雷の少年と港町
無事に船旅を終えて、港フエーハンに辿り着いた。そして船から降りた所で、エリナとは別れた。ちなみにあの時、倒したキツネのような奴は縄で縛ってフエーハンの自警団に連れて行ったのだけれども。オオカミはニーナに海に落とされてそのまま行方不明なのだが、悪人だったし別に大した問題ではないだろう。
「私からしたらもう少しあなた達と喋ってはいたいんだけれどもね」
「いや、それはちょっと……」
「……困りますです」
目をキラキラさせながらも何とか情報を得ようと考えているエリナに対して、僕とニーナはちょっと引いているのであった。だってさっきまでも、どうにかして情報を得ようと「ねぇねぇ、お嬢ちゃん。あの時の技はどうやって手に入れたの、グヘヘヘ? よければ教えて貰えないかなぁ……」とか、「ちょっとだけ……そう、ほんのちょっとだけ触りの部分だけで……さきっちょだけで良いから」とか、聞きようによっては勘違いされても仕方ない台詞を吐いていたのだ。警戒するのは当然だと思う。そしてエリナは酷くがっかりしたような、けれどもすぐにまだ諦めてない様子で、
「そう……残念だけど……今回は諦めさせてもらうわ。 そう、今回は! 今回だけ! 今回だけだからね! 絶対に聞きだして見せるから、それだけは覚えておいてね。このエリナ・モンタギューの名に懸けて、ね!」
そう言って、彼女は「じゃあね! きっと会おうね! きっと、ね! きっと会おうね! ねー!」と言って手を大げさに腕を振りながら、彼女は去って行くのであった。それにしてもあの様子は、どう考えたとしても諦めたと言う感じではない。むしろ諦めきれないと言う印象が強いように思える。まぁ、出来る限りならばもう会いたくないけれども。
「もう二度と会いたくないね……ニーナ」
「ヒュー、そう言うものではないと思いますよ。まぁ、同意はします」
と、僕とニーナはそう言い合うのであった。
港フエーハンは元々緑豊かな山だったのだが、港として使うために山を切り出して作った港である。そのため高低差が多く階段が多数あり、今でも自然が多く残っている。まぁ、僕とニーナの2人からしたら、本当の目的地は港フエーハンから少し行った先にあるゲウムベーンと言う迷宮都市なのだから、この街は別にどうでも良いんだけれども。
「しかし……潮風が飛んで来ていて、この街はあの村とは全然違いますよね」
「フエーハンとフローリエを同じ物として考えて欲しくはないんですけれども。同じ所でも全然イメージが違うんだけれども」
「天界だとずーっと同じような感じなんですけれども、こう言った共同住居体の風景は一緒ですし。周りは雲海だらけで、中心に神殿があってその周りを住む人が覆っていると言う、どこまで行っても同じような場所です」
どこまで行っても同じような場所ですか……。まぁ、人間ではない天界の天使の街と、人間の街と違っていて当然なのだろう。
「違いとしましては住んでいる天使と、その中央にある神殿がどの神の持ち物かと言うくらいです」
そう言いながらニーナは、ずっと天を、いやその先にある天使が住まう天界を見ていた。その姿はまさしく芸術として美しく表現される天使そのものであり、話しかけるのがためらわれるくらいの美しさであった。
「――――――まぁ、今さらあんな私に厳しい天界に戻りたいとも思ってはいないんですけれども、ね。今はヒューの手助けをするのが先決なんですし」
「それなら良いですけどね」
「今はゲウムベーンに行きたいんですよね。迷宮都市で一獲千金を狙いたいんですよね」
「まぁ、本当は一攫千金ではなくて英雄を目指したいんですけれども。とりあえずそのための軍資金を準備したいんですが」
あんなに同世代の村の子供に虐められていたんだ。その反逆精神で、僕が英雄になりたいと言う気持ちが強くなった。それだからこそ、ゲウムベーンに向かいたいのである。英雄になるためにも冒険するためにも、それなりの資金が必要なのだからこそ。
「まぁ、とりあえずゲウムベーンに行くための足が必要となる、か。ここは港、多くの交易で足も多いだろう」
と、僕はそう言う。
港と言うのは大抵は荷物を船で運ばれた後は、何らかの手段によって別の街へ運ばれて売りさばかれる。そのために様々な陸路を用意している。荷車や馬車、それから魔法を活用した運ぶための何かがあるのだと思う。迷宮都市であるゲウムベーンには僕のような夢を抱いた、いや夢を抱いているかどうかは分からないけれども、ともかく大勢の人間がそこに居るのは確かである。そこに向かうための陸路があると思う。
