リネアの思い
「ここが異世界ねぇ……未だに信じられんな……」
異世界・ヴェルドにある一国ブリッツ王国に召喚された翌日、霧崎ヒジリは広大な土地1本だけそびえ立つ大樹の木陰で一人、昨日自分をこの異世界に召喚した少女・リネアのことを思い出していた。
「私はリネア・ブリッツと申します。―ようこそ、ブリッツ王国へ、救世主様!―どうか、私達の国を救うため共に闘ってください。」
ヒジリがベッドの上で目を覚ました時、どうやら隣で看病していたらしい少女・リネアは気を失う前、最後に聞いたのと全く同じ声・口調でヒジリに話しかけた。
「うむ。ロリに巨乳か……なかなかレベルが高い」
リネアと名乗る美少女の全身を舐めまわすように眺め、ヒジリは一人呟き話しの腰を折った。―完全にセクハラである。
ヒジリの一言に顔を赤らめ、俯くその少女は、黒髪のショートカットに色白でみずみずしい肌、目はぱっちりとしている、どこかおっとりとした雰囲気を持つ美少女だった。さらに、巨乳というオプションまでついているこの少女はかなり高級そうなドレスを着ているにも関わらず、16,17歳くらいだろうか、どこか幼く感じられる。
ヒジリは恥ずかしそうに俯いて黙ったままの彼女を、さらにまじまじと観察するが、すぐ後ろには顔面にひげを蓄えた男が睨みを利かせていることに気付き自重。「おほんっ」とわざとらしい咳払いでごまかすと、
「聞きたいことは山ほどあるが……とりあえず、簡単に現状を説明してくれ……」
真面目な声でリネアに問いかけた。
『ブリッツ王国』という聞き慣れない国名、このリネアという少女の素性、ここはどこなのか、『救世主』という呼び方……
目を覚ましてすぐにヒジリには分からないことだらけで、現時点では分かっていることの方が少ない。
「も、申し訳ございません!私としたことが……それではまず、ここがどこであなたはどうやってここに来たのかを説明させていただきます。」
「いえ、わざわざこんな男にこれ以上リネア様が直接お話しになられる必要はないかと。ここは私がこの軟弱そうなクソ野郎に説明しておきます。」
男はリネアを制し、一歩自分が前に出るとヒジリを睨みつける。
先程の彼女へのセクハラ行為により、その視線は敵意に満ち溢れていた。
背丈は190センチ以上あり、筋肉隆々。子供の近くに行こうものなら全員を泣かせてしまうのではないかという程の威圧感である。
「申し遅れたな。私女王陛下直属親衛隊・隊長、ダン=アルフォードだ。陛下に代わり、私が貴様の問いに答えてやろう」
ダンは腕を組み、威圧的な態度を取る。
「っていうか、どっちでもいいから早く説明してくんない?」
「だが、その前に!」
ヒジリのヤル気のなさそうな声に被せるように、ダンが大声で遮る。
そして次の瞬間
「ちょっとダン!」
リネアが驚愕の声を上げた。
ダンは目にも止まらぬ速さで腰に携えていた剣を抜き放ち、その切っ先はヒジリの目の前に…。
「先ほどから陛下に対する貴様の態度はなんだ!次舐めた態度を取ったら首を刎ねるぞ!!」
凄まじい殺気を放つダンの顔は普段の数十倍強面に見え、最早視線だけで草食動物を殺せるレベルである。
しかし、ヒジリは、
「やれやれ、これだから脳筋は……。すぐ暴力に訴えて抑え込もうとする。こんな奴が女王直属の隊長なんてこの国も底が知れてるよな」
この一触即発どころか、下手をすると一瞬で首を落とされるかもしれない状況にも一切慌てることなくダンを挑発する。
「なんだと!?貴様、この方が一体どれだけ尊いお方と心得てる!?」
ダンの怒りのボルテージはさらに上昇している。
「いや、知らねぇから。っていうかそれを含めて詳しく説明しろって言ってんだけど……やっぱ脳筋には理解できなかったか……」
は―っとわざとらしく大きなため息をつき、尚挑発するヒジリ。
「貴様、言わせておけば……」
「ダン!!」
大きな声に二人が振り返ると、そこには頬を膨らませ、ダンを睨みつける女王・リネアが立っていた。
「へ、陛下……申し訳ございません!」
先程までの怒りはどこへやら、ダンはすぐさま剣を鞘に戻すと、リネアに片膝をつく。
