ジョシュアの思惑と新たな敵
「ダン…私はどうすればいいの…?」
リネアが王室の執務机で目に涙を浮かべながら弱々しい声を漏らす。
「陛下…心中お察しいたします…しかし…」
ダンもそんな様子の主の心境を慮り、自分の思う回答を口に出すことができない。
「分かってます…国のことを考えれば。この話を断るわけには…でも!!」
「陛下…」
リネアの悲痛な叫びの後、王室には重苦しい沈黙が流れ続けた…
※※※※
「それじゃあ、早速この前の続きを始めようじゃねぇか。」
プランチェ戦の勝利から数日後、戦後の賠償金等の後始末の交渉も終わったにも関わらず、ヒジリは目の前の相手に鋭い眼光を送っていた。
「やれやれ、そんな怖い顔しないでくれよ。緊張しちゃうじゃないか。」
ヒジリの目の前の相手、ジョシュアはいつものようにふざけた口調ではあるものの、表情は真剣である。
「お前、一体何を企んでるんだ?」
「前にも言っただろ?僕はブリッツ王国のために動いてるだけだよ。まぁ、勿論僕の長年の夢を叶えるためでもあるんだけどね。」
「…何をしようとしてる…?」
「そんなに大したことじゃないよ。――ただ、僕はブリッツ王国を世界一の国にしたいだけさ。」
「世界一の国、だと…?」
「そうそう。これは君達の傘下に入る前からの僕の夢でもあるんだよね。」
怪訝な表情をするヒジリとは対照的にジョシュアは楽しげに語る。
「そんな警戒しなくてもいいよ。君達を裏切る気なんてないから。僕はただ、自分が所属している国を世界一にしたいだけだし。」
「それなら、現時点で世界一の大国の傘下になればいいだろ。」
そんなジョシュアにさらに鋭い目付きで言い返すヒジリ。
「いやいや、元から一番の国に入っても意味ないじゃん。あくまで僕は自分の力を駆使して世界一を目指したいんだよ。」
「じゃあ、ブリッツから独立してハーメルン王国として大国を目指せよ。それならお前の夢の実現もできるんじゃないのか?」
「いやいや、分かってないなぁ。確かにそうしたいのは山々だし、当初は本気で自分の国を世界一にしたいと思ってたよ。――だけど、君は本気でハーメルンが世界一の大国になり得ると思うかい?」
「いや、それは…」
ジョシュアの質問にヒジリは思わず口ごもる。
客観的に見て、ヒジリとダンの二人だけに負けるような国がどれだけ頑張ったところで、現時点でブリッツ王国以上の国相手にまともな戦いができるとは思えない。
「そう。ハーメルンじゃあ、どれだけ頑張っても不可能なんだよ。だから僕は君達、いや君に懸けようと思った。君の成長次第では、近い将来世界一になるのも難しくない、ってね。」
「俺の成長、だと?」
「その通り。ハーメルンを倒した当時から、君の戦闘力については問題なかった。だけど、そんな君にも不足している物があった。」
「俺に不足してる物、だと?」
「仲間を信頼するってことだよ。」
「!!」
ジョシュアのあまりにも図星を突いた回答に目を見開くヒジリ。
「どうやら自覚はあったみたいだね。そこで、僕は君の仲間不信を克服させようといろいろ画策していたって感じだね。」
ジョシュアの言葉を聞き、ヒジリは今まで違和感を感じた出来事を思い返してみた。
思い返せば思い当たる節が多々ある。
例えば、リネアが誘拐された時。
リネアに出かけるように進言したのはジョシュアだと聞いている。
さらに、ヒジリとのデート権を懸けた料理対決もジョシュアが仕切っていた、
他にも疑い出せばきりがない…
そして、プランチェ王国との一件に関しては先日自白済みである。
「いろいろ思い当たる節があるみたいだね。ちなみに、恐らく君が思い浮かべたことは、全部僕が画策したことだと思うよ。」
「…リネアを誘拐したのも…ダンのおっさんを瀕死の状態で代理戦争に参加させたのも…全部か!?」
ヒジリの怒りの咆哮が部屋に響き渡る。
「そんなに怒らないでくれよ。いいじゃん、みんな無事だったんだから。」
「てめぇ…!!」
ジョシュアの軽はずみな一言にヒジリは我慢の限界を超え、殴りかかる。
殴られた衝撃でジョシュアは部屋の壁に思いっきり激突し、吐血する。
「痛たたっ…まぁ、これくらは覚悟の上だったけどね。仕方なかったんだよ、君の成長のためには。」
ジョシュアは殴られ、赤く腫れた頬をさすりながら答える。
「何が俺の成長の為だ!そのせいで一歩間違えればみんな――」
「その感情を取り戻させるのに必要だったんだよ。」
怒りで叫び狂うヒジリの言葉を遮り、ジョシュアが冷静に切り出す。
「君は僕と闘っていた頃はそこまで仲間思いじゃなかったはずだよ。少なくともリネアちゃん以外にはそんな感情持っていなかったはずだ。」