普通に歩いて行くのは遠くて疲れるし、そのゲウムベーンに行くための陸路に便乗させて貰おう。
「さぁ、まずはそのゲウムベーンに行くための陸路探しの始まりだ」
「だな」
僕はそう言って、ニーナと共にフエーハンで陸路探しをするのであった。
☆
「はぁー……」
「がっかりしないでくださいですよ、ヒュー。行けないのならば仕方ないですよ。別に陸路が通じない訳ではないのですし」
と、僕とニーナはフエーハンにて歩いていた。僕はがっかりした面持ちで、そしてニーナは僕を慰めるようにして歩いていた。
「確か"ゲウムベーンの怪物"、ですよね?」
「噂だけ聞くと、まさしく英雄みたいなんだけれども」
『ゲウムベーンの怪物』と呼ばれる魔法使い。そいつはニーナと同じく、火でも風でも水でも雷でも、そのどれでもない未知の属性の魔法を使っているみたいなのである。そしてそいつが使う魔法は色取り取りにして、様々な形に変化する物を魔法として使うみたいで、そいつはゲウムベーンにて悪人と評されるような奴らを倒しているのだそうだ。
ゲウムベーンは迷宮の魔物などが落とすドロップアイテムやら、迷宮に落ちている素材アイテムなど、迷宮の物で収入源を得ている街だ。そしてそのゲウムベーンでお金を稼いでいると言うような奴は強い奴であり、善人ではない。そこには悪人も存在する。
そんな素行の悪い、悪人達をゲウムベーンに居る魔法使いは倒しているのだそうだ。そしてそいつを自警団に突き出しているのだそうだ。何故、そのような事を行っているかと言う目的さえ分からないが、とりあえずゲウムベーンの街中はそいつのおかげである程度の平和が保たれているらしい。最もゲウムベーンの外からしてみれば、異端卿と思われるそいつが居る所に不用意には近付きたくない。よって今、ゲウムベーンへの足は止まっているのだそうだ。
「道は通じているから、歩いてその街には迎えるだろうけれども、かなり時間がかかるな」
「ごめんなさいです、ヒュー。こんな時、私が飛べたら……」
そうやってしょんぼりとするニーナの頭をぽんぽんと、優しく慈しむように叩く僕。
「大丈夫ですよ。ちょっと時間がかかると言うだけだし、ニーナが気にする事じゃない」
「……なら、良いんですが」
「まぁ、とりあえずは宿を取って、今日はそこで今後の方針を練ろう」
ゲウムベーンまでは馬車を使って一日はかかると言う。その間に2,3小さな村があるとの事で、歩いて行くとすればその村に泊まらせて貰えれば良い。馬車ならば馬車の中で寝る事も可能だし、いざとなれば野宿をするのも別に構わないけれども、船旅で疲れた。特にエリナによって。
目的はあれども、別に先を急ぐ旅ではない。もし期日内に辿り着かなければいけないと言う旅なら急ぐべきだろうけれども、この旅はそう言った旅ではないのだし。
「まずはこのフエーハンで宿を探そう。港町で船が来るのも多いし、宿もそれなりにあるはず……」
「宿って初めてで、楽しみです。フローリエには宿とかなかったし、それに天界では私、一応は戦天使だったからほとんど野宿で……」
そうやって宿を探していると、
「あら、良い感じの男の子、はっけん♪ ちょっとそこの男の子♪」
と、後ろからそんな優しげな声が聞こえて来る。
「あっ、ヒュー。呼ばれていますよ。あそこの方がヒューの事を」
ニーナが後ろを振り返ってそいつの顔を見ながら、後ろを見るように言う。けど僕は後ろを振り返らないようにしていた。
「ヒュー。機嫌が悪いのですか? あちらの方の上の方に『宿屋』と言う文字が見えますし、どうやらあそこは宿泊場所みたいですが?」
「あら、お嬢ちゃん達は宿屋をお求めなの? だったら、この宿屋にしておきなさいよ。いーっぱい、サービスをして、あ、げ、る♡」
「ヒュー。サービス満点ですよ。行かないのですか?」
サービス満天なのはありがたいが、僕は振り返らないようにしていた。さっきから背筋がゾクゾクしているし、何より声の質から言って、あれはどう考えても……
「もう、ヒューってば!」
「うわぁ!」
いつまでも振りかえらない僕に腹を立てたニーナによって、強制的に振り返らされる僕。そしてそこに居た人物は予想通りの人だった。
「あらら♡ ようやく顔を見せてくれたわね、可愛い子猫ちゃん♡」
そいつは、髭をボーボーと生やしつつ、ガタイの良い肉体に似合わない派手めのドレスを着た、所謂オカマと呼ばれる男性だった。
「ぼうや、泊まって行かない? いい夢、見れるわよ?」
簡単な語句紹介。
・ここで言う自警団とは、悪人やお尋ね者を捕まえ、それに応じて報酬を支払う組織の事です。