「ダン、今はそんな些細なことで言い争っている場合ではないはずです。それに、私達はあくまでヒジリさんにお願いする立場ですよ!弁えるのはあなたです。」
「も、申し訳ございません。」
ダンはさらに深く頭を下げる。
「くっ、あんな偉そうにしておきながら結局怒られてやがる」
ヒジリは笑いを堪えながら、ダンにしか聞こえない小さな声で挑発する。
「くっ!貴様!!」
「おほん!!」
再びヒジリに怒りの表情を向けるダンだったが、リネアの咳払いで踏みとどまった。
「ヒジリさん、私の部下が失礼しました。改めてこの場は私が説明させていただきます」
リネアは軽く頭を下げると、説明を始めた。
ダンは再びリネアの後に控え、黙って聞いている。
ヴェルド―ヒジリの住んでいた世界とは異なる世界―の中にある一国・ブリッツ王国。
そのブリッツ王国の主・女王が自分であると彼女は簡単に説明した。
「なるほど……俺は異世界に迷い込んだってわけか……それで、俺はどうやってここに来たんだ?記憶が正しければ俺は元の世界で処刑されかけていたはずなんだが?」
ヒジリは落ち着いた態度でリネアの話を聞き、さらに問いかける。
「はい、あなたの記憶に間違いはありません。―ヒジリさん、処刑される寸前頭の中に直接声が流れ込んできたのは覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ、それならはっきり覚えてるよ。―丁度あんたのような声だったな」
ヒジリは即答し、真剣な目をリネアに向ける。
「そうですか。それなら、もしかしたらもう察していらっしゃるかもしれませんが……ヒジリさんをこのヴェルド・ブリッツ王国に召喚したのは私です」
元の世界で最後に聞いた声と全く同じ声を発している少女が目の前にいる―そんな状況の中、ヒジリもある程度は予想していた。
しかし、改めて言われるとあまりに現実離れした事実にどう反応していいかが分からない。
「イマイチ実感がないんだが……とりあえずあんたは俺を助けてくれたんだろ?一応礼は言っとくよ」
ヒジリは、頭をボリボリ掻きながら面倒くさそうに礼を言った。
ヒジリの軽い物言いにダンは今にも殴りかかりそうな顔をしているが、女王の手前必死に抑えている。
「いえ、そんなお礼を言われるようなことは……」
そして、リネアはどこか気まずそうに、申し訳なさそうな顔で返答する。
その後、沈黙に包まれる。
リネアは何か言いたそうにするものの、なかなか言い出せなずにいる。
そんなリネアの様子を見て、ヒジリは大きくため息をつく。
「まぁ、それもそうか。……それで、俺にやってほしいことはなんだ?」
ヒジリの面倒くさそうな問いかけにリネアは目を見開く。
「今この国は戦争中で、おそらくもう後がない。追い込まれた女王のあんたはどこからか現実世界の俺の情報を入手し、最後の望みに懸けて俺をここに呼んだ。―違うか?―やれやれ……ホント面倒くさいことに巻き込みやがって……」
ヒジリはここまでのリネアの言動から推測し、持論を述べた。
彼の推測があまりにも的確しており、リネアは驚愕の表情のまま固まり、 ダンは敬意の欠片も感じられない態度に鋭く睨みつける。
「陛下、無理をしてこの小僧に頼まなくても良いのではないですか?見たところ魔力もないようですし」
ヒジリを睨みつけたまま、わざとヒジリに聞こえるようにリネアに進言する。
「ダン、ヒジリさんは魔道士ではありません。魔力が感じられないのも当然です」
「なんと!そんなの一般兵士と大差ないではありませんか!?こんな小僧、早急に追い出すべきです!!」
ダンが驚きのあまり取り乱す。
「それについては問題ありません。‐ヒジリさんは魔道士ではなく、超能力者ですから」
慌て、取り乱すダンとは対照的にリネアはにこにこと余裕の表情を浮かべて答える。
「超能力者……ですか?」
聞きなれない言葉に、首をかしげ聞き返す。
「はい!簡単に言うと、魔力を使わず魔法を使える人のことです」
「そ、そんなばかな!!魔力なしで魔法なんて……」
