雷の少年と迷宮攻略(1)
僕とニーナは、ゲウムベーンの迷宮に居た。迷宮で力を付けるのを目的として、魔物退治を行っていた。迷宮は400m先も見えない位薄暗く、じめっとしており、迷宮に居る魔物達もそれに即したような魔物が多く居た。
蝙蝠、亀、ワーム、蟹、スライム、リザードマンと言った、ギルドで聞いていたいかにも洞窟の魔物らしい魔物達が迷宮にて襲って来ていた。
薄暗く、じめっとした、おおよそ欠点だらけのこの迷宮でも、一つだけ利点があるとするならば、派手に動いても見られないと言う利点がある。つまりここでは、ニーナの『氷』の魔法を使おうとも、人目を気にせずに存分に使えると言う事である。
「私は別に大丈夫ですが、魔法を使わないと間隔が鈍りますし」
そう言って、ニーナはゲウムベーンの迷宮に出て来る口が異常に発達した蝙蝠の魔物、サウンドバットと甲羅が異常に硬くなった蟹の魔物、ケーブクラブの2種類20匹にも及ぶ魔物をちょこっと詠唱して放った吹雪の魔法によって吹き飛ばされ、吹雪の雹によって全身を傷だらけにして倒れていた。この一瞬にして魔物を倒す吹雪の魔法もニーナから言わせて貰えれば、全然大した魔法ではないらしい。相も変わらず、魔法も攻撃も凄い物である。
「……それにしても、そんな魔法を意図も容易く放つとは凄いな。ニーナは」
「こんなの、大した魔法ではありませんよ」
そう謙遜されてしまうと、『雷』の魔法を1体1体撃って倒している僕がなんだかとっても惨めに思えて来るから、そんなに謙遜しないで欲しい。謙遜するのは美徳かも知れないが、時にそれは非常に人を傷付ける刃となってしまうからだ。
「私としては、ヒューのいきなり強くなった『雷』魔法の方が気になりますが……」
ニーナはそう言って、僕の手から生み出された大きな雷の球を見る。それは、ロイファーによって僕の身体の中にある『雲』で強化された雷である。雲は僕の身体の中で雷を吸収して強化し、身体の中で高速で循環させる。高速で循環したこの雷は体内で耐性を高めて、放っているのである。
今までは『雷』の耐性が低かったために、『雷』の魔法を上手く使えなかった。けれども、弱い『雷』の魔法も『雲』によって強くなっているし、いつもより派手に『雷』を多用していたのだが、ニーナから見たらちょっと異常だったのか?
「けれども、その『雷』は異常に強くなりすぎていると私は思うんですよね……。魔法って、剣術とかの武術と同じでそんな一朝一夕で強くはならないはずないんですが。それに強くなった時期も気になります」
確かに時期は問題かも知れない。僕が強くなったとニーナに見せつけたのