愛の料理対決~女同士の真剣勝負~
ハーメルンとの終戦交渉が終わってから数日後、ヒジリはいつものようにリネアに呼び出されて王の間へと出向いていた。
「急な呼び出しで申し訳ございません」
小柄でおっとりとした幼い顔つきの美少女はまずいつもと同じように、笑顔でゆっくりと丁寧な口調で話し始める。
「ですが、ヒジリさん……あなたはここへ何を死に来たのでしょうか……?」
しかし目は全く笑っておらず、声色もいつもの少し自信無さ気な優しいものではなく、冷たいものであった。
そして口元もどこかヒクついており、怒りの色が見て取れる。
「いやいや、お前何か勘違いしているみたいだがこれはこいつが勝手にやってることだから!」
ヒジリも怒りモードのリネアに苦い表情を浮かべながら何とか弁明しようと、満面の笑みを湛え隣で自分の腕にしがみついている少女―セシル=フリークに目を向ける。
元々はヒジリのファンを装いヒジリを油断させ、終戦交渉を前にブリッツにリベンジしようとしてブリッツ王国を訪れた。しかし、ヒジリに圧倒的な 強さを目の当たりにして以来、本当にヒジリにベタ惚れしてしまったらしい。
「またヒジリ様ったら……そんなに照れなくてもいいのに」
その当人・セシルは部屋中に流れる何とも言えない空気など気にせず、ヒジリにひっついたまま、歳不相応な妖艶な笑みでヒジリを見上げる。
「いや、普通に迷惑だから。子供は元気に外で遊んでろ。」
そんなセシルを適当にあしらうヒジリ。
「ヒジリ様は相変わらずツンデレなんですから。」
しかしそんな素っ気ない態度をとられても、全く気にした様子はなく悪戯っぽい笑顔を返すセシル。
「ヒジリさん?私は仕事でこちらにお呼びしたつもりだったのですが、あなたは彼女とのラブラブなやり取りを見せびらかすためにここへいらっしゃったのですか?」
表面上はまだ何とか笑顔を保っているリネアであるが、こめかみには怒りマークが浮かび上がって見える程怒りオーラが放出されている。
「い、いや、だからだな……」
「あらあら、リネア様。女王ともあろうお方が焼きもちですか?胸ばかり大きくて器量は小さいんですね。」
ヒジリがなんとかリネアの怒りを抑えようと考えている中、セシルが割り込み挑発的な目を向ける。
見た目は13歳でリネアより小柄で細身な体型、さらに金髪ツインテールといった幼女であるが、常に何か企んでいるような腹黒さがにじみ出ているような雰囲気はどう考えても歳不相応である。
「べ、別に焼きもちなんかでは……」
思わぬ反撃に顔を赤らめ、うろたえるリネア。
「じゃあ、何であなたは怒っていらっしゃるのですか?」
そんなリネアを見たセシルはニヤリと笑い、さらに攻撃を重ねる。
「そ、それはヒジリさんが真面目に仕事をしていないからで……」
「ヒジリ様はとても熱心に仕事をしていらっしゃいますよ?こうして近くで見ていたワタシが証人です。」
「で、でも……ヒジリさん!この子を何とかしてください!」
「お、おう。」
いきなり振られて気の抜けた返事になってしまったヒジリ。
「あらあら。自分が言い負かされたからってヒジリさんにあたるなんて……こんな方の下で働かなくてはならないヒジリ様がお可哀そうです……」
セシルはわざとらしく涙を拭うフリをしながらさらに挑発する。
「うぅ……。」
普段口喧嘩に慣れていないリネアは涙目になって俯いてしまう。
「お、おいセシル、いい加減に―」
さすがにまずいと思い、ヒジリがセシルに注意しようとしたその時、
「これはこれは、見事な修羅場だね。」
入口付近から最近聞きなれた軽い調子の口調が聞こえてきた。
「ジョシュア……」
「兄さん……」
3人が声のした方へ視線を向けると、いつの間にいたのか、軽薄な笑みを浮かべた金髪の男が立っていた。
「いつからそこにいた?」
ヒジリが鋭い視線を向ける。
「そんなに怖い顔しないでくれよ。みんな取り込み中みたいだったから声がかけ難かっただけだよ。―それにしても見事な修羅場だね、ヒジリ君!」
ジョシュアは楽しそうな表情で笑う。
「兄さん、それで何か用ですか?」
実の妹ですら冷たい視線を向けている。
「いや、なんかヒジリ君をめぐって修羅場になっているみたいだったから、その解決法を提案しようと思って、ね。」
そんなアウェーな雰囲気にも動じず、相変わらず軽い調子のジョシュア。
「ここは正々堂々リネア陛下とセシルの勝負でヒジリ君の処遇を決めようじゃないか!」
「私とその子で勝負?」
「そうだね……女性としてのいろいろな種目でお二人に勝負していただき、勝者が今後1週間のヒジリ君の処遇を決定できるというのはいかがかな?」
ジョシュアは腕を組み、一瞬考えた後、二人の少女に提案した。
「いや、それじゃあ俺の意思が―」
「いいでしょう。私が勝ったらしばらくセシルさんとは距離を取っていただき、真面目に仕事をしていただきます。」
ジョシュアの案に異を唱えようとするヒジリの意見を遮り、リネアが賛同する。
「了解。セシルはどうする?」
「いや、俺の話聞けよ。」
「ワタシも問題ないわ。そうねぇ……ワタシが勝ったらヒジリ様と1週間二人で旅行に出かけさせていただきますね。」
「二人で旅行!?」
セシルの要求に目を丸くするリネアとすっかり放置状態のヒジリ……
「どうしたんですか?もしかして自信がないんですか?」
再び挑発的な態度を見せるセシル。
「おい、お前らいい加減に―」
「うっ……わ、分かりました!いいでしょう。私が勝てばいいだけの話ですから。」
少しうろたえつつも了承するリネア。そしてやはり放置されるヒジリ。
「よし、それじゃあ決定だね。」
そして、当人であるヒジリの意思が全く反映されることなくヒジリ争奪戦が決定した。
女の真剣勝負に意気込むリネアとセシル。そして、最早諦めの表情を浮かべて無言の景品・霧崎ヒジリ……実に不憫である……
「よし!それじゃあ、勝負内容は……料理勝負!」
「「りょ、料理ですか……」」
得意分野ではないのか。互いに苦い表情を浮かべる。
「制限時間は1時間。互いに自分の得意料理を1品作ってもらう。ヒジリ君に二人の料理を食べてもらい、美味しかった方を選んでもらう、ってのはどうかな?」
「構わないわ」
「分かりました。」
互いに視線を交わす二人に緊張感が走る。
「それじゃあ、さっそく始めよう。―よーい、スタート!」
ジョシュアの宣言を聞き、リネアとセシルは一斉に走りだす。
そして、部屋にはヒジリとジョシュアの二人だけが残った。
「お前、今度は何を企んでるんだ?」
ヒジリは真面目な顔でジョシュアに改めて問う。
「いやだなぁ。何も企んでないよ。ただ面白そうだったからついちょっかいを出したくてね。」
セシルと同じような悪戯っぽい笑顔で答える。こういったところは兄妹である。
「信じられるか。お前には前科があるからな。」
「やれやれ、疑り深いなぁ。さすがの僕でもこの前のを見せられた上で君を敵に回そうとする程馬鹿じゃないよ。」
そう言って、わざとらしく首をすくめるジョシュア。
どうやら先日の終戦交渉の一件で懲りているのは本当のようである。
「今回はただの面白半分の悪戯だよ。―僕達ハーメルンは君達ブリッツの傘下に入ったんだ。たまには親睦を深めると思って、ね?」
そういって、ウインクしてくるジョシュア。
「まぁ、少なくともさっきの修羅場は脱したわけだしな。―今回だけだぞ。」
ヒジリは諦めたように深いため息をつくと、どこからともなくジョシュアが準備していた審査員席の札が立てられている席に腰掛ける。
そして、一時間後。
「ヒジリ様、まずはワタシの手料理を召し上がってください。今回は自慢の一品ができました!」
そう言って、自信満々のセシルが料理を差し出す。
「パスタか……まぁ、見た目は悪くないな。」
ヒジリが皿に綺麗に盛りつけられたきのこソースのパスタを眺める。
(自信なさそうにしていた割には美味そうだな……)
最悪の事態まで想定していたヒジリは少しだけ胸を撫で下ろす。
「それじゃ、審査員のヒジリ君、さっそく食べてみて。」
ジョシュアに促され、ヒジリがフォークを手に持つ。
そして、恐る恐る料理を口に運ぶ。
……
「……普通だな……」
数秒後、ヒジリの口から出た感想はバラエティ的には全く面白味のないものであった……
「ふ、普通……ですか……?」
得意気に料理を出した手前、気まずい表情になるセシル。
「まぁ、メニューは凝ってるし、とりあえず普通に食えるし……美味いかまずいかだと全然美味い。」
ヒジリも空気を察して精一杯のフォローを入れたつもりだが、普段褒めら慣れていないせいか全くフォローできていない。
「そ、そうですか……」
少し気落ちした様子のセシルは肩を落とす。
その様子を見て、ほっとしたような表情になるリネア。
「それじゃあ、次はリネアちゃんの料理ね。」
「はい!」
少し上ずった声で返事をしたリネアが緊張した面持ちで料理を運ぶ。
「は、初めての料理でしたが、頑張って作りました……ど、どうぞ!」
自信無さ気に料理を差し出し、目を瞑るリネア。
「こ、これは!」
料理を見たヒジリは少し驚いた声を上げる。
ヒジリの目の前に出てきた料理、それは……
「め、目玉焼き……?」
‐目玉焼き‐ヒジリが生まれ育った世界では小学生でも簡単にできる料理であり、およそ料理と呼べる中では最も簡単なものとして知られる料理である。
まさか料理対決で目玉焼きが出てくるとは考えていなかったヒジリは思わず固まる。
(いや、現代では初歩中の初歩の料理だったが、もしかしたらこのヴィルドでは違うのかも……)
そう思い、周りを見てみる。
しかし、淡い期待もむなしく、ジョシュアや敵方のセシルですらヒジリと同じような反応をしている。
(と、とりあえず食うしかないな……)
そう思い、ヒジリは半熟でも固焼きでもない中途半端な焼き加減の目玉焼きを一口口に運ぶ。
……
「……目玉焼きだな……」
やはり目玉焼き。ラブコメお約束の隠し味に驚きの物を入れて激マズに仕上がっているわけでもなく、さらに劇的に美味いわけでもなく……
例えるなら小学生が初めての調理実習で作った目玉焼きのような普通の味である。
「うん……まぁ、まずくはないし、初めての料理にしては上出来なんじゃないか?」
苦笑いを浮かべながら精一杯の感想を述べる。
同意を求めようとジョシュアに目を向けるが気まずそうに目を反らしている。
一方、作成者のリネアは……
「そうですか!実は何回も失敗してしまって冷蔵庫の卵がこれで最後の一個だったんです。それで味見もできなくて不安だったのですが……上手く出来ていたみたいでよかったです!」
満足気な笑顔を見せていた。
「そ、それじゃあヒジリ君、難しいとは思うけど結果発表お願いしてもいいかな?」
ジョシュアに促され、既に決まっている結果を発表しようとヒジリは改めてセシルとリネアの方に視線を向けると、二人とも期待に満ちた表情をヒジリに向けている。
(……なんでリネアが期待した表情向けてんだよ!もしかしてあれで勝てるかもしれないと思ってんのか!?)
純粋に勝利を願っているリネアを目の当たりにしてより発表しにくくなるヒジリ。
「なぁ、二人とも頑張ったし両方勝ちってことでいいんじゃないのか?」
「どうしてですか!ヒジリ様、こんな女に情けをかけてやる必要はありません!」
「ヒジリさん!」
……ヒジリは二人の少女から真っ向から批判され、逃げ場を失った。
「分かったよ!じゃあ、発表するぞ!勝者は―」
そして、もうやけくそと言わんばかりにヒジリが結果を発表した。
「そ、それじゃあ行ってくる……」
「行ってきまーす!」
翌日、料理勝負に勝利したセシルは予告通りヒジリを連れて一週間の旅行に出かけることになった。
気まずそうにリネアに挨拶するヒジリと意気揚々と挑発的に挨拶するセシル。
「ヒジリさん、帰ったら休んだ分もしっかり働いていただきますからね?」
リネアは笑顔で見送るが、やはり目は笑っていない。
「クソっ、ジョシュアの野郎!やっぱり何の解決策にもなってねぇじゃねえか!!」
「何か言いましたか?」
小さく愚痴るヒジリにリネアの鋭い声が突き刺さる。
「い、いや、なんでもない……」
「早く行きましょう、ヒジリ様?」
そんな光景を黙って見ていたセシルは勝ち誇った顔をリネアに向け、ヒジリの手を引く。
「お、おい!―リネア、なんかあったらすぐに連絡しろよ!」
セシルに手を引かれつつ、ヒジリはリネアに向かって叫ぶ。
「心配だったら行かなければいいのに……」
ヒジリの後ろ姿を眺めながらリネアは頬を膨らませて小さく呟く。
一方、そんなリネアの姿を建物の影から見やる視線が複数……
「これで王女の護衛は実質ダンとかいう奴一人だけだ。」
「あの男の言った通りだな。」
「この機にブリッツをいただくわよ!」
男二人と女一人の見知らぬ3人組……
ヒジリ不在の中、リネアに危機が迫っていることを今はまだ誰も知らない……




