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四哀悲話  作者: 青田早苗
第二話、落ち延びた王子の話
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第二編

 夜明けまでに疲れた体にも馬体にも鞭を入れ、ようやくたどり着いたのは、かつてはラズルナタという国であった街、フィユィアーラである。今はイェストラブの領土となっているが、やはり山一つ越えるという壁があるせいか、他の街に比べればイェストラブの覇権は弱い。ようやく街に入り宿で眠ることが出来た。


 やはり慣れない日々を過ごしていたせいか、最初の日にデュムバは熱を上げた。きっと自分達も疲れているであろうに、ハズグとヘレサは代わる代わる看病をしていた。その間、シューバルとドウヴィルバは金品を売って資金を作り、旅の支度をしていた。

 そこの宿には老夫婦と未亡人になったという娘、そして五歳くらいの男の子と生まれたばかりの赤子が居て、兄の方は中々母親にかまってもらえないからだろうか、よくなついてきた。特にドウヴィルバは男の子を可愛がっていて、よく剣の相手をしていた。熱が引いてからはデュムバも剣の稽古をつけてもらうこともあり、デュムバも男の子を可愛がった。

 デュムバが男の子の剣の相手をしていた時のことだ。ドウヴィルバが優しく、厳しく、そして慈しみを持って男の子を見つめていた。何故かはわからないのだが、その目をデュムバは忘れられない。


 次の日の朝には旅立つと告げると、男の子は泣いてドウヴィルバに縋った。行かないでと、ここに残って父さんの代わりになってくれと。

「だめだ。」

 それまでは男の子を猫可愛がりしていたドウヴィルバは初めて厳しい声を出した。

「いいか、坊主。良く聞け。」

 その声色に、泣きべそをかいていた男の子はぴたりと泣き止む。幼く丸い瞳を、真剣な眼差しで覗き込むドウヴィルバ顔は、父が息子に語りかける顔であった。

「おじさんは父さんにはなれない。父さんの代わりになってお前の母さんや妹を守ることは出来ないんだ。だからな、お前が守るんだ。父さんの代わりになって母さんを助けてやれ。妹が守ってやれ。きっと、お前の父さんがここにいたらそう言うはずだ。」

 男の子が潰れるのではないかと思わず心配するほど抱きしめると、

「お前は良い男だ。大丈夫だ。」

そう言ったのだ。ドウヴィルバの胸から顔を上げたその子はもう一人前の顔をしていた。

 

 街を出て五日。もう少しで帯河にたどり着くと言う時。

 突如一本の矢がドウヴィルバの背中に突きささる。賊が現れたのだ。無数に飛んで来る矢をかわしながら剣を振るい、先を目指す。その時、矢がデュムバの頭を覆っていた頭巾を奪い、デュムバの銀髪が露わになった。

「おい!あれ見ろよ。」

「この前、噂になってたルナルーチじゃねえか?」

「あいつら連れてけば、捕まえられなくてしかも金もらえるんだろ?」

 イェストラブの軍そのものは見かけないと思っていたが、山賊まで巻き込んでいたらしい。シューバルが賤しき民め、と罵るのが聞こえた。ハズグとヘレサの矢が次々と山賊の眉間を捕え、シューバルとドウヴィルバもまたその首や心臓を寸分たがわず突き刺していた。しかし、手負いのドウヴィルバはどうしても動きが緩慢になってしまっていたらしく、ついに賊の切っ先が脇腹の肉を抉った。

 脇腹から血を流したドウヴィルバが叫ぶ。

「殿下!どうか御無事で!私はここで食い止めます。必ず月神の地を!」

「逃がさねえっ!」

 賊の一人が斬りかかってくる。それを袈裟がけにシューバルが叩き斬り、道を開く。ヘレサとハズグが最後の援護とばかりに弓を放った。

 父は目を赤くしていたが、決して落涙を見せることはなく馬を駆り、デュムバも必死にそれに続く。

「許せ、スィリュナマイカ。」

 絞り出すように聞こえた名前は誰のものだったろうか。


「やはり、イェストラブの軍勢です。」

 当初の人数を半分にしながらも一向は、ついに神峰の真西、帯河の源流の川の一つに近づいていたのだが。やはり、泰獄に入るために一番通りやすい場所はイェストラブ側ももっとも警戒している場所であったようだった。様子を伺いに行っていたハズグが緊張した面持ちで戻って来た。ここさえ渡れば泰獄はもう目の前なのだが。

「デュムバ、いいか、私はこのまま真っ直ぐ泰獄を目指す。お前は、西へと周りヴラナを通って南から泰獄に入れ。私が泰獄を目指せば、追手の多くはこちらへ向かうだろう。良いな。」

「しかし、父上。それでは、父上が。」

「いや、追いつかれる前に逃げ切って見せる。泰獄は目前だ。それに、シューバルがついている。大丈夫だ。」

 王太子がいつかの宿でのドウヴィルバを思い起こさせる視線をデュムバに向けてきた。

「良いか、万が一、私に何かがあればお前が月神の地を取り戻すのだ。お前なら出来る。」

 父の目に宿る鋭光がデュムバの胸を撃つ。撃たれた所から熱く煮えたぎるような血潮が、激流の如く全身へと駆け巡った。

 それは、尊敬する相手から寄せられた信頼への喜びであり、月神の地を統べるのはルナルーチであると言う誇りであり、また、父の覚悟と自分にのしかかってくる責任の大きさを感じた奮いでもあった。

 はい、と返事をすれば、みっともなく泣き出しそうで、唇を噛締め、しかと父を見返して頷く。

「ヘレサ。お前は身軽だ。最後まで殿下のお側に居てお守りしなさい。いざという時は盾になるのだ。」

「勿論です、父上。」

 ヘレサは恐れも躊躇いも無い目と声で父の期待に答えた。父と娘、というよりは親友、あるいは戦友の別れであった。しかし、二人は互いがその使命を全うするとしか信じていなかったのだから、別れというには相応しくないのかもしれない。泰獄での再会しか、二人が考えている結末には有り得なかったのだろう。デュムバは一度だけ後ろを振り返ったが、先導をするヘレサが振り返ることはなかった。



 神峰を囲むように連なる山々は険しく、すなわちヴラナの辺境領を通る道もまた険しいものであった。しかし、ヴラナまでくれば少なくともイェストラブの兵には会わない。それに、例えヴラナの兵に見つかったとしても、イェストラブに国境を脅かされることが多いヴラナであればイェストラブの情報を欲しがるはずだ。少なくとも、当面の身柄は保障されるだろう。三人は、多少穏やかな心持で山中を進む。今、通っている辺境領さえ抜ければ、比較的平坦な道が続く。

 だが、まさか馬が潰れるとは予想していなかった。これまでその健脚でハズグを支えていた馬が険しい道に脚を痛めてしまったのだ。馬を捨てることも考えたが、三人とはいえ荷も多い。それを二頭に運ばせるのは後々に馬に疲れを溜めてしまうと、三人は馬から降りで荷だけを馬に運ばせ歩いていた。

 まだまだ険しい道を歩いている時、それまでは陽気に昔の話をしていたハズグがふと表情を曇らせる。ヘレサが用を足したいと言って少し離れ様子を伺ってくる。

「賊が後を付けて来ています。今はまだ様子を見ているだけのようですが。」

 しばらくは何も仕掛けてくることもなかったが、

「ハズグ殿。数が増えております。恐らくどこかで一度に襲撃を仕掛けてくるでしょう。」

ヘレサが強張った面もちで、しかし異変を悟っていることを気がつかせることなく歩く。

「殿下。合図をしたら、馬に飛び乗ってヘレサと共に泰獄を目指して下さい。」

 それはハズグを置き去りにするという事。兄のように慕っていたハズグを見捨てることは、デュムバには出来なかった。必死に駄目だと取りすがる。

「私は馬が使えません。どうか先へ。」

「日が落ちてきました。早くしないと、この山を抜けられません。」

「ハズグ、駄目だ。私の馬に乗って。」

「いいえ、殿下。馬も疲れております。私が乗ってはすぐに追いつかれます。どうか、月神の地を。」

 何とか自分の馬に乗せようとハズグの腕を掴んでいたデュムバの手が押し戻された時、遠くから人声が聞こえた。

「ヘレサ!」

 ヘレサが馬に飛び乗る。もはや子どもの体ではない筈のデュムバは軽々とハズグに抱え上げられ馬上に乗せられてしまった。

「ご無事で!」

 ハズグの鞭がデュムバの馬に入れられれば、馬は主の意志に背き走りだした。ヘレサの馬もそれに続く。ついに、ルナルーチを出てからずっと堪えていた涙が目から溢れ、背後へと流れて行く。恥ずかしい、情けないと思いつつその夜デュムバは泣きながら眠りに落ちた。


 やがて、夜を泣いて明かさなくなった頃。

 二人は砥水と臥水がぶつかる場所、つまりは泰獄の南端にたどり着いたのだ。

 砥水の向こうに静かに佇む幽玄の地を見た時の二人の気持ちはいかほどのものだったか。ハズグを山中に置き去りにしたことで高ぶっていた胸の中の何かが、再び湧き上がってくる。少なくともデュムバはその場で地面に接吻をしようと思っていた。実際、もうしばらくの間感慨深く南山を見つめていれば、口づけをしていたかもしれない。

 それを阻んだのは、別の賊であった。

 泰獄を目指すのは大方亡命する貴族。そうなれば、路銀もかなりの額を持っている。実際、デュムバ達は僅かな路銀しかもっていなかったが、民が持つそれの数十倍を持っていた。しかも、相手は子ども。一人は少女と言っても過言ではない。絶好の標的であった。

