならのところなら大丈夫だ!―今頃敵もあいつの能力に驚いてるだろう)
朦朧とする意識の中、ダンはこの代理戦争が始まる前に見たヒジリのとある能力を思い出し不敵に笑った。