雷の少年と船出
ニーナの話だと、ニーナは天界では戦天使と言うものをやっていたらしい。
天界の天使には職種が色々とあって、戦争において戦場を駆けまわる戦天使やら、あらゆる物を燃やす熾天使、主である神の戦車と言う乗り物として文字通り使われてる座天使などがあるそうなのだが、ニーナのような戦天使は神の敵を自身の武器や魔法を使ったりして倒すのが使命らしい。故に力が強ければ強いほど、戦天使の格は高いんだそうである。
ニーナは、戦天使の中では強さではトップ5くらいの強さに入るほどの優等生だったらしい。けれども持っている得意属性の氷の属性が、火、水、雷、風の一般的とされている四属性のどれでもない、伝説にある異端卿のようなどれでもない属性であるためにそれで疎まれていたらしい。それから紆余曲折あったらしい。その紆余曲折については彼女が答えたくないみたいなので、僕はあまり聞かない事にしていた。いつか話してくれるのを信じている。そして彼女は2枚あった翼をもがれて、地面へと落ちて、あの日あの旅立ちの丘の大きな木の近くに落ちて来たのだそうだ。
これがニーナから聞いた、知る限りのニーナの事情の全てである。
☆
「遅いですよ。いくら時間を詳しくは決めていなかったとは言っても、のんきすぎます」
ニーナは、待ち合わせ場所であり、この地上界での寝床となっているあの大きな木の前で頬を膨らませながら、こちらを見ていた。彼女は背中にこれからの冒険に必要になりそうな物を入れた、大きなリュックサックのような物を背負っていた。そのリュックサックは全部ぱんぱんに入っていると言う事はなさそうだったが、何かは入っているらしくてちょっと膨らんでいた。
「一応、中には数日分の食糧や着替えを入れていますよ。着替えは、君が持って来た母親のおさがりですけれども」
「そう……。ちょっと多めに食糧を持って来ていて良かったよ」
なにせ、彼女の言う数日分の食糧と、僕の言う数日分の食糧には大きな隔たりがあるからである。どうも天使と言うのは、相当お腹が減らないようで、1日の食事がリンゴたった1個なのである。流石に僕はれくらいでは足りない。だからこそ、食糧に関しては妥協はしなかった。ちょっと多めに持って来ていた。それが功を奏したようである。
「ところで……ヒュー。……家族との別れは済ませましたか?」
「……あぁ」
僕のその答えに、ニーナはほっとしたような、嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「……それは良かったですね。家族と別れが出来るのならば、した方が良いですよ。出来ない私が言っても仕方はないですけどもね」
と、彼女はちょっと悲しそうな顔でそう答えていた。
ニーナには家族は居ない。元々、同じ戦天使達がニーナの翼をもう二度と復活出来ないくらい破いて、そしてニーナはそのまま天界から地上界へと落とされたのだ。だから、家族に対して別れが言えなかったんだそうだ。最もニーナの両親は既に居なくて、家族と呼べるのも1人しか居なかったらしいけれども。それどもニーナはその家族に別れを言いたかったみたいである。
「私は言えなかったですけれど、ヒューは言えるんですから。ちゃんと言っておいた方が良いですよ。言える内に……ね」
「ニーナ……」
ニーナの目は若干潤んでいた。僕はそんなニーナにハンカチを取り出して渡す。「ありがとう」と言って、ニーナはハンカチで目の周りに溜まっていた涙を拭いた。
「さて、折角の旅立ちなんだから、ここともさよならしませんとね」
涙を拭いたニーナはそう言って、あの僕達を結び付けてくれた大きな木へと近付く。
「じゃあね、また来ますね」
彼女はそう言って大きな木を、自分のここでの家だった場所に慈しむように、優しく撫でていた。
☆
僕とニーナは今、海の上に居る。正確に言えば、海の上に浮かぶ大型の船の上だが。僕達が今、目指しているのはこの船の目的地である港フェーハンからもう少し行った場所にあるゲウムベーンと言う町である。そもそも僕達の生まれ育ったフローリエの近くの魔物は大方訓練と称して倒してしまっているし、張り合いがなく、なおかつ冒険らしくない。そこで僕達はゲウムベーンへと向かっているのである。
ゲウムベーンは迷宮と呼ばれる場所を回り込むようにして作られた、迷宮都市である。迷宮とは魔物が多く住む場所であり、中には魔物の他にも宝石や武器などが入った宝箱などがある、金稼ぎには有効な場所であり、多くの冒険者達が訪れる、世界に数か所確認されている場所の事である。どうしてこのような迷宮が産まれたかと言われれば異端卿が地上に現れた際に本拠地として用意された説や、神様が人々に力を付けるために用意した場所とか色々な説として、何故迷宮が産まれたかと言う事は考えられている。まぁ、そんなどうやって生まれたのかとは今はあまり重要ではなくて、今重要になってくるのはそこでは稼ぎが良いと言う事である。
旅をするにしても大切になって来るのは、そう言った稼ぎ場所を見つけ出す事も大切になって来るだろう。とりあえず最初はそこで力を付けつつ、そこを拠点に活動して行こうかと僕達は考えている。そこに向かうために今、僕達は船旅を満喫していた。