ダンは信じられないといった顔で目を丸くする。
「おい、話脱線し過ぎだろ……」
今まで面倒くさそうに二人の会話を聞いていたヒジリが我慢の限界を迎え、口をはさむ。
「す、すみません!この世界で超能力者というのは初めてなもので……」
リネアが申し訳なさそうに、慌てて謝る。
「そんなに珍しいなら、話が終わった後いくらでも見せてやるよ」
ヒジリはバツが悪そうに目を逸らす。
彼のようなひねくれ者にとって、素直な者は最大の弱点の一つ‐それをヒジリが身をもって証明するのであった。
「それより……俺に頼みごとがあるんじゃねぇのか?」
ヒジリは真面目な表情で再度リネアに尋ねる。
しかし、リネアはなかなか言い出せず、困った様子で黙ったまま俯いて閉まっている。
「まぁいい。これくらいイチイチ説明されなくても分かるしな―まぁ、もしかしたらそこで睨みを利かせるしか能がない脳筋ジジイは該当しないかもしれんがな」
鼻で笑いながらヒジリはダンに視線を向ける。
「貴様!!」
「ダン!!」
ダンは頭に青筋を立て、自らの腰に携えている剣に手を伸ばそうとするが、リネアの一喝によって制された。
「おっさんも自分の子供くらいの歳の女の子に止めてもらって恥ずかしくないのかね」
ヒジリはわざとらしくダンに聞こえるように独り言をこぼす。
「くっ……調子に乗りおって……!!」
ダンは怒りを必死に噛み殺しながら、ただただ睨みつけることしかできない。
ヒジリはそんなダンの殺気がこもった視線をどこ吹く風で受け流している。
そんな二人の間に立たされるリネアは、不安そうな表情で二人を交互に見渡す。
ヒジリの推測は概ね正解である。
召喚の直前、彼女は言っていた。
『そこまで生を願うなら、私があなたを助けましょう。―その代わり、あなたも私を助けていただけますか?』
と、
そして、ヒジリはその要求を受け入れ、ここに召喚された。
さらに、目を覚ました直後、彼女は言った。
『どうか、私達の国を救うため共に闘ってください』
と……
事前に詳しい条件は聞かされていなかったとはいえ、ヒジリは先に彼女に救われている。
さらに、ここは彼の知らない異世界である。
この状況の中でヒジリが彼女の要求を断るのは非常に難しい。
そして、その状況を作り上げたのは紛れもなく、リネアである。
「すみません……なんだか騙すようなやり方になってしまって……」
「別に普通だろ。人間は常に他人を欺かないと生きていけない生き物らしいからな。―あんたも人間本来の生き方に従っただけだろ。」
申し訳なさそうにするリネアに対して、ヒジリは嘲るように冗談混じりに皮肉る。
「……」
ヒジリの皮肉を真に受け、リネアは何も言い返せない。
「……いいから用件を言え。いろいろ説明することもあるんだろ?」
再び訪れた沈黙、そして目の前の少女の今にも泣きだしそうな顔に罪悪感を感じたヒジリが再び話を切り出す。
リネアもヒジリの顔色をうかがいながら、ようやくこのブリッツ王国が置かれた状況について淡々と説明し始めた。
「この国の状況を説明する前に、まずこの世界の『戦争』について説明しなければなりません」
「どういうことだ?戦争なんてどこの国でも同じだろ?」
ヒジリが眉をひそめる。
「いえ、概念自体は大体同じなのですが……ヒジリさんの世界の『戦争』とは少しルールが違うのです」
「ルール?」
ヒジリがさらに怪訝な表情を濃くする。
戦争にルールなど存在しない。ただの殺し合いである。相手が降伏するまでただただ殺しまくる。―それがヒジリにとっての戦争であり、元の世界での共通認識だったが、どうもこの世界では違うらしい。
「このヴェルドの世界では『代理戦争制度』を取り入れています」
「代理戦争制度?」
「はい。この制度ではヒジリさんの世界のような民間人が大勢殺されたり、軍人でもない一般市民が兵士として戦争に駆り出されることもありません。―各国の軍人の中から国の代表メンバーを選出し、代表メンバーのみが戦うことを許されます。代理戦争は事前に決められた区域で行われ、一般人の立ち入りは禁止となっています」
