雷の少年と隠された部屋
リザードマンが巨大な氷の剣を力任せに振って壁や床をぶっ壊していて、それによって壁の向こうに隠れていた場所を発見出来た。そこは今まで居た薄暗い迷宮とは違って、暖かい太陽の日が射しこむ真っ白な教会のような所だった。
「ほのかに暖かいですね……」
「それになんだか、聖なる雰囲気が出ていますね」
鮮やかなステンドグラスからは赤い光が差しこんでいて、真っ白な十字架、真っ白な女神像が置いてあったその場所には、そこに最も光の射す場所に一冊の本が置かれていた。
「何だ、これは……」
僕はその本を取る。本の表紙には『神と魔法使い』と書かれているが、その本は相当に古いらしく所々に見た事も無いような文字だか、絵だかが描かれている。気になる事と言えば、こんな迷宮の隠し部屋に、人の手も入っていないようなこの場所に置かれていた本にしては、シミ一つないし、なおかつ汚れすらほとんどない。その辺りがどうしてだか気になった。
「とりあえずは中身を確認してみるか……」
本を開いて中を確認すると、そこに書いてある文字自体はさして現在の文字とは変わっていなくてかろうじて推測しながら読む事は出来るが、その当時の固有名詞やら人間名は分からないので飛ばして読んでみる事にする。
【神である【Eenhcs】にはその力を直接授けた2人の魔法使いの部下が居た。【Luwhcs】や【Leknud】も2人とも優秀な魔法使いであり、【Nereirf Eis Rutpluks nie】や【Mrutseenhcs】の魔法もすぐに覚え、それを自分なりに【Gnundrona】するなどと言った事を行っていた】
ちょっと分かりづらいな。けれども、同じように使われている部分もあるし、ここには同じ言葉が入ると考えると分かりやすい。とりあえずさっきの文章も仮の言葉を入れて置こう。入れて読むと以下の通りになった。
【神である【イーンフス】にはその力を直接授けた2人の魔法使いの部下が居た。【ルクス】や【レクンド】も2人とも優秀な魔法使いであり、【Nereirf Eis Rutpluks nie】や【Mrutseenhcs】の魔法もすぐに覚え、それを自分なりに【Gnundrona】するなどと言った事を行っていた】
【ルクス】は【イーンフス】の魔法に対する姿勢を見習う賢明な魔法使いであり、【イーンフス】の言葉を手本にして魔法以外の、彼女からの精神的な教えも真剣に取り組んでいた。一方、【レクンド】は魔法の強さにしか興味がない魔法使いであり、【イーンフス】の授ける強力な魔法にしか興味がなかった。いつしか【ルクス】と【レクンド】は魔法に対する考え方で対立するようになった。
【ルクス】は魔法は人々を救うためにあると考えており、【レクンド】は己の欲求さえ満たせればそれで良いと考えていた】
なんか結構、泥臭いと言うか泥沼の展開になり始めたな。この話。
【魔法の方針で意見が割れた【ルクス】と【レクンド】は、いつしか【イーンフス】の言葉も聞かずに争うようになった。そして、そんな2人の醜い争いを見ていた【イーンフス】は、人間に対して【Gnulfiewzrev】し、この世から消えた。
【レクンド】は自分の配下として、自分の力を分け与えた魔法使いを5人作り出した。
【Thcil】を操る【Ginok】、【Tiehleknud】を操る【Niginok】。【Reipap】を操る【Mrut】に、【Neklow】を操る【Refual】。【Nedob】を操る【Muap】の5人を引き連れた【レクンド】は彼らの事を異端卿と呼んだ】
「異端卿……!?」
「どうかしましたか、ヒュー?」
「いや、実はこの本に異端卿と言う文字があってな」
「……! どこに!?」
ここだと指差すと、ニーナはその部分をしっかりと見て、「そう読めなくも……ないですね」と言葉を返した。まぁ、文字が似ていると言っても全部そうである訳では無く、なんとなくこう言った感じの言葉であるかなと思いながら読んでいるだけだ。
その後の文章はほとんど読めなく、かろうじて拾えた言葉から察すると、2人が軍を率いて戦ったと言う事までは分かったが、その後はさっぱりだ。どちらが勝ったとか、その後どうなったかと言う文章はもう暗号の領域でありさっぱり理解出来ない。
けれども異端卿と言う名前が出ている以上、ただの書物であるとも限らない。わざわざ部屋を隠すようにしていた所から考えてみても、この本は重要な本なのだろう。
「とりあえずこの本、持ち帰るか……」
僕はそう思いながら、『神と魔法使い』と書かれたその本を持ち帰ろうと、倒した魔物の持ち帰る用の袋にその本を入れようとした。
「そろそろ出ようか」
「えぇ、そうですね」
僕はニーナにそう言って、迷宮から出るために上へ、上へと階段を上って戻ろうとしていた。上へ、また上へと階段を上って、1階まで戻って来て入り口から光が見えてきた。
しかし出ようとした瞬間、いきなり持ち帰る用の袋が燃え始めた。
「なっ……!?」
慌てて持ち帰る用の袋を探ると、燃えているのはあの『神と魔法使い』と言うタイトルの本であった。
「くそっ……!?」
本には先程何の細工もされていなかったから、この炎は魔法の炎だろう。この本は異端卿に関する大事な本である。燃えて失う訳にはいかない。
僕は地面に叩きつけて炎を消そうとするけれども、炎は消えなかった。
「その本はさっきのですか……! 私も!」
そう言って、ニーナも『氷』の魔法を使って火を消そうとするが、火は一向に消えない。それどころかさらに激しさを増して燃え上がっている。
(何でだ! ……何で消えない!)