「それにしても人間は凄いですね。こんな鉄で出来た船を浮かばせて運ぶだなんて……」
と、ニーナが感心するような口調で船の事を褒めていた。
「天界ではこう言った物は無いの?」
「近い物はありますけれども、天空の大型船を用意しています。けれどもあくまでも娯楽のための場所としてしか使わないですし。使うのは神々の宴会用なので、戦天使である私にはあまり縁がなかった物で……」
「へぇ……」
「まぁ、天界では自前の翼を使って飛ぶのが主流なので、地上界みたいに船で移動とかは無かったなぁ……」
と懐かしむように背中から翼を出して、もう片方の翼があった部分を見て落胆していた。いつもは翼を出さずにあまり気にしないようにしているけれども、やっぱり気になるか……。
「まぁ、もうあまり気にしてませんけどね」
そう言って翼をしまうニーナ。
「今はフィーとのこの旅を楽しむ事だけ考えます。天界の事はもう忘れます。だって、この翼じゃあ結局飛べませんし」
「でも、前に話していた方法なら……」
と、僕はそう言う。前に一度、ニーナが話していた空を飛ぶための方法がある。とは言っても、実行してないからちゃんと上手く行くかは分からないけど。
その方法は仮の翼を氷の魔術で作り上げ、その翼で天界まで飛びあがると言う方法である。氷属性を持つニーナならば、自由に使えると話していたその時は話していたが……。
「あれはダメですよ。天界に着くまでに魔力が持ちませんし、空高く行くほど太陽の熱で氷が溶けてしまいます。仮に天界に着いたとしても、それ以降は天界で氷魔術を常に展開して飛ばないといけないと言う事になってしまいますし……どちらにしてもあまりにも非効率で、空想上の絵空事です」
「…………」
「それに今は、こっちの方が良いですからね」
と、ニーナはそう言って僕の方を見てニッコリと笑う。
「ヒューがこの先、どうなるのか。気になりますし、興味があります」
「……からかわないでくださいよ」
「えぇ、からかってますよ」
その言葉にムッとして睨むも、彼女は「冗談です」と言ってさらに嬉しそうにニコリと笑っていた。
……からかわれただけにしても、何にせよ彼女の機嫌が良くなって良かった。
「じゃあ、フェーハンにはもう少しかかるみたいだし、船内でちょっと休憩を……」
「ちょっとよろしいかしら?」
自室に戻ろうとニーナに提案しようとした僕に、そう声をかけてくる少女が居た。
その少女は赤い髪をツインテールにした、動きやすそうな服を着た美少女だった。指には金色に光る指輪のような物をはめていたり、首から銀色のネックレスを付けている事を見ると貴族……財があり暇を持て余す奴らだろうか? それにしては服装は綺麗さよりも動きやすさを重視した服であり、腰に剣も付けている所から見たら……
「生まれは貴族の冒険者って所か?」
「えぇ、そうよ。最も私、エリナ・モンタギューをそこいらの貴族が戯れに冒険をしているような奴らと一緒にしないで欲しいわ。私は冒険者として一応、本気でやっているのよ」
貴族が冒険者をすると言うのは、さして珍しい事ではない。貴族は財があり、なおかつ暇を持て余す者達が多く居る。そんな貴族達が冒険者の真似事をしてある時はゲーム感覚で魔物を倒し、ある時は小遣い稼ぎ程度の間隔で迷宮へと足を踏み入れる。貴族の冒険者と言うとそう言った、マイナスの印象が強い。けれどもこのエリナ・モンタギューと名乗る少女は、少なくともそうではないと言う事か。
「それは失礼しました、エリナ・モンタギュー。僕はヒューベルト・ランス。そしてこっちはニーナ」
「初めまして、エリナ・モンタギューさん」
「エリナ、で良いわ。同じ冒険者なんだし。そちらもヒューベルト、ニーナと呼んだ方が良いかしら?」
「ヒューでお願いします。多くの人はそう呼びますし」
「じゃあ、そうするわ。ちょっと退屈なの、話し相手になってくれない?」
フレンドリーな人で、特に怪しい事もない。ニーナの方を見ても、多分大丈夫そうみたいな顔を浮かべていた。断る理由がないので了承する僕達。
「ありがとう。ヒューとニーナはこれからどこに行くの?」
「ゲウムベーンを拠点に活動するつもりです。エリナは?」
「ゲウムベーン、あの迷宮都市ね。私はもう少し実力を付けてからチャレンジするつもりで、近くの村で力を付けてから行くつもりよ」
「エリナは慎重派なんですね」
「臆病なだけよ、ニーナ」
と、お互いの旅の目的を確認し合い、僕達はその後、どうして冒険者になったのかとか、冒険に対する熱い思いを語り合った。エリナはモンタギュー家と言うちょっとした貴族の娘さんらしいのだが、妾の子で家での居場所がなく、それをきっかけに冒険に対して憧れが膨らんだのだと言う。
村ではニーナ以外に旅について語り合う人が居なかったし、それ故にエリナとの熱き語り合いは素直に嬉しかった。
「おい、そこの色男。ちょいと良いか?」
そう後ろから、ガラの悪そうな奴らに声をかけられるまでは。




