絶体絶命のブリッツ王国!‐ヒジリの選択‐
「撤退、撤退だ!急げー!!陛下には傷一つ付けさせるな!!」
荒野に筋肉隆々の大男・ダン=アルフォードの野太い声が響き渡る。
「クソッ!やっぱり俺達見たいな凡人には上位魔導士の相手なんてできやしねぇよ……」
「もう俺達に勝ち目なんて……」
「俺、まだ死にたくねぇよ……」
ブリッツ国の兵士達が口ぐちに不平不満をこぼしながら撤退戦への準備に入る。
「お前ら!それでも大国家ブリッツ王国の兵士か!!無駄口叩いている暇があったら手を動かさんか!!」
兵士達が口から次々に不平不満が飛び出す中、再びダンの叱責が響く。
しかし、兵士達に活気が戻ることはない。
開戦直後から敵国・ハーメルンに一方的にやられ、兵士の士気はダダ下がりである。
開始当初から30対129という大きなハンデがあった上、現在では9対129とさらに差が広がっている。
おまけにその人数の内訳も上位魔導士が30人程いるハーメルンに対し、こちらの上位魔導士はダン一人と、その戦力差はまさに天と地ほども開いている。
この状況でヤル気を出せと言う方が酷であろう。
「ダン……やはりもう降伏するしか……」
そんな兵士達の様子を見て、リネアは唇を噛みしめながらダンに呟いた。
「陛下!あなたまでそんな弱気になってどうするのですか!!体勢を立て直せれば、もう一度チャンスは来るはずです!!しっかりしてください!!」
「しかし……」
リネアは再び絶望に満ち溢れている兵士達の方に視線を移す。
この戦はかつてのブリッツ国民を救うための大切な戦だ。勝ち目が薄くても逃げられるはずがない。もちろんそれは今でも変わっていない。
しかし、リネアは女王陛下とはいえ、まだ16歳の少女である。
次々に殺されていく自国の兵士、そして生き残ってはいるものの重傷を負っている兵士達、なにより敵国との圧倒的な戦力差を目の当たりにしても尚、気丈に振る舞い兵士達に闘いを強いることができる程強靭な精神は持ち合わせていないのだ。
「灼熱地獄」
ゴオオッ!
「ぐわぁ!」
「うわぁぁぁ!!」
撤退するため、先頭を走るリネアとその護衛・ダンのすぐ後ろで兵士達の悲鳴が聞こえた。
「!?どうした、お前ら!!」
ダンが慌てて振り返るが、
「いたぞ!あれが敵の大将だ!」
「俺が一番乗りだ!横取りするんじゃねぇ!!」
二人の男がこちらに向かって走ってくる。
「!!クソッ、まさかもう追いついてきたのか……陛下、先にお逃げください。ここは私が……」
ダンは逃げるのを諦め、敵と相対することを選択した。
「ダン!いけません!!私もここで―」
「陛下!私の最後の我がまま、どうか聞いてください!!」
自らも残ろうとするリネアの言葉を遮り、ダンは真剣な眼差しで応える。
しかし、リネアは目を瞑り、黙って首を横に振る。
ただダンの言葉に反発して首を振ったわけではない。彼女は悟ったのだ。例え自分一人で逃げてもすぐに追いつかれ、殺されてしまうということを……それならば、最後は潔く戦いたいと思ったのだ。
そしてダンもその意図を悟り、主君を守れない自分のふがいなさに唇をかむ。
「なんだ、もう逃げねぇのか?―っていうか、こいつがもしかしてこいつがブリッツ唯一の上位魔導士ってやつか?ありえねぇだろ……。」
「多分そうなんじゃねぇの?……まぁ、弱そうだけどな」
二人の男―ハーメルンの上位魔導士達はダンが臨戦態勢に入っても尚余裕の様子で、ダンを小馬鹿にしている。
しかし、そんな挑発には構わずダンは表情を引き締める。額から冷や汗が垂れる。
そして、
「雷撃!」
ダンが短く詠唱し手を相手にかざすと、電撃が放たれた。
しかし……
「灼熱地獄」
男の一人が面倒くさそうに詠唱すると手から炎が放たれ、ダンの電撃を相殺した。
「なんだ?今の一丁前に奇襲のつもりか?」
「っていうかもしかして今のが全力か?それでも本当に上位魔導士かよ。」
二人の男が再びダンを挑発するが、ダンは言い返さない。
すると
「あなた達、それ以上我が国の護衛隊・隊長を愚弄することは私が許しません!」
リネアがダンの前に立ち、男達を睨みつけた。
「なんだ、このクソガキは?」
「どうやら調教が必要みてぇだな……!!」
男達は先ほどまでのふざけた表情を一変させ、リネアに殺気を放つ。
そして……二人ともバッと駆け出し、一気に距離を詰める。
「!!陛下!」
ダンは慌ててリネアを抱えるて庇う体制になると、すぐさま雷撃を放つ。
しかし……
「邪魔だ!!」
男は炎をまとわせた手を横にふり、ダンの攻撃をかき消す。
「クッ……!!」
自分の攻撃を防がれたダンは頭では無駄だと分かりながらもリネアの体を抱きよせて必死に自分の体を盾にする。
「死ね!灼熱地獄!!」
「灼熱地獄」
二人が同時に同じ魔法を放つ。
二つの巨大な炎が一つに合わさり、ダンとリネアに襲い掛かってくる。
リネアは目を瞑り、小さな声で呟いた。
「助けて……ヒジリさん!!」
直後、人影がリネアの眼前に立ちはだかった。
「光」
その人影が呟くとあたりは真っ白な光に包まれた。
そして、
ドカッ
「ぐあっ!」
「どうし―グァッ……」
強い光で視界が覆われたまま、鈍い音とともに二人の男の低い呻き声が聞こえた。
序々に視界が戻りはじめると、ハーメルンの魔導士二人がいつのまにか地に伏していた。
「とりあえず、半分は信じてやる……だから今後、お前を裏切る可能性もあるが、それでもいいか?」
光が収まり人影の姿が鮮明になると、その人影―霧崎ヒジリはリネアの方を振り返り問いかけた。
ヒジリの姿を確認したリネアは目に涙を溜め、満面の笑みで返す。
「はい、ありがとうございます!!」
そして、ヒジリはそんなリネアの純粋な笑顔にフッと表情を緩める。
「しゃあねぇ……引き受けてやるよ」
「ありがとうございます!」
ヒジリは再び笑顔で礼を言うリネアを一瞥すると前に向き直り、
「もう一回だけ信じてやるか……」
誰にも聞こえない程小さな声で呟き、空を見上げた。