「!?」
思い当たるところがあったのか、ヒジリは黙りこむ。
「僕はまず、既に信頼関係が出来上がっていたリネアちゃんと、信頼しつつあったダン君を利用して、君が仲間や大事な人のために命を懸けられる人間か、確認させてもらったよ。」
「てめぇ…!!そんなことのために…!」
「まぁ、結果は予想通り。君はリネアちゃんを助け、かつダン君を守るために命を懸けた。
どうやら君は一度心を開けば自分の身を投げ打ってでも助け出そうとするタイプみたいでよかったよ。これで、ダン君と君との信頼関係も確固たるものになったしね。」
饒舌に話すジョシュアに、ヒジリは必死に殴りかかるのを我慢する。
「次に、君に『仲間のために戦う』んじゃなくて、『仲間を信頼して任せる』ことを学んでもらうために、プランチェ王国を利用させてもらった。」
「お前、あの兄妹がリネアの幼馴染だって分かってて利用したのか…!?」
「いやいや、誤解しないでくれよ。あいつらは僕が声をかける前からブリッツ王国に戦争を仕掛ける気でいたんだから。あくまで僕はそれを利用したに過ぎない。――まぁ、結果は知っての通り。これでこちらの準備は7割方整ったと言っていいね。」
そして、何も言い返さないヒジリに、先程まで軽薄な態度で話していたジョシュアが真面目な表情に変わる。
「これはあいつらを倒すためにどうしても必要なことだった。君に許してほしいとは言わない。僕を仲間として扱ってくれなくても構わない。捨て駒として使ってくれても構わない。――だから、どうか奴らを倒すために力を貸してくれないか?」
ジョシュアが真剣な顔で、ヒジリに手を差し出す。
「断る。俺はこんな風に仲間を利用しようとする奴が心底嫌いなんだ。――さっさと俺の前から消え失せろ!!」
ジョシュアの差し出した手をはじき、鋭い殺気のこもった目で睨みつける。
「ふー、やっぱり無理か…まぁ、君の大切な仲間を危険に晒した揚句、自分の夢のために力を貸してくれ、なんて言われてOKが出る分けないよね。」
ジョシュアが溜息をつき、いつもの軽い調子に戻る。
「当たり前だ。てめぇみたいなクソ野郎のために協力する気なんて――」
「じゃあ、それがリネアちゃんのためだったらどうだい?」
「…なんだと…?」
自分の言葉に被せるようにして質問してきたジョシュアの言葉に耳を疑うヒジリ。
「僕のためじゃなく、リネアちゃんのため、もしくは君自身のためだったら、どうかな?」
ジョシュアがニヤリと笑いながら再び問う。
「リネアのため、だと…?どういうことだ!?」
「やれやれ、ホントにリネアちゃんのこととなると必死になるんだから。」
「黙れ!!」
リネアが関係すると知った途端に態度を変えるヒジリを再び軽い口調で茶化すジョシュア。
ヒジリはそんなジョシュアに再び睨みつける。
「はいはい。言うからいい加減殺気だすのやめてくれないかな…」
ジョシュアの頼み等お構いなく、ヒジリは強張った表情で次の言葉を待つ。
「――実は、今このヴィルドの6割を牛耳っている世界最大国家・ヴィント王国の国王がリネアちゃんに婚約を申し込もうとしてるらしい。」
「こ、婚約…だと…?」
予想外の言葉に耳を疑い、表情を引きつらせるヒジリ。
「そう、たまたまブリッツの代理戦争の放送を見ていた国王が一目惚れしちゃったらしくてさ。近々正式に求婚しにくるらしいよ。」
「…俺がそんなデマに流されると思うか?大体なんでお前がそんなこと知ってる?」
ヒジリは表情を引きつらせながらも、冷静に反応する。
「疑り深いなぁ。信じたくない気持ちも分かるけど、これを見てもそんなことが言えるかい?」
「?」
ジョシュアは一枚の紙を取り出すと、ヒジリに差し出す。
ヒジリは怪訝な表情で紙を受け取ると内容を読む。
「ま、マジか…」
内容に目を通したヒジリは目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
「これで君も僕の話を信じたかい?」
ジョシュアが再度問うが、ヒジリの耳に届いていない。
紙――手紙の内容は…
「結婚の申し込み…だと…?」
ヒジリが言葉を漏らす。
手紙の内容を要約すると、ヴィント王国の国王はリネアに一目惚れし、是非婚約したいと言うこと。婚約する前に是非一度会って話がしたいという二点が記されていた。
「さっきも言ったけど、ヴィント王国はこの世界の半分以上を牛耳る世界一の大国だ。――この婚約の話しを断ればどうなるか、分かるね?」
ジョシュアが不敵な笑顔で問う。
ヒジリは悔しそうに唇を噛みしめる。
「…リネアは?」
「なんだい?」
「リネアはどうするつもりなんだ?」
「君はそれを聞いてどうするんだい?」
「…別に。リネアがその話に乗り気なら俺の出る幕なんてねぇだろ。」
ヒジリの返答にジョシュアは大きなため息をつく。
「はぁ~。君といい、リネアちゃんといいホントにじれったいなぁ~。君自信、リネアちゃんが君に好意を持ってること位分かってるだろ?」
「そりゃあ、ちょっとは…」
「そして、君はリネアちゃんのことが好きだ。」
「は?べ、別に俺は…」
いきなりのジョシュアの断言に焦るヒジリ。
その顔はかすかにだが、赤く染まっているように見える。
「やれやれ、男のツンデレなんて見たくないんだけどなぁ。――でも、これで君のやるべきことは分かっただろ?」
「お前…まさか今回も…?」
ジョシュアの暗躍を疑い、警戒するヒジリ。
「残念ながら、今回僕はノータッチだよ。まぁ、信じるかどうかは君の自由だけどね。」
そう言いながら、ジョシュアは再び手を差し出す。
ヒジリは一瞬悩み、そして、ジョシュアへ視線を向ける。
「お前のことは信用しない。ただ、目的が一致しただけの一時的な共闘関係だ。俺はお前を徹底的に利用した挙句、平気で裏切るつもりだ。――それでもいいんだな?」
「はははっ。そんなのお互い様だよ。僕だって君を裏切るかもしれないんだからね。」
「ふん、契約成立だ。」
そう言って、ヒジリは差し出された手を乱暴に握る。
「やれやれ、交渉は成功したとはいえ、間接的にでも妹の失恋を聞かされるとは、ちょっと気まずいな。」
「い、いや…その、すまん…」
「はははっ、別に謝る必要なんてないさ。妹も薄々負け戦だってことは分かってたと思うしね。――君は自分の思うようにやればいいさ。」
「ああ!!」
こうして二人は新たな敵との戦いのため、動き出した。
しかし、ヒジリはまだ知らない。
この戦いで因縁の相手と再会することになることを…
※※※※
「おい、瞬!この服はどうだ?」
男は全身鏡を前に、服装を選ぶのに余念がない。
男は長い紫色の髪を後ろで束ね、顔は色白で客観的に見てイケメンである。
おまけに長身で足も長く、スタイル抜群だ。
そんな男が着れば大抵の服装は似合ってしまう。
そのため、感想を問われた家臣の返答も…
「よく似合ってますよ、グレコ陛下。」
どこか投げやりな返答になってしまっている。
問われた男は、片目が少し長めの黒髪で隠れているものの、うんざりした様子は誰が見ても分かるほどだ。
「おお!そうか!!でもこっちの服も捨てがたいんだよな。」
長髪の男は、そんな家臣の態度などお構いなく、さらに試着を続ける。
「陛下なら何着ても似合うよ。別にあんなポッと出の弱小国に行くのにそんな着飾る必要ないだろ…」
そんな様子を見かねて、同じく紫色の髪をした男が口を挟む。
男は短髪の頭をボリボリ掻き、面倒くさそうな口調だ。
「ハウアー、そうは言っても相手は俺の婚約相手だぞ?これが張りきらずにいられるか!」
全く聞く気のないグレコにハウアーと呼ばれる男は溜息を洩らす。
「しかし、グレコ陛下。あなたはこのヴィルド最大国家のヴィルド王国の国王です。そんなに相手を気にしなくてもいいのでは?」
再び、瞬と呼ばれる男が割って入る。
「う~ん…それもそうか…大国の威厳ってやつも大切だしなぁ…よし!じゃあ、これで行こう!なんか威厳ありそうな服だし!」
そう言って、グレコは目に入った赤いローブを手に取り羽織った。
「陛下、お似合いです。」
「よし!行こうか!!」
「やっとかよ…」
グレコはドアの方へ歩き出す。
それに、瞬、ハウアーの二人も追従する。
しかし、数歩進んだところで不意にグレコが振り返った。
「それにしても、瞬。本当は俺なんかよりずっとブリッツ王国を気にかけてるんじゃないのか?」
グレコは不敵な笑みを浮かべて問いかける。
「…どういう意味でしょうか?」
「いやいや、あちらの代理戦争部隊隊長の男。霧崎ヒジリっていったかな。同じ異世界人同士、やっぱり気になるのかなぁ、と思ってさ。」
その言葉に瞬は立ち止まる。
「あんな奴、俺には関係ない!万が一敵になるようなことがあれば、この光が丘瞬が葬り去ってやる…今度こそ!!」
先程までの丁寧な口調とは打って変わり、殺気のこもった声色で答える。
「…期待してるよ。なにせ君はヴィルド最強と呼ばれる戦士だからね。」
そう返答し、グレコは再び歩き出し、ドアノブに手をかける。
「やっぱり気にしてるじゃないか。」
そう楽しげに呟き、部屋を出る。
ヴィルド最大国家・ヴィント王国がブリッツ王国に向けて出発した。
こうして、ヒジリ最大の戦い、そして因縁の相手との再会に向かって、歯車が動き始めた。




