雷の少年と特訓
長槍使いのサリアは同郷の者であるエリナ・モンタギューの事を『危ない奴』であると認識していた。
エリナ・モンタギューは妾の子ではあるが貴族の娘であり、姉が2人と兄が1人、家主である父親と正妻の計6人家族と言う、そこいらでも珍しい大家族であった。仕事が何かは知らないけれども、外と交流が多い家であって年に何回か大きなパーティーを開いていた。そしてエリナはモンタギュー家の中で一番地位が低くて、その分外に1人で遊びに出る事が多かった。他の子供達は外に出す時は必ず護衛の者が2,3人付いていたのにも関わらずである。これはエリナが妾の子と言う家族の中で低い立場にあったと言う事ではなくて、エリナ自身の性質にも寄って来る。
エリナを産んだ側室は『天真爛漫』と言う言葉が良く似合う美しい女であった。彼女はその拳で幾人もの人間を倒す無敵の拳闘士であったと同時に、自分の興味のある事にしか力を振るわない無類の自由人であった。その力は善悪問わず、自身の好きなように振るう困った女であった。男にも女もどちらとも行け、自分が美しいと感じたら例えその人物が何者だろうと力を使う、本当に自由に生きている女であった。まぁ、その側室は最後まで自分の自由に生き、最終的に家主である父親を守って死んだ。
エリナは自身の母親と同じように自由のために生きている女で、その性質は娘にも強く受け継がれていた。彼女もまた母と同じくらい強い戦士になるよう求め、強い者を見つけてはその力を教えて貰うためにしていた。強くなれるのならばそれがどんな力だろうと構わない彼女の考え方に、強くなれるのならばどんな事だろうともする彼女の考えに、サリアは幼い頃から一種の病気だと思っていた。
幸いな事に、彼女が会って来た人間は力が強い分、人間としてもしっかりしている人ばかりだったから彼女はそこまで強くはなれなかった。いや、それでも普通に独学で勉強している冒険者とかよりかは強かったけれども。正直、私も戦ったら多分、敗けると思う。けれども、それはあくまでも一般的な強さと言う範囲での強さだった。
けれども、きっと彼女は運が悪いだけだ。もっと強い人に教えをこうようになれば、きっと強くなれる。そう言った力に対するどん欲なまでの精神が、彼女にはあるのだから。
「と言う訳で、ヒューさん! ニーナさん! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します!」
……まさか、その人が自分と同い年くらいの男女とは思っても見なかったけれども。
「はぁ、仕方ない、な」
「そうですね。けれども、押し負けた私達がいけないの、です」
と、目の前に居るヒューベルト・ランスさんとニーナさんは、諦めたような顔でいた。私から言わせて貰えれば、この2人はどうも怪しい。
ヒューベルトさんは多分、エリナと同じタイプであろう。力を貪欲なまでに求めているようなタイプで、エリナとは違って優秀な指導者に巡り合えたタイプの人間。そしてニーナさんはどこか戦闘に長けている女で、ヒューベルトさんの指導者だと思われた。
エリナが指導者に巡り合わなかった者とすれば、ヒューベルトさんは巡り合えた方の人間と呼ぶべきでしょうか。
「では、やりますです」
「おっす!」
と、エリナはニーナさんの教えを受け始めていた。ニーナさんは武器に魔力を込める戦い方をエリナに伝授している。エリナは最初こそはそう言った戦い方があるのかと驚いていたようだけれども、今はその技術を自分の者にしようと必死になっていた。本当に力に対して貪欲な女である。
しかし、エリナほどではないけれどもニーナさんが教えている戦い方は正直興味がある。武器に魔力を込める戦い方はどんな戦いにだって応用出来るだろうし、ちょっと興味あるなぁ。ヒューベルトさんとか暇そうにしているから教えてくれると嬉しいのになぁ。
☆
