イケメン攻略記
中途半端な所で終わります
『ドキドキ☆恋愛学園』は売れない乙女ゲームである。
そのゲームとの出会いは、乙女ゲー好きな従姉が中古屋でワンコインで買えた!と五百円の値札シールの付いたゲームをどや顔で見せてきたことから始まった。
ドキ学(と勝手に従姉は略していた)はPS2でやるゲームで、所謂クソゲーと呼ばれる類いのものだった。攻略対象は四人で、絵も正直美麗とは程遠いものだったし、設定も適当だった。攻略対象の四人のイケメンは使い古された王道キャラクターの劣化みたいな感じだった。
従姉も萌えを供給するためではなく、ネタの範囲で遊んでいるようだった。従姉に初恋真っ盛りだった俺は従姉会いたさに通いづめて興味の全く起きないゲームを横で眺めていた。
それでもって、いつかそんな二次元のキャラなんかより俺の存在に気付いてくれないだろうかなどと妄想していた。
まあそれはどうでもいい。それより重要なのは今のこの現状だ。俺は今、恐ろしい状況に立たされている。
俺はドレッサーについている鏡を見た。三次元ではまずありえないピンク色の髪に外人のような水色の瞳。肌は雪のように白く滑らかで、小さな赤い唇がよく目立つ。背はどちらかというと小さめで、からだの線は細いけれど、胸は程々にある。どこからどう見ても二次元にいるような美少女だ。まあぶっちゃけて言うとこれが今の俺である。
朝起きたら突然こうなっていた。
目が覚めたら見覚えの無いラブリーな部屋にいる恐怖。ピンクと白を基調とした部屋、ベッドには色々な人形が綺麗に並んでいる。そして極めつけは聞いたこともない女の人の声が階下から「愛ー、起きないと学校遅刻するわよー!」と呼び掛けている。
愛って誰だ。俺の名前は正志だ。
だが鏡ごしに見つめている自分は残念ながら美少女だ。見覚えは、ある。名前に聞き覚えも、ある。ただし、ゲームの中でだが。
ドキ学の主人公がこれとそっくりな見た目をしていた。デフォルト名は恋野愛だった筈だ。名字と名前合わせて恋愛かよ、とか思った覚えがある。パッケージで微妙な笑みを浮かべてた時はこの笑顔でイケメンが落ちると思うか?という感じだったが成る程、この顔なら誰でも虜に出来そうだ。いや、男なんかを虜になんぞしたくないが。俺は女の子が好きだ。もっというと従姉が好きなんだ。だが現状は最悪だ。
部屋にあるカレンダーを見ると九月十八日までばつ印が書かれている。また、ハンガーには見覚えのある制服、恐らくドキ学で主人公が着ていたトキメキ学園の制服である。これらから想像するに、今日は九月十九日でこの恋野愛は高校三年生だ。
ドキ学は高校三年生の一年間を通して男を落とすゲームのため、秋だからゲームは後半に差し迫っているだろう。この時期になると攻略するキャラもそろそろ絞られている筈だ。
恐ろしい話だ。何が悲しくて顔が良いとは言え男と恋愛しなくてはならないのか。見た目は女の子だから問題ないというわけか。ご遠慮します。しかも確かこのゲームはハッピーエンド以外のエンドは何でもありのバッドエンドしかない。男を落とせなかったヒロインに価値はないということか。何だそれつらい。
ゲームを全て攻略したわけでもないし、やったやつでもルートが曖昧だが、バッドエンドはどれも酷かった記憶がある。つまり、だ。俺が助かるには男と恋愛するのが一番安全ってことだ。何てクソゲーだ。
階下からしきりに愛と呼ぶ声がする。壁にかかっている時間は七時半。仕方がないから俺はさっさと着替えを始める。イチゴがプリントされた可愛らしいパジャマを見ないように脱ぐ。が、そこで大きな壁にぶち当たる。
俺……ブラジャーつけなきゃいけないのか?
俺だって流石にエロ本は何度か読んだことはある。でも、現物は、ヤバい。とにかくヤバい。でもノーブラもヤバい。正直胸がまな板だったらつけないでキャミソールか薄手のノースリーブを着るという選択肢もあっただろう。しかし主人公の胸はある。そんな状態でノーブラ、しかも制服は夏服で、上はシャツ一枚。これでブラジャーをつけないとなるととんだ痴女だ。
正直このゲームの二股ルート(その名の通り、主人公が二股をするルートだ)の時の主人公はとんだビッチだったが、流石にノーブラはヤバい。水や汗で一瞬で透けそうだ。それは、駄目だ。
俺は一度深呼吸をし、タンスを上から順に開けていく。すると上から三段目にブラジャーは入っていた。
凄く、カラフルです。
俺はその中からさっと地味そうなのを取り出して素早く棚を戻す。そして胸を触らないようにしてブラジャーをつける。背中のホックを留めるのは至難の技で、結局つけるのに十分を費やした。こうして俺は大きな壁を乗り越えたのだった。
正直、こんなことに時間を費やしてるだなんて涙出そうだった。女の子、つらい。
大仕事を終えた気分で階下に行くと、おっとり系たれ目美人がエプロンを来て立っていた。
なん……だと……。
もしかして、ここはギャルゲーだったのか?いや、そもそも若すぎないか?どう見ても二十代前半にしか見えないぞ?まさか姉か?このゲームの主人公には姉がいたのか?ゲームの説明書に付随していたキャラ紹介にあった一人っ子という文字は見間違いだったのか?
