雷の少年と申し出
『アエトリンケン』の中庭にて、僕とニーナは剣の素振りを続けていた。とは言ってもさらに修行を行うために、先程とは違って剣に魔力を纏わせているのだけれども。
まともに魔法が放てない僕と、まともに魔法を見せられないニーナは、こうやって武器に武装するようにして魔力を使っているのである。
「フッ! フッ!」
「――――――!」
僕は多少息を切らしつつ、ニーナは全然つらそうにせずに、剣を振っていた。元々、戦闘専門の戦天使であるニーナと僕とでは差があるのは当然だとしても、僕が息を切らしながらも頑張って剣を振っているのにも関わらずさも当然の事のように剣を振られている事に関して若干羨ましく思う。
「――――――さて、今日の剣の素振りは終わりましょうか。ヒュー」
「あぁ、そうしよう。ニーナ」
ニーナが今日の素振りを終えるように言って、僕は剣に纏わせていた魔力を解いて、そしてそのまま剣を収める。僕とニーナが次はどう言った訓練をしようかと考えていると、
バリンッ!
そんな何かが割れるような音が、『アエトリンケン』の宿屋の中から聞こえてきた。
「何かあったのかな?」
「行ってみますか?」
「あぁ」
と、宿屋の中から聞こえてくる不審な音の正体を確かめるべく、僕とニーナは宿屋の中へと向かって行った。
中庭から宿屋の中へと戻って来ると、そこには床に尻餅をついて倒れてる20くらいのお姉さんと、そのお姉さんを親の仇でも見るような目で見つめるメーダリオさんの姿があった。
「……話は聞いてくれないのか、メーダリオ」
「くどいわ、メリッサ。そもそも私は戦いから一線を退いた、セクシーでキュートでおまけにダイナマイトボディと言うだけのただの宿屋の主人でしかないわ」
「……それについてはいささか、色々と訂正を要求したい所があるが――――――」
そう言いながら、メリッサと呼ばれたそのお姉さんは、メーダリオさんの顔を見ながら
「頼む、この通りだ。これ以上、遅れる訳にはいかないのだ! 古い付き合いのよしみで、何とか頼む!」
と、頭を下げる。床に付くくらい深々と、されとて凛々しくあるそのお願いに対して、メーダリオさんは、「ふぅ……」と溜め息を吐く。そしてこちらを見て、「あらあらー♪」と嬉しそうな顔に変えてこちらを見ていた。
「お疲れ様ねー。どう、大変だった?」
「え、えっと、まぁ……」
「程ほど、ですかね」
「そうー♪ それは良かったわねー♪ まぁ、あなた達の訓練からみても、大丈夫そうだったし、良いけれども」
嬉しそうに僕達を褒めるメーダリオさんの言葉に、頭を下げていたメリッサさんはガッと頭を上げる。
「おい、メーダリオ。そちらのお二人はお前の目から見て、それなりに大丈夫な奴なのか?」
「えぇ、まぁ。私の目から見て、それなり、よ」
「――――――ふむ。そうか……」
ふむふむ、とこちらを品定めするような眼つきで僕達2人を見つめるメリッサさん。頭の先から足の爪先まで、本当に品定めするかのように見つめていた。そしてふむふむ、と頷きながら何故か納得したような顔でメリッサさんが見つめていた。
「――――――なら、大丈夫そうだな。メーダリオの推薦もあればいけるだろう。
……あぁ、そうだった。自己紹介がまだだったな。私の名前はメリッサ・ロード、そこの2人、ちょっと――――――ゲウムベーンに行く予定はないか?」
と、僕達にとっては魅力的な提案をして来た。とりあえず僕とニーナは、その魅力的な提案の話を聞く事にするのであった。
☆
濃い藍色の防具、腰には少し金色がかった実用性を追求した剣。軽装ながらも的確に急所を防いでいる格好をしたメリッサさんは、テーブルに座ったまま地図を広げていた。
「私はこの港フエーハンの、輸送護衛担当のギルドの長をしている。ギルドの説明は……した方が良いか?」
と、メリッサさんは『ギルド』と聞いてきょとんとした顔をしているニーナの方を見ていた。僕は頼みますとでも言いたげに、目で指示を送っておく。メリッサさんは了解したとでも言いたげに「任せてくれ」と言っていた。
「ギルドとは、簡単に言えば同じ目的を持った者達の集団の事。そして私はこのフエーハンから輸送される者達の護衛を主に行っている。簡単に言えば、山賊退治や魔物退治を行って安全に輸送するのを手助けしている」
「なるほどです……」
「そしてこの度、ゲウムベーンへの物資供給の話が来たのだ」
「ちょっと待ってください。確かゲウムベーンは今……」