……なんか凄く見られている気がする。ゆっくりと視線を動かすと、そこには僕の事をじっと見ているサリアさんが居た。今日は昨日の20階層での戦闘があったから休みにしようとしていたのだが、そこに現れたエリナの猛烈なアプローチ(またはしつこいくらいの頼み込み)によって、仕方なく武器に魔力を込める戦闘方法だけ教えると言う条件で、戦闘指南を行っていた。エリナはニーナによってその方法を教えて貰っているのだけれども、付き添いで来ていたはずのサリアさんまでその気になってしまったみたいである。
(気まずいなぁ……)
恐らくはエリナさんと同じく、武器に魔力を込める戦い方を教えて欲しいらしくて、こちらをじっと見ているのだと思う。直接言うのは恥ずかしいからと言って、それとなく視線で伝えようと思っているようだけれども分かりやすすぎるくらい分かりやすい。
(……まぁ、今ニーナが教えているし、僕も教えられるくらいには学んでいるから教えて構わないか)
「じゃ、じゃあ、ちょっとくらいならば僕の方で教えましょうか? サリアさん?」
僕がそう言うと、途端に分かりやすいくらいに顔を赤らめて、急いで顔を元に戻して平静を装い直していた。
「そうですね。出来れば教えていただきたいです」
……今さら冷静ぶったとしても、分かる物である。まぁ、敢えて言葉にはしないけれども。
「ではまず、魔力を使って球を作ってください」
「分かりました」
そう言って、一瞬眉間にしわを寄せた後に、風の球を自分の手の平の上に作り上げるサリアさん。構成する速度は申し分ないし、これだったらすぐに出来るだろう。
「そう。その風の球をまずは渦を巻くようにして、出す事って出来ます」
「出来るでしょうが……意識した事はあまりないですかね」
またしても眉間にしわを寄せ、風の球の内部に渦を作り上げるサリアさん。どうやら彼女は魔法を使う際に、眉間にしわを寄せるのが癖になっているみたいである。まぁ、癖を教えて直させるのも手だけれども、今頼まれているのは武器に魔力を込める方法だし、わざわざ教えるほどでもない。こう言うのは他の人が教えるよりかは、自分で気付いた方が良いし。いつ気付くかどうかは別として。
「その風の球の渦を、ゆっくりと武器に流し込むようなイメージをしながら長槍に魔力を入れてみてください。あくまでも最初はゆっくりとです。焦ったら上手く行きませんから」
「分かりました」
そう言って、風の球を長槍の刃先に入れていく。これがもし急いでやった場合は、
「あぁ……! しまった!」
「……速すぎましたです」
今、エリナが行ったように武器ごと壊れてしまう。なので、慎重にやらないといけない。慣れて来ると、どの程度までならば魔力を入れても大丈夫と言う加減が分かるので、最初の内だけゆっくりとして貰っているのだが。
「……出来た」
「おっ、速いですね」
サリアさんが出来たと言うので見てみると、確かに刃に風の魔力がきちんと入り込んでいた。入り込んではいたが、渦として回転はしていなかった。まぁ、最初から渦が巻くように出来ていたら良かったで終わりだけれども、最初はだいたいこうなるしな。
「入ってはいますが、これだとダメですね。風の渦の引き込んだり、引き離したりするのが、活かしきれていません。なので、ここは一旦この槍から魔力を先程とは逆の手順で出してください。その後、魔力を今度は回転しながら、渦を巻くように入れてください」
「分かりました」
そう言って、戻して、また入れ直す作業を始めるサリアさん。まぁ、僕も最初は雷を入れても、それがただあるだけで攻撃に使えないとニーナに言われたから、こうやって自分と同じような失敗を見ると新鮮な気持ちになる。
結局、日が落ちる夕暮れ時、彼女達はやっと武器に魔力を込める事に成功した。出来たこれを使えば、もう少し攻撃もバリエーションが増えるらしくて、喜んでいたようで何よりだった。最もサリアさんはこれで納得していたが、エリナはまだまだ力を欲していてまたしてもサリアさんに手刀で気絶させられたのは言うまでもないことである。