「愛ったら今日は珍しく遅いのねぇ。それに制服着てるなんて、どうしたの?」
一つだけ言わせてもらおう。
さっきまでパニクっていて気付かなかったが、声がエロい!
もう何なんだ?見た目は可愛いけど声はエロいとか何を狙ってんだ?ギャップ萌えか?そうなのか?ゲームじゃ影絵しかなかったのにどういうことだよ……。
朝から心臓に悪いことばかりだ。溜め息を一つ吐く。何だろう、この疲労感。まだ一日は長いっていうのに。
それに聞き捨てならない言葉も聞こえた。今俺が制服を着ていてはおかしい、っていうのはどういうことなんだろうか。今日は平日だ。普通なら学校があるはずだ。
俺はそれの真意を問おうとしたが、それに被さるようにして言われた台詞に耳を疑うこととなった。
「お風呂、まだ入ってないじゃない」
お ふ ろ 。
一瞬何を言われているのか分からなかった。
一呼吸遅れて、風呂、バスルーム、という言葉が頭をぐるぐると回る。
主人公は朝風呂派だったのか…………!
お風呂はヤバい。さっきのブラジャーもヤバかったがお風呂は裸になるし、スポンジ越しとはいえ素肌に触れたりなんかしちゃうし……!
でも入らないのも不味いだろう。女子高校生なのに不潔とか女の子としてどうよって話だ。俺は腹をくくり、お風呂場へと静かに直行した。
大変な作業だった。この一言に尽きる。
途中少し肌に触れてしまったのは致し方ないことだろう。これでも俺は頑張った。風呂場に設置してある鏡を見ないようにしつつ出来るだけ肌に直接触れずに体を洗うのは至難の技だった。
時計の針は八時きっかり。制服を着替え終わるのとほぼ同時にタイミングよくチャイムが鳴る。
実はこの時期になるとルートに入った攻略対象の男が毎朝家まで迎えに来てくれるようになる。何かもう付き合ってるんじゃないのか?って感じだがシナリオではまだまだこれから沢山波乱が待ち受けている。つらい。
ここで攻略対象を振り返ってみようと思う。俺のこれからがかかっているのだ、重要なことだ。
攻略キャラは全部で四人。
一人目。
薔薇園 聖斗。
俺様と名を打たれているキャラだが、攻略ルートに入る前からツンデレみたいなデレ方をしていた残念キャラだ。ゲーム内ではローズ様と呼ばれ、カリスマ生徒会長の名を欲しいままにしていた。(笑)。
攻略はしたことがないキャラだが、是非今後も知らないままでいたいものである。関わったら絶対面倒そうだ。
二人目。
百合ヶ峰 優美。
クールキャラらしいが、俺から言わせればただのボッチだ。最初は無口だが慣れてくると冷たい言葉をガンガン吐いてくる。これは友達もできまい。
二股ルートの時に出てきたが、今のところ攻略キャラの四人の内、リアルで関わりたくない男ナンバーワンだ。
三人目。
桜花院 真魅流。
チャラ男だ。女を取っ替え引っ替え宜しくやっているがどれも上辺だけの付き合いで、本当の愛に飢えているとかいう設定が付いているかまってちゃんだ。
こいつも二股ルートの時に出てきた奴だ。出来れば関わりたくはないキャラである。
四人目。
山田 菫。
何故こいつだけ名前に花が入ってるんだとか言ってはいけない。幼馴染みキャラで、明るくて活発で天然というモテ要素では最強の武器を兼ね備えている。
まあ消去法でこいつが残る。あんまりいいとは思わなかったけれど、他よりははるかにマシだ。
ルートでは変なバッドエンドが多かったが、それはどのルートでもそうだし仕方がない。
一度ルートでも経験したことがあるし、出来ればこのルートがいい。
思い返してみて、俺は絶望した。
男と恋愛というだけで嫌なのに相手キャラがみんな面倒とかもうね。だが止めることで死ぬわけにもいかない。俺は生きて、元の世界に戻りたい。戻る方法を探すにはまず生き残らないと始まらない。
俺は深く息を吸い込み、吐いた。
俺の今後が決まる運命の瞬間だ。
ドアノブに手をかけ、そしてドアを開けると俺の視界には二人の男が飛び込んできた。
そう、二人。ふたり。
…………。
……………………。
……………………………………どう考えても二股ルートである。
はい、俺ビッチ確定しましたー。つらい。
「全く……出てくるのが遅い。このノロマ。カタツムリでももう少し早いんじゃないか?」
「たまたま、そうたまたま偶然この近くに用があったからついでに寄ったんだ。ふん、この幸運に感謝しろよ」
上が百合ヶ峰、下が薔薇園である。神様の新手のいじめですかそうですか、本当にありがとうございます。お願いだから帰って下さい。
よりにもよってこの二人。最悪だ。
顔だけは本当にイケメンなのがまた腹立たしい。イケメンなら全て良しだとでも思ったか?生憎俺は野郎の顔には一切ときめかない。むしろさっきの暴言と痛い言い訳に、俺の中の二人の好感度は駄々下がりだ。
思わず空を仰ぐと雲一つない快晴。俺の心とは真逆である。
切実に帰りたい。
俺の一日はまだ始まったばかりだ。




