プロローグ
昼下がりの青空の下、数人の武装した男達が集まっていた。
「今回の代理戦争も楽勝ッスね!」
「まぁ、相手はボスを除けばたったの1人だしな。当たり前だろ。」
「ほんと何考えてるんだろうな。実質1人だけで戦争に応戦するなんて。」
戦争は先ほど始まったまかりだというのに、当事者である兵士達は完全に油断しきっている。
それもそのはずである。自分達は国を代表する猛者50人、相手は戦における大将を含めても2人だけ。実質50対1の戦いである。
「仕方ねぇだろ?この前の戦で相手の軍のほとんどは死んだが、重症にしてやったんだからな。誰もわざわざ死にに行きたくはねぇだろ。一人で死地に送りこまれた兵士は気の毒だな。」
「確かに。ただでさえこの国の代表者達は腕に覚えのある奴らから選りすぐられた一騎当千の猛者揃いだからな。今頃、物陰に隠れてちびってんじゃねぇの?」
そんなことをしゃべりながら、ゲラゲラと笑う男達だが、
「お前ら、少しは緊張感持てよ。もう戦争は始ってるんだぞ!」
彼らの中において、今まで会話に参加していなかった若い青年が叱責する。
「なんだよ、お前。つまんねぇ野郎だな。何一人だけ真面目ぶってんだよ。」
「相手は一人とはいえ、噂にはいくつもの系統の魔法を使いこなす、負け知らずの男らしい。油断は禁物だ。」
「はははッ。お前そんな噂信じてんのかよ!そんなのウソに決まってんだろ!」
「それに仮にその噂が本当でもこちらは猛者50人が相手だぞ。どうってことねぇよ。」
男達は青年の指摘を笑って聞き流す。
「くっ!」
唇を噛む青年。そこへ一人の中年でガタイの良い男が一人近寄ってきた。
「まぁお前ら、ここはアレックスの言うとおりしっかり気を引き締めておけ。緩めるのは勝ちの報告が届いてからでもおそくねぇだろ?」
中年の男が貫録のある声で真面目な青年・アレックスを擁護する。
「ぼ、ボス!」
「す、すみません、ギブル様!!」
彼の姿を確認すると、男達は顔色を変え、すぐに中年の男の前に跪く。
「お前らの気持ちも分からなくもねぇが、ここは戦場だ。何が起こるかわからん。警戒しておいて損はねぇ。もう一回気を引き締めろ!」
「「「「はい!」」」」
男達は頭を垂れながら一斉に返事をすると勢いよく自分の持ち場に戻っていった。
「ありがとうございます!ボス!!」
アレックスも一礼すると急いで自分の持ち場に走っていった。
(こんな戦勝って当然だが、それだけじゃダメだ。自軍を管理するのはボスの仕事だからな。)
そう言って、満足気にニヤリと笑う。
(あとは相手を討ちとったとの報告が入るのを待つだけだ。)
近くにおいてあった椅子にドカッと座る。
するとすぐに、
「ボス、報告します!」
一人の兵士が息を切らしながらボスと呼ばれる男・ギブルの下へ跪く。
「分かった。言ってみろ。」
(早速か。まだ戦開始から1時間も経っていないが……まぁ、一人で1時間粘ったと考えれば相手も頑張った方だろう。)
余裕の表情で兵士に報告を促す。しかし、
「……大敗しました。……」
兵士は唇を噛みながら、震える声で報告した。
「ん?変な言い方をするな。素直にわが軍の勝利を報告すればいいだろうに。」
「いえ、恐れながら……わが軍の敗北です……早く撤退を!」
ギブルの表情が凍りつく。
「そんなわけあるか!相手はたった一人で、こっちは優秀な魔導士を含む猛者50人だぞ!!」
男は立ち上がり、兵士を怒鳴り散らす。
「それが、全員相手の魔導士一人に手も足も出ず……」
「ええい!いい加減にしろ!!―お前らも早く行って敵を殺してこい!!」
男は報告を受けとめられず、周りの物や護衛にあたり散らす。