そう、謎の魔法を使う、ゲウムベーンの怪物によって流通がストップしていると聞いていたのだが……。そんな僕の問いには、メーダリオさんが答えていた。
「ゲウムベーンの怪物は悪人しか狙わないんでしょ? 別に行くのは問題はないのよ。まぁ、私だったら悪人じゃなくて、私のタイプの男しか狙わないけどね♡」
「……メーダリオの言う通り、ゲウムベーンの中はさして危険はない。犯罪経歴がない者をリストアップすれば、中には容易に入れてゲウムベーンの怪物に襲われない。けれども問題なのは、そこに行くまでのルートだ」
と、メリッサさんは地図を指差す。
「ゲウムベーンの山道には魔物が出る。それもとびっきりのやばいのだ。腕に覚えのある程度では、逆に返り討ちにされる危険性の高い、魔物だ。そしてそれを狙った、狩り場泥棒――――――所謂、魔物に襲われて逃げた者達の金品をかすめ取る奴らが居る」
狩り場泥棒の言葉にまたしても疑問符を浮かべるニーナを見て、補足説明を告げるメリッサさん。
「そこで、だ。ゲウムベーンに行くために、凄腕――――――そこまで行かなくても、足を引っ張らない連中を探していた。――――――そしてメーダリオのお目に適った君達を連れて行きたいと言う事だ。話は理解してくれたか?」
質問はないか、と尋ねるような目をしているメリッサさんに、僕は手をあげて質問がある事をアピールする。
「メリッサさんは僕達の戦闘力を見てないのに、どうして誘ってくれるんですか?」
はっきり言って、僕達は力量も見ていないのにいきなり誘われているのだ。それに対して、どうしてなのかと聞きたいと言う気持ちがある。
「……メーダリオが普通に褒めていたからな。それで誘った」
「あらあら♡ 私が褒めたら強者なの? だったら、この町に居る男の子全員強者だわー♪ 私、男の子、大好きだからー♪」
「逆を言えば、女に対しての評価は辛辣なんだろ? それなのに、ニーナさんの戦闘を汚すような発言はなかった。それ故にニーナさんは強いと判断した」
ニーナはコクコクと頷く。そしてメリッサさんは僕の方を見て、
「私はこの任務の危険性を君とニーナさん、そしてメーダリオに話した。そして君を誘っても、メーダリオは君を引き留めるような事はしなかった。君が弱くないと言う証だ。だから君も誘ったと言う訳だ」
「あらあら♡ あたし、メリッサに強さ基準判定マシーンのように使われてたの? ちょっと心外だわー。昔は一緒に戦って、ちょっとは仲良くなれたと思ったのに。勿論、友達と言う意味で。決して付き合うとかの恋愛感情はないけどね。決してないけどね。絶対、ないけどね」
そう断言するメーダリオ。……女の子は別に嫌いと言う訳ではないと言っていたが、あれはどう見ても嫌っているようにしか見えないのだけれども。
「あの、メリッサさん。どう見ても、メリッサさんとメーダリオさんはどう言った関係なのですか?」
「そうですね。話しておいた方が良いかもしれないな。私も長として普通に強いが、メーダリオは私よりも強い。メーダリオの風の完全防御は神がかっていると言えよう」
「もうー♪ 褒めすぎよー、メリッサ♪ 私の風はそんなに強くはないわ。精々、ドラゴンの攻撃を受けてもびくともしない程度よー」
……いや、それって十分凄いんじゃないだろうか?
「一騎当千の活躍をしていたメーダリオの引退を、私以外の何人の者達が悲しんだことか……」
「メリッサちゃん♪ そこは一"姫"当千の方が嬉しいわー。私、昔からお姫様に憧れていたのー。
悪い魔法使いから私を助けてくれる勇敢な勇者(絶対、男!)。そして魔法使いを倒して、私はその勇者様と熱く、そして激しい関係を――――――」
「……適当に聞き流してくれ」
メリッサさんのその言葉に僕は「あぁ」と答える。「人間界では男の姫様を男の勇者が助ける話があるんですね」と、1人何か納得したような顔のニーナは放って置く事にした。
「――――――ともかく! ゲウムベーンまでの道中の間、魔物と狩り場泥棒から荷物を守る奴を探しているのだ。メーダリオが居てくれれば百人力、鬼に金棒なのだが、メーダリオは……」
「私は♡ 皆の、特に可愛い男の子達の戻ってくるここを死守する義務があるの。だから、離れる気はないわ!」
「……理由はともかく無理強いは出来んのだ。こいつに本気で動かないと決められると、例え魔法を使っても動かせない。だから頼む!」
「ゲウムベーンまでの道中の護衛を受けてくれないか!」
その真摯な態度が見えるメリッサさんの言葉に対して、僕とニーナは了承の言葉を返すのであった。




