「生きたい!」~願いをかなえるのは異世界で~
人は自己中心的な生き物だ。
人は環境が変われば考えも変える生き物だ。
人は恨みは覚えていても恩は意外とあっさり忘れられる生き物だ。
そして、人は裏切る生き物だ。
どれだけ大きな恩を受けても、いつか環境が変われば忘れてしまう。
もし覚えていても、自分の利益を考え、簡単に切り捨ててしまう。
そして、どれだけ信じ合っていても、どれだけ同じ志を持っていても、どれだけ同じ時間を共有しても、人は時としていとも簡単に手のひらを返す。
青年は思う。
こんな真実を目の当たりにして尚、再び誰かを信じることはできるのだろうか、と……。
「囚人番号306番、霧崎ヒジリ!ここから出ろ!」
鍵が何重にもかかっている厳重な鉄格子を開き、筋肉質で貫録のある中年の警備員が一人の囚人の名を呼ぶ。
「うあ?……あー、ついにこの日が来たのか」
気の抜けた返事とともに、ボサボサの黒髪に、死んだ魚のような目の青年がダボダボのシャツをだらしなく着こなして出てきた。
細身で顔は目鼻立ちがしっかりしたいわゆるイケメンなのだが、前述の通りこれでもかと言う程乱れた身だしなみが全てを台無しにしていて、とてもじゃないが20歳になったばかりの若者には見えない。
「無駄口を叩くな!早くしろ!」
警備員に急かされながらも全く急ぐそぶりも見せない。
「チッ」
囚人・霧崎ヒジリの反抗的な態度に小さく舌打ちしながら手首に普通の5倍くらいはある頑丈な手錠をヒジリにかけた。
「別にこんなもんしなくても逃げやしねぇよ」
やれやれといった様子で自分の手首に手錠がかかるのを眺めるヒジリ。
「念のためだよ。万が一にもお前に逃げられたらここにいる奴なんかでは対応できないからな。シャレにならん。」
「はっ!そう言われると脱走したくなるな」
ヒジリは挑発的な口調で切り返す。
「……」
「おいおい、本気にすんなよ」
冗談のつもりで言ったヒジリであったが、中年警備員は目を細め、ただ黙って睨みつける。
「逃げねぇよ。もう利用されるだけの人生なんてまっぴらだ……」
今度は苦笑交じりに、悲しそうな顔でヒジリが呟いた。
警備員先導の元、二人は牢獄がいくつも並んだ部屋を抜け外に出る。
ヒジリにとってはおよそ1カ月ぶりの外の景色である。
久しぶりの外は雲一つない青空で、ぽかぽかとした陽気に満ちている。
しかし……
「おい、あれって前捕まったっていう日本最強の超能力者じゃないか?」
「戦時中の英雄も遂に処刑か……」
「処刑なんてあんまりだわ……」
「ばか!あいつら超能力者は軍隊一つと同等だっていう化け物だぞ!」
「そうだ!万が一反乱なんて起こされたら、あっという間に国が滅びるぞ!」
外で働いていた他の囚人達がヒジリを指さしながら口ぐちに噂をする。
「それにしてもひどい言われようだな……」
ヒジリが自嘲気味に愚痴をこぼす。
これから処刑に向かおうとしている青年・霧崎ヒジリは別に罪を犯したわけではない。
かつて、世界各国で戦争が深刻化していく中、世界中で突如超能力者が現れ始めた。
中には一人で軍隊一つ以上の戦闘力を有する超能力者もおり、戦時中は各国の切り札として大きく貢献していた。
しかし、世界中で戦争が終結していくにつれ、各国は彼らの人並み外れた戦闘力を持て余すようになっていった。
それは超能力者自身も同じであり、力を持て余した彼らの中には国家転覆を企てる者まで現れ、次第に『超能力者は危険な存在』として取り締まりが強化されていった。
そんな中、日本でも『国に背く恐れのある超能力者は即刻捕え、処刑する』という法律を出した。
戦時中日本歴代最強の兵士と呼ばれ、日本に数々の勝利をもたらしたヒジリもこの法律によって裁かれ、『罪を犯す可能性がある』というだけでこうして処刑されようとしている。
「それにしても、今から処刑されに行くっていうのによく平然としてられるな」
歩きだしてからずっと黙ったままだった警備員が不意に口を開いた。