「おいおい、おっさん、あんまり怒鳴るなよ。耳鳴りがするだろ。」
ギブルは声の聞こえた方に視線を向けると。一人の青年がこちらに向かってゆっくり歩いてくるのが見えた。
「な、なんだ貴様は!?―おい、お前らぼうっとするな!!早くあいつを撃て!!」
ギブルは慌てた様子で周りにいた数人の護衛に攻撃の指示を出す。
「おっさん、焦り過ぎだろ。……まったく名乗る暇もねぇな……まぁこっちの方が慣れてるけど。」
バンバンバンッ
周囲に銃声が鳴り響く。指示を受けた護衛達による一斉射撃が一人の青年に容赦なく降り注がれる。
しかし……
「重力」
青年は小さく呟くと、青年に向かっていた銃弾が全て勝手に落下した。
「お、おい、どうなってるんだ!?」
「と、とにかく撃ちまくれ!!」
驚愕の表情を見せる護衛隊。信じられない光景を目の当たりにしながらも何人かはひたすら撃ち続ける。
しかし、何十発、何百発撃っても一発たりとも青年にはかすりもしない。
そして、青年はそのままゆっくりギブルに向かって歩いていく。
「お前ら!何してる!!銃が効かないなら魔法で対抗しろ!!」
ギブルは護衛達に指示を送る。
「「「灼熱地獄!!」」」
護衛達は一斉に青年の方に向けて両手をかざすと、同じ文言を詠唱する。
すると、今度は銃弾に代わって大きな火炎が青年を襲う。
「やれやれ……何度やっても同じだってのに……めんどくせぇな……」
青年はうんざりした顔で溜息をつくと
「光」
今度は手を前に突き出し詠唱する。
すると、炎が青年まで届こうとする直前、炎が一瞬にして強烈に光り出した。
「くっ!」
「目が!!」
護衛とギブルは光を直接目にし、一瞬目を閉じ、顔を背けてしまう。
そして、その一瞬で……
「ぐあっ!」
「ど、どうした!?―ぐあッ!!」
強烈な光が目が効かない中、周りからは次々と呻き声が聞こえてくる。
(一体どうなってるんだ!?)
「よお、おっさん。あんたがこの戦の大将ってことで良いんだよな。」
はっとギブルが背後に気配を感じ振り向くと自分の首筋にナイフが突きつけられていた。
「クソッ!護衛共っ、何してるんだ!早く俺を守れ!!」
ギブルは必死に叫ぶが
「残念ながらお前の軍は壊滅だ。もうあんたを助ける奴なんていねぇよ。早く降伏しろ。」
青年が冷酷な声で告げる。
「な、なぜだ……こんなことありえん!」
首筋にあてられたナイフがさらに近づけられ、首の皮に食い込む。
背後からは青年の「いつでも殺す」と言いたげな鋭く冷酷な視線を感じ、ギブルは恐怖で震えあがる。
「こ、降参だ!!頼む!命だけは助けてくれ!!」
ギブルは恐怖で震えながら、両手を挙げ降参する。
すると、青年もすっと首筋からナイフを離し、腰にかけてある小さなホルスターにしまう。
「き、貴様、一体何者なんだ……?」
ナイフから逃れた後も緊張と恐怖で声が震えているギブル。
「俺は代理戦争ブリッツ王国代表、霧崎ヒジリ。ブリッツ再建を託された―化け物だ。」
青年―霧崎ヒジリはギブルに不敵な笑顔で名乗る。
その笑顔を見たギブルは
「隙だらけだ!舐めるなよ、小僧!!」
自分の腰から銃を抜き、ヒジリに向ける。
「ぐあっ」
うめき声の主は……ギブルだった。
銃を向けた瞬間、ヒジリの手套で首筋を殴られ返り討ちにあい、地に伏し気絶している。
「隙だらけなのはお前だよ……お前こそ化け物を舐めすぎだっつーの……」
ヒジリはそう言って自嘲気味に力なく笑う。
「まぁ、化け物って呼ばれてたのも別世界での話だけどな……」
霧崎ヒジリは空を見上げ、思い出す。―この異世界・ヴェルドに召喚された時のことを……