リネアは簡単に説明した後、『ルールが多くて一回の説明では覚えられないから』と言って代理戦争の詳しいルールを近くにあった用紙に書き留め、ヒジリに渡した。
ヒジリは渡された用紙を確認する。
・代理戦争はヴェルド代理戦争運営本部という組織が取り仕切っている
・代表メンバー入りには本人の許可が必須
・メンバーは事前申請が必要であり、申請されていない者の参加は認められない
・人数の上限の規定はないが、相手国との差が100人以上の場合開戦は許可されない。
・勝敗は互いの国のボスが降伏した場合、または殺された場合、和平・停戦等の条約が結ばれた場合のみ決する
「とりあえず、要点だけまとめてみました。他にも細かいルールはありますが、最低限覚えるべきルールはそれくらいです」
ヒジリは黙ってその用紙を見つめている。
「ヒジリさん、改めてお願いします。どうかこの国の代表として代理戦争に参加していただけないでしょうか?」
リネアは縋りつくような目を向けて懇願する。
しかし、
「悪いが全くヤル気が起きん。」
ヒジリは耳をほじりながら面倒くさそうに渡された用紙を突き返し、即答する。
「貴様!!陛下がここまでされているというのに……!!」
ダンが再度自分の腰に携えた剣に手をかける。
「ダン!止めなさい!―ヒジリさん、お断りの理由を教えていただけませんか?」
ダンを制し、真剣な眼差しをヒジリに向け、問いかける。
「人間は基本的に自分が一番可愛い生き物だ。そんな生き物に命をかけられるほど今の俺はお人好しじゃないんでな……あんたには感謝してるが、命を懸けられるほど信じられねぇ……ただそれだけだ」
ヒジリは元の世界で『人間の本性』をこれでもかというほど見せられてきた。
たとえどんなに恩恵を受けている人に対しても、自分の身や自分の身の周りが危ないと思えば簡単に恩人を裏切ることができる。
そして、そんな人間達に嫌気がさして一度は生きることを放棄してしまった。
そんなヒジリにとって、ついさっき無理矢理連れてこられた世界の見ず知らずの他人のために命を懸けることなんて到底不可能なことであった。
ヒジリはリネアに用紙を押しつけるように渡すと、ベッドから出て、部屋の入口に歩きだす。
「あんたには違う形で恩を返す。だから―」
「私は何があってもあなたを裏切りません……あなたの『本当の味方』になります!」
ヒジリの去り際の言葉にリネアが必死に食い下がる。
「本当の味方だと……?」
ヒジリは思わす立ち止まる
。
『本当の味方』―それは紛れもない、ヒジリが処刑される直前に心から欲したもので、新たな生きる目標としたものである。
おそらく、それを願った時からリネアはヒジリと通じていたのだろう。
そのことに頭では分かっていても、いきなり彼女の口から飛び出した『本当の味方』というセリフに驚きを隠せなかった。
そして、同時に
「ついさっき会ったばかりの奴が『本当の味方になってやる』だと?―俺のことなんて何も分かってないような奴が軽々しく口にすんなよ……!!」
口調は必死で怒りを抑えられていたものの、リネアの方を振り返った鋭い視線からは溢れんばかりの怒りと軽蔑の感情が読み取れた。
「……知らなくないです……」
リネアが小さな声で呟く。
「少なくとも私はヒジリさんのことはよく知っています!!」
リネアは勢いよく立ち上がると、必死の形相でヒジリに訴えかける。その目には涙が溢れており、必死にこぼれるのを抑えている。
その様子からは彼女が嘘や適当なことを言っているようには思えない。おそらく彼女は良い人なのだろう。
元の世界で裏切られ続け、人間不信の陥っているヒジリにもなんとなくそれくらいは分かった。
しかしそれでも……
「……信じられるわけないだろ……!!」
そう言い捨ててヒジリは部屋を出ていった。
頭の中ではわずかながら「もしかしたら彼女なら本当に自分を理解してくれるのではないか?」「もしかしたら彼女となら助け合えるかもしれない」と期待する自分もいた。
しかし、少なくとも現時点では、先程まで絶望していたものを信じることは不可能であった。