「別に。納得してるわけでもないし、ましてや戦争で人を殺した罰だ、なんてクソまじめな考えなんて持ち合わせてない。……ただ、俺はこの国、そして人間に絶望したってだけだ。これ以上生きてたって無駄だ」
そう言ってヒジリは青空を見上げる。
聞いていた警備員は、立ち止り何か言おうとするが上手い言葉が見つからず、ただ黙ってその姿を眺めることしかできなかった。
そして、そのまま黙って歩きだす。
それ以降、処刑場に着くまで二人は一切口を開くことはなかった。
歩くこと数分、処刑場―一面砂以外何もない更地―に辿り着いた。
そこには既に数十人にも及ぶ人が集まっていた。
軍の幹部、自衛隊隊長、防衛大臣、そして首相まで日本国内のそうそうたるメンバーが終結していた。
「それではこれより、囚人番号306・霧崎ヒジリの処刑を始める。処刑人、前へ!」
白髪を伸ばした老人によってヒジリは人々の前方に置かれている椅子に座るように誘導された。
そして、椅子座ると体を椅子に縛りつけられる。さらに念のためと手足も縛られ、目隠しまで施される。
「戦時中の貢献を考慮し、出来るだけ苦しまずに済む方法で処刑を行いたいと思う」
老人はそう言うと、懐から拳銃を取り出しヒジリの後頭部にピタリと付けた。
いくら国内最強で戦時中多くの修羅場をくぐってきたヒジリでも手足を縛られ、視界を奪われた状態でゼロ距離射撃をされれば回避する術はない。
さらに、国側も万が一に備えて「より強固な策を」講じており、観衆も安心しきった様子で処刑を待っている。
しかし、そんな工夫も脱出する気のないヒジリにしてみれば全く無駄なことにしか思えず、安心しきって罵声を浴びせてくる老人達に怒りがこみ上げてくる。
(なにが『戦時中の貢献に免じて―』だよ!俺がいなきゃテメーらなんてとっくに死んでるッつーの!!)
「!!」
満身創痍のヒジリではあるが、やはり「最強の超能力者」や「化け物」などと呼ばれる男。彼が殺気を向けるだけで、老人達は思わずたじろぐ。
「早く殺せ!」
「いつまでもそんな化け物と同じ空気を吸わせるな!」
「早く撃っちまえ!!」
周囲からは処刑を急かす声が聞こえてくる。
「そ、それでは処刑を行います。……霧崎ヒジリ、最後に言い残すことはあるか?」
「……ねぇよ」
「そうか」と老人は答え、再びヒジリの頭に銃口を近づける。
(これでこの世ともおさらばか……利用されるだけの人生だったな……)
目が覆われているせいで表情はよく見えないものの、その姿は銃を突きつけられ、今まさに処刑されようとしている人間とは思えない程落ち着いているように感じられる。
カチリ。と銃のハンマーが引かれる。
ヒジリの頭には今までにあった思い出が走馬灯のように思い起こされる。
はじめて超能力を使って人を助けたこと。戦後、その助けた人に騙され、警察に捕まりそうになったこと。
初めての任務で小さな子供を助けたこと。
そして、戦後その子供と母親と出くわしただけで泣きながら逃げられたこと。
戦時中、日本の勝利に貢献し、テレビの街頭インタビューで多くの人々に感謝されていたこと。
戦後、同じテレビ番組で自分を『化け物だ!』と酷評する内容が放送されていたこと。
戦時中共に戦った仲間に裏切られ、完全包囲されてつかまってしまったこと……
どれも最後は決まって助けた人や信じた仲間に裏切られた思いでばかりが浮かんできた。
(最後までこんなクソみたいな思い出かよ……ろくでもねぇ人生だったな……)
ヒジリはフッと小さく自嘲気味に笑う。
(一人でいいから本当の味方が欲しかったな……)
不意にヒジリの目から熱い水滴がこぼれおちる。
困っている人を助ければ裏切られ、感謝されたかと思えば非難にさらされ、信じれば騙される……こんな出来事ばかりでは、人間に絶望するのも仕方がない。
そして、実際についさっきまで絶望し、死を待つばかりだった。
しかし……
(まさかまだこの世に未練があったなんてな……)
ヒジリは絶望しきったはずのこの世にも、まだ未練が残っていたことを死の間際になってようやく自覚する。
(このままじゃ死にきれねぇよな……)
ヒジリは再び生きる意味を見つけ、体中から力が漲ってくるかのような気持ちの高揚を感じる。
しかし、手足を縛られ、体は椅子に括りつけられ、さらに目隠しまでされた満身創痍の状態である。
ヒジリは試しに力を入れてみるが、彼のための特別性のロープは簡単には引きちぎれない。
「おい、こいつ今縄を引きちぎろうとしたんじゃないか?」
「いくら化け物とはいっても、いざ死ぬとなると怖いんだろ。まぁ、無駄な足掻きだけどな」
「そうそう。あの薬が効いているんじゃ、奴も今だけはちょっと強いだけの人間だ」
周りの観衆達は脱出を図るヒジリを嘲笑う。
例え、ヒジリが最強の超能力者で化け物だろうと、彼らには絶対に脱出されないという自信がある。
通常の状態のヒジリであれば、たとえ特別性の縄で縛られようと超能力を駆使していくらでも脱出できる。
しかし、今現在ヒジリにとって最も面倒なものは「あの薬」である。
超能力抑制薬―通常は暴走した能力を制御するのに使用するものだが、これを強力に改良することで、一時的に能力を使用できなくすることができる。
―ヒジリはこの改良版の薬を、牢獄を出る直前にこの薬を服用されているのである。
(おそらく薬の効果はあと10分以上は続く……なんとか時間を稼ぐしか……)
ヒジリが必死に頭を働かせて時間を稼ぐ方法を考えているものの……
「おい、早くやらないと薬の効果が切れちまうぞ!」
「そうだ!もし薬が切れれば俺達は皆殺しだぞ!早くしろ!!」
観衆もそのことに気付き、処刑を急かせる。
「それもそうだな」
老人は再びヒジリの頭に銃口をくっつける。
(くそっ、ここまでか……)
ヒジリは黙って唇を噛みしめ俯く。
背後で銃のトリガーに指がかかる気配を感じる。
すると、やり残したが見つかったことで急に死への恐怖を感じたのか、さっきまで微動だにしなかったヒジリの体が小刻みに震える。
(やっぱり死にたくねぇ……生きたい!)
ヒジリが強く願ったその時、頭の中に聞いたことのない若い女性の声が響いた。
『生を願うなら、私があなたを助けましょう。―その代わり、あなたも私を助けていただけますか?』
(俺に出来ることならなんでもしてやる!―だから……)
普段であれば「一体だれだ?」とか「どこから聞こえてくるんだ?」とか疑問が先に浮かんでくるのだが、死の間際に追い込まれているヒジリにはそんなことどうでもよかった。
「とにかく生きたい!」そのことしか考えず、どこの誰だかわからない声に必死に心の中で返事をしていた。
すると……
まさに引き金が引かれる寸前……ヒジリの体はピカッと落雷でも落ちたかと思う程の光に覆われた。
ヒジリ自身、その光を浴びた瞬間、強烈な目眩に襲われた。
(な、なんだ……?意識が……)
意識が遠のき、ヒジリはその場で気を失った。
そして、光が明けると
「一体なんだったんだ、あの光は!……!?」
あまりの強い光に尻もちをついていた処刑人の老人が起き上がると、驚愕の表情を浮かべた。
「き、霧崎がいない……!!」
拘束していた椅子と目隠し、縄だけを残しヒジリだけがそこから姿を消していた……
「ん?なんだ?」
ヒジリが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
「あら、目を覚まされたのですね?」
声のする方に振り向くと、ベッドの横に桃色のショートカットヘアに純白のドレスを着た少女が座っていた。
年齢は16,7歳くらいだろうか。白い肌にぱっちりと大きな目、おっとりとしたかわいらしい少女である。
そして、いきなりの環境の変化についていけておらず、困惑の表情を見せるヒジリに、
「私はリネア・ブリッツと申します。―ようこそ、ブリッツ王国へ、救世主様!」
その少女は柔和な笑顔でヒジリに話しかけ、礼儀正しく頭を下げる。
「どうか、私達の国を救うため共に闘ってください」
―先ほど光の中で聞こえてきたものと全く同じ声で……。




