雷の少年と迷宮攻略(2)
階段を5階層ほど降りて、18階層まで降りた僕とニーナ。その間、16階層の所に何故か湧いている怪しさ満天の、飲むだけで体力全回復の泉で体力回復して、それに加えて空になった瓶に泉の水を入れて置いた。こう言った体力回復の泉がなんで出来るのかと言う事を研究する人も居るそうで、迷宮を作った神様が迷宮を進む冒険者のために用意してくれたと言う説や、安心して先に進ませて奥で食おうとする迷宮の策略であると言う説まであるのだが、僕達はこれが安全であれば十分である。ちなみにこの泉の水は売り物にはならない。何故ならば、泉の水は迷宮から出し、日に浴びるとその力を失い、ただの水になってしまうからだ。完全に日光を遮る事の出来る瓶さえあれば、迷宮の外へ持ち出す事も出来ると言う者も居るが、今の所それを成した物は確認されていない。
とまぁ、そう言った迷宮の謎の1つ、体力全回復の泉を抜けて、僕達は18階層まで降りて来たと言う事である。
「まぁ、さして苦戦しそうな敵は居ませんから、簡単ですね」
「だな」
そう言いながら僕は『雷』、ニーナは『氷』の魔法を剣と組み合わせて倒していた。出て来る魔物はサウンドバットやケーブクラブと言った13階層にも居たような魔物に加えて、新たな魔物が襲ってきた。
迷宮の壁を破って襲って来る白いワーム、ホワイトワーム。剣とかの物理攻撃しか効かないスライムなども襲って来たけれども、それ以上に気になったのはリザードマンである。剣、弓、槍など武器を使うリザードマンが17階を越えた辺りから徐々に増え始めて来た。まぁ、リザードマンはニーナの『氷』も、僕の『雷』も良く効くから倒しやすかったが。
「けれども……これで20階層の伝説級の魔物はだいたい想像が出来たな」
僕はニーナにそう言う。残念ながら魔物の情報はギルドで貰えたけれども、10階層ごとに居る伝説級の魔物の情報は手に入らなかったのだ。なんでも20階層の魔物がちょっと特殊になっているので、正確な情報がなく錯乱しているのだとか。
「リザードマンが多いですし、20階層のはリザードマン系の魔物である可能性が高いですね」
「そうだな。10階層の前でも亀系の魔物が多く現れたし、どうやらそこの強い魔物と同じ種類の魔物が生息地として多くなるみたいだ」
けれども20階層にリザードマンの強化版が出て来るとして、その魔物を倒す事は案外難しいかもしれない。リザードマンは他の魔物と違って武器を使うほどの知能がある。知能がある魔物と言うのは、その知能の高さによっては強敵となりうる可能性が高い。まぁ、リザードマン自体は知能以外は特にこれと言った特徴的な強さが無いのが救いだが、20階層の伝説級魔物もその例にあるかどうかが問題である。
「まぁ、20階層まで行ってその魔物を確認しませんと」
ニーナがそう言って、僕もそのまま付いて行った。
下に降りると、そこは血の海であった。
……少し語弊があった。正しく言えば、そこは血が床や壁に付いた階層だった。それに服を着たまま倒れている冒険者の死骸、魔物達の死体がゴロゴロと転がっていた。
「ここで一体何が……」
「見てください、ヒュー。どうやらここの惨劇は20階層で起きたみたいですよ」
そう言って、ニーナが呼ぶので行ってみると、壁には血で書かれた、ここに来た人達に向けての警告の文章が書かれていた。
【20階層に行ってはならない。はぐれ種が居る】
所々かすれていたり、濃くなったりしており、ほんのりと血の臭いが文字から漂っていた。これが赤いペンキなどを使った太刀の悪い悪戯ならば笑い話で済んだだろうが、どう見てもこれは血を使って書かれた警告のための文章だ。