ヒジリにとって元の世界での出来事はそれくらいの傷になっていたのだ。
「……」
そして、部屋にはリネアだけが取り残され、ヒジリに押し返された代理戦争のルールを悲しげな表情で見つめていた。
「あいつにはちょっと言い過ぎたかもな……まぁ俺の性格からしてよくあれで済んだと思った方がいいかもな……」
リネアが住んでいる城から数百メートル離れた大きな1本の木の木陰に寝転び、昨日のことを思い出しながら、ヒジリは自嘲気味に笑う。
結局あの後城には戻らず、リネアとはあれ以来顔を合わせていない。
「何が『本当の味方』だよ!!……簡単に言ってんじゃねぇよ!」
ヒジリは地面に寝そべりながら吐き捨てる。
「陛下は軽い気持ちでおっしゃられてなどいない!」
ふと、低音の野太い声が聞こえた。
ガサガサ
後ろから人が来る気配を感じ、ヒジリはゆっくり振り返る、
「なんだ、誰かと思えば脳筋じゃねぇか。何か用か?」
すぐ後ろには先ほどの声の主・ダン=アルフォードが立っていた。
「開戦の日時が決まった……」
ヒジリの挑発にも全く乗らず、沈痛な面持ちだ。
ヒジリも昨日の威圧的で短気な印象とは違うことに気付きつつも
、
「……それで、俺を説得しにきたのか?全くとんだ暇人だな。」
ヒジリのひねくれた性格もあり、素直になれず皮肉で返してしまう。
しかし、ダンの方はヒジリの挑発に乗ることない。
それだけで深刻な状況に陥っていることが伝わってくる。
「相手は隣国のハーメルンだ。戦力差は上限いっぱいの99人。さらに相手にはA級、B+級といった上位の魔導士達が複数いる。―対してこちらはB+級の私が最高位だ。どうみても勝ち目はない。」
そう言って、悔しそうに唇をかむ。
「それなら開戦を拒否すればいいだろ?」
ヒジリは素っ気なく答える。
「それはできん!……我々ブリッツは先日の戦争でもハーメルンに大敗し、領土と国民の多くを奪われた。―その元ブリッツ国民のほとんどは奴隷のような扱いを受けているらしい。陛下は国民を見捨てるようなことはできんのだ!」
「……」
「正直今応戦したところで敗北は目に見えている。だが、なぜか陛下はお前が共に闘ってくれれば……と信じておられる。」
ダンの含みのある言い方にヒジリはさらに挑発を重ねる。
「それで?」
ヒジリは素っ気なく短く聞き返す。
「今回の戦争は陛下が直々に大将を務められる……つまり―この代理戦争での敗戦は最悪陛下の死に直結する……!!」
ダンは拳を握る力を強め、悔しさを押し殺すように訴える。
「頼む!今回限りで構わん!陛下を救ってくれ!!」
ダンが必死の思いで頭を下げる。
ダンという男は人一倍プライドが高く、女王陛下・リネア以外に頭を下げることは全くない。
そんな彼が会って1日で既に犬猿の中になりつつあるヒジリに頭を下げる程、現在のブリッツ王国は切迫した状況に置かれている。
しかし……
「……そんなのお前らの都合だろ……知らねぇよ」
ヒジリは少し迷いつつも、頭を下げるダンから視線を反らし突き放した。
「くっ、貴様!」
ダンは頭を上げると勢いよくヒジリに詰め寄り胸倉をつかみ、
「なぜだ!陛下は処刑される寸前のお前を助けた恩人だろ!!陛下がどんな思いでお前を助けたか分かるか!?」
必死に訴えかける。その目にはうっすら涙すら滲んでいる。
「そんなの俺をこの代理戦争とかいうのに利用するために決まってんだろ……。」
ヒジリは目を合わせることなく答える。
ダンはそんなヒジリの胸倉をつかんだまま睨み続けるが、
「クソッ!」
しばらくしてダンはヒジリから乱暴に手を離す。
そして、「陛下にこのことはお前に話さぬよう、口止めされていたんだがな……」と前置きした上で
「それは、貴様の味方になってやりたいと本気で思われているからだ。―陛下はお前を似たような過去を持っておられる。」
「!?」
予想外の言葉にヒジリも思わず顔を上げ、目を丸くする。
「陛下自身、何度も自分の家臣に裏切られているんだよ。―だから貴様のことも他人ごとには思えなかったのだろう。」
ダンは空を見上げ、静かな口調で話す。
「今では滅亡寸前にまで追い込まれているこの国も、かつてはヴェルド随一の大国だった。その中でも陛下は、幼小の頃より『千里眼』という異世界の出来事さえも見渡せる唯一無二の魔法を持っておられた。そのせいで幼い時から過度な期待をされ、わずか14歳にして女王陛下の座を引き継がれた。そして、陛下も国のため自身の身を削り、周囲や国民からの期待に懸命に応えてこられた。」
リネアの過去にヒジリも黙って耳を傾ける。
「しかし、代理戦争制度が定着し戦争が頻発しはじめると、戦争には消極的で軍にあまり資金を投入したがらない陛下に兵士達から不満が出始めた。―その結果、他国から大金を積まれた実力派の兵士の裏切りが続出し、衰退していった。」
そして、ダンは自嘲気味に吐き捨てる。
「かつてブリッツ軍に数多く存在していたA級やB+級といった上級の魔導士も今では俺一人だ。」
「……そんな状況になるまでいくらでも手は打てただろ?何でここまで放っておいた?」
今まで黙って聞いていたヒジリが口を開いた。
「もちろん、裏切りが出始めてから兵士への身辺調査には力を入れた。そして、明らかに疑わしい者も見つかった。―しかし、あの方は『自分の味方を信じられない女王など無意味』と言い切り、決して味方を疑うことはされなかった。」
「そんなの―」
「『そんなの自己満足でただの馬鹿だ』と言う奴もいるだろう。だが、俺はそんな綺麗な心を持つ陛下だからこそ我々は命に代えても、そしてどんな手段を取っても守ろうとするのだ!」
ヒジリの言葉を遮り、力強く言い放つ。
「……別にリネアを守るだけならお前らだけでもできるだろ……リネア自身の『千里眼』っていう能力もあるみたいだしな」
ダンら残った兵士達の忠義心の高さはヒジリにもよく伝わった。
リネアが自分と同じような過去を持ちながらも、まだ他人を信じられる強い人間であることも……。
しかし、それでもヒジリには信じるための一歩を踏み出せず、少しでも話を反らそうと試みる。
「『千里眼』は使えない……もう二度とな……」
ダンは再びヒジリを睨みつける。しかし、それはヒジリがリネアへの強力を拒むからではない。
「は?どういう―」
「お前は疑問に思わなかったのか?異世界から人間一人を召喚するなんて大規模の魔法が代償なしなんてことがあるとでも思ったのか!?」
「な!?」
ダンの言葉に目を見開き、言葉を失う。
「お前をこの世界に召喚する代償―それが、『千里眼』の能力を失うことだったんだよ!」
通常、魔法にはその魔法の規模や威力に応じた魔力と引き換えに発動させることができる。
しかし、異世界から人間を召喚するといった大規模の魔術を行使するのに必要な魔力は数人程度が全ての魔力を注ぎ込んでも到底足りるものではない。
そこで、リネアが代償として用いたのが『千里眼』だったのだ。
「な、なんで俺なんかのために……」
ヒジリは激しく動揺する。
「言っただろ。陛下は本気でお前の味方になりたいと思っていらっしゃる、って。陛下にとっては『千里眼』っていう能力なんかよりお前の命が大切だったんだよ!」
ヒジリは言葉を失う。
例え、自分と似た境遇の奴でも一度も会ったことのない他人であり、異世界の出来事である。
リネアという少女は、この世界においてもかなり貴重であり、自らの切り札とも言える能力を、自分なんかを助けるために捨てたというのか……。
そんなことを自問しながらただ、茫然と立ち尽くす。
「別にもう無理にお前に闘ってくれとは言わん。……ただ、陛下のことを理解せず、勝手な思い込みで陛下に無礼を働くのは許さん!―俺が言いたいのはそれだけだ。」
そう言い残すとダンは踵を返し、城の方へと戻っていく。
(何が「俺のことなんて何も分かってないような奴が軽々しく口にすんなよ」だ!分かってないのはどっちだよ……。)
自分がリネアに言ったことがブーメランのように返ってくることに気付き、自らの愚かさを痛感し恥ずかしく、そして情けなくなるなる。
ヒジリはリネアへの態度を反省しながら、ただ遠ざかるダンの後姿を眺めることしかできなかった。