本はもっと燃え上がる。火を消そうと僕とニーナが必死になって本を地面に叩きつけたり、『氷』の魔法で火を滅したりするのだが、炎は一向に消える様子はなく、
本は炎によって、黒い燃えクズになってしまった。
【Need not to know. それは開けてはならないものである】
本が燃えてしまってどうしようかと考えていると、頭の中に誰かから直接メッセージが来た。
「な、なんだ!?」
「いきなり頭の中に言葉が……」
【知る必要のない事。この世には知られたらならぬ事があり、その本に書かれていた事はそう言った知る必要のない事だ。あいつの部下なぞに、この情報を知られるくらいならばいっその事燃やしてしまった方が速い。まさか残っているとは思っても見なかったがな……】
その声はきつい男性のようで、しかしどこか浮世離れした、この世ならざる者の声と言う感じがした。この声は「あいつの部下」と言っているが、僕達を誰かと勘違いしているのだろうか?
【ここには、他にもあいつの部下が居るしな。それは燃えた方が良い物だ】
「だ、誰だ! どこに居る!」
声を張り上げて周りを見渡すも、その言葉を送っている者の顔は見えなかった。
【探しても無駄だ。私はお前の事を見る事は出来るが、お前から私の事を見る事は出来ない。故に探そうとしても無駄だ。私にお前は見つけられない】
どこだ? どこに居るんだ?
「ヒュー……」
【そこのお嬢さんも同罪であり、そこの男も同じく罪人だ。だが、気配としては微妙だ。
善でありながら悪であり、白でありながら黒でもある。半端物の気配がぷんぷん漂っている。どちらかは分からないが、どちらかは確実にそうだ】
善でありながら悪? 白でありながら黒? 何を言っているのかさっぱり分からない。
【まぁ、良い。お前達がどうやってあそこに入り込んだのかは分からないが、あの部屋は既に私の力によって消えた。もう誰もあの部屋には入れないし、そもそもあの部屋がある事を知っているのはお前達2人だけだ。
……消しはしない。お前達は曖昧な存在であり、なおかつ私はお前達を倒せるほど力がない。
だが気を付ける事だ。これ以上関わる事になれば、知らない方が良かったと思う日がきっと来る。そう、このマギーが断言しよう】
「「……! マギー!」」
その名前は既に聞いていた。そう、トゥルムさんの伝説の話の中で。
【この書の存在はアズガルド全域で伝わる『火』、『水』、『雷』、そして『風』の4つの属性にはそれぞれ、その属性をそれぞれ司る四柱の女神と魔法その物を司る女神と言う、合計五柱女神が居ると言う事なのだそうだ。
『火』を司る女神、フランメ。『水』を司る女神、ナス。『雷』を司る女神、ドンナー。『風』を司る女神、ヴィント。そして魔法そのものを司る女神、マギー】
魔法そのものを司る女神、マギー。これとさっきの名前は偶然一致したのか? それとも……。
【これ以上、深く関わらない事を祈って置こう】
そうして声は聞こえなくなり、僕とニーナは迷宮の入り口で燃えてしまった本を見ていた。