「はぐれ種……100体に1体の確率で現れるか現れないかと言った魔物、でしたよね」
「あぁ……そうだ」
沢山繁殖した中でちょっと他の魔物とは違った特徴を持った魔物と言う感じではあるが、その強さは桁違いである。普通の魔物の中ではぐれ種が生まれる事は聞いた事があるが、10階層ごとに1体だけ存在する伝説級の魔物のはぐれ種など聞いた事がない。
それを見た僕は怖がっていた。同時に凄く興奮していた。この先の階層で、かつて誰も見た事のない恐ろしい魔物が僕達を待っている事に、多少の興奮を覚えた。
恐ろしい魔物が居る事に身体が震えた。けれども、それは同時に武者震いでもあった。
どんな敵がいるのだろう? どんな困難が待ち受けているのだろう? 別に苦難上等と言う事ではないが、それを成し遂げた後の達成感を考えるとワクワクが止まらなかった。
「ヒューは相変わらず、ですね。これを見て、恐怖よりも先に浮かび上がる感情がそれですか……」
「変かなー、ニーナ」
「いえ、変すぎると言うほどではないかと。それに、迷宮で怖気付かれる方がこちらとしては迷惑ですし」
ならば良しと言う事にしておこう。変すぎると言われるのであれば、少々性格の矯正も止む無しかとは思ったが。
「戦いに置いて一番恐ろしいのは恐怖です」
「『恐怖すると、実力が発揮出来ず、怪我をするから』でしたよね?」
「えぇ、その通りです」
戦闘に置いて一番恐ろしいのは、戦天使であるニーナ曰く恐怖。
例え本来の実力ならば容易に倒せる敵であろうとも、恐怖によって腕が縮こまり、足が震えている状態では本来の実力の半分も出せずにやられてしまう。多少、戦闘に置いては死ぬかも知れないと言う恐怖を持って戦った方が、相手の状況や戦況を常に気にして戦うため、それが良いと言う場合もあるが、多くの場合それは逆効果でしかないらしい。
「あっ、ヒュー。そこに蟹が……」
「分かった」
僕はそう言って、手から生み出した雷をニーナが指差した場所に居た蟹の魔物にぶつける。小さいけれども魔物は魔物だし。
「あれ、この蟹……」
「どうかしたか、ニーナ?」
「いえ、ちょっと……」
そう言って、僕が倒した蟹の魔物を見てちょっと考えこむ素振りを見せたニーナだったが、すぐに気のせいだと感じたらしくて戻って来た。
そして、僕達は血で塗られた、ちょっと不気味な階層を通り抜け、問題の20階層へと向かう。
そこには最初から予想していた通りの、リザードマンが剣を持って立っていた。背中に翼のような物が生えているが、身体つきや顔は完全にリザードマンのトカゲのような物とそっくりである。そして、その魔物は全身を真っ赤な血で染めて、威圧感を放ちながら立っていた。
「ヒュー。あの魔物、恐慌状態を常に相手に与える魔物みたいですね」
恐慌状態とは先程説明した恐怖に怯えている状態の事であり、魔物の中には相手を恐慌状態に陥らせるために威圧感を放つ者も居る。このリザードマンはそう言った魔物の類であろう。
「きっと、あの恐慌状態がはぐれ種の由縁じゃないか? はぐれ種じゃない方と戦った事がないから、判別出来ないが」
「そうかもしれません。冒険者や魔物がやられていたのは、恐怖に怯えて実力を発揮出来ずに戦ったからと考えると納得です」
「じゃあ、気持ちを強く持って、恐慌状態にならないように注意して戦えば大丈夫だよな」
「それが私達に出来る対処方法ですから」
僕とニーナは相手に気付かれない内にそう言い合い、恐慌状態にならないように気を付けて向かって行った。
そして僕が雷の球を作って放つと、リザードマンも魔法で対処したが、その対処した魔法が意外な物だった。
「「えっ!?」」
それはニーナと同じ、『氷』の魔法であった。