 

 死に物狂いで剣を振るいながら、今までに月神の地をと言って置き去りにしてきた仲間を思い浮かべる。彼らは皆、父とデュムバを逃がすために散って行った。泰獄を目前にしてこのような下劣な賊ごときに捕えられ、彼らの忠誠を、無駄死にと呼ばせる訳にはいかなかった。

 無我夢中でふと我に返ると、周囲に満ちていた殺気が消えていた。竹林が清涼なそよぎの音を立て、青々とした光が漏れる中、対極なまでに赤黒い物体が地に伏している。

 ヘレサがデュムバをかばうように前に出て我に返った。すると、ずっとそこにいたのだろうが気配が感じられなかった人々が二人を囲む。数人は血がついたままの剣を持っていたが、こちらに対して敵意のようなものは感じられなかった。不思議に思ってよくよく見れば彼らは皆、頭に布を巻いていた。

「北方のルナルーチから参った。ここは泰獄の門か。」

 頭に布を巻いた人々は、美しい所作の礼で返した。



 泰獄に着いた時、父らしき人間がたどり着いたと言う話は聞かなかった。

 その後も父が泰獄へ現れることはついになかったのだ。


 三年が過ぎ、デュムバはヘレサと泰獄で結婚し、男の子が一人生まれた。ルナルーチの唯一の血脈はデュムバに瓜二つの男の子だった。デュムバもヘレサもこれでルナルーチ再興の為の布石が出来たと期待を息子に寄せて育てた。

 息子のパトゥラは、悪戯好きではあるが聡明で、人好きのする子どもだった。デュムバもヘレサもルナルーチ再興を忘れたことはなかったが、パトゥラの成長を見守っていくうちに、また、時が経つうちに心のどこかで、今の日々に身をゆだねて安穏に暮らしても良いかもしれない、と思うようになっていった。

 そんなことを思いながら親子三人で食卓を囲んだ日。その日の夕方である。砥水の対岸にハズグに良く似た姿を認めたのは。家路を歩む足はどこか震えていた。本当にハズグだったのか。だが、馬も使えず、賊に囲まれた中に置き去りにしたのだ。生きていられるとはほとんど思えなかった。


 しかし、ハズグに似た姿を認めてから十数日が経った夜のこと。夜分の見周りに仲間が来た。数日に一度、夜に一家が居るのか見周りが来て、夜に理由もなく家を抜け出す者がいないかを見ている。見周りの人間は各山の長が決めており、時折、交代になる。特定の人間が見周りの役にならないのも、内通者との接触を安定させないためだった。

 いつもなら、二人一組で来る見周りがその日はやけに気配が多い。いぶかしんでみれば、見周りの人間の後ろにハズグがいるではないか。呆気に取られていれば、見周りの二人がハズグを中へ入れろと目で合図をしてくる。

「お久しゅうございます。」

「無事だったんだな、本当に良かった。」

 ハズグが言うには、あの後賊に追われたハズグは誤って崖を踏み外し川に落ちたのだとか。そして、流れ着いた先がヴラナの辺境伯の領地だったそうだ。そこで介抱を受けていたが、ハズグがルナルーチの出ではないかと辺境伯がいぶかしみ、事情を話したところ逆にルナルーチの血族が泰獄に居るのなら連絡をとってくれと協力を頼まれたのだそうだ。見周りの二人は、辺境伯があらかじめ泰獄へと入れていた間者であったようだ。


 ルナルーチとヴラナは決して友好関係にはなかった。いがみ合う事があるほど近接している訳ではなく、無関心でいられるほど遠く離れてもいない国同士であったというのが実際のところだ。しかし、近年イェストラブが台頭したことにより、僅かながら互いに歩み寄りを見せた矢先にルナルーチが落ちた。

「ヴラナも今はイェストラブに手をこまねいているようです。どうやら、ヴラナの国王はイェストラブに戦いを挑むつもりらしいのですが、辺境伯はその前に泰獄を落とし、泰獄の知を以って富国を考えております。

 私が、密偵に選ばれたのは、もしルナルーチの一族が泰獄にいるのであれば協力を仰ぐようにと。いくらヴラナが泰獄の知を得ても、その間イェストラブが責めて来ないと言う保証はないでしょう。ですが、もし、そこでルナルーチ再興の旗印が挙がれば、イェストラブにいる同胞や、かつての臣下はこぞって殿下の下に集まるでしょう。そうすれば、ヴラナとルナルーチが共同してイェストラブを倒すことができます。

 恐らくイェストラブさえ落ち着けば、ヴラナはルナルーチを傀儡にする魂胆でしょうが、それまでにルナルーチを盤石なものにすれば良いのです。」


 暗闇の中、ハズグの目が強い光を湛える。それは、父から向けられた鋭光と同じ物であった。

「どうか、月神の地を。」

 そう言い残すと、ハズグは夜の闇の中へと消えて行ったのだ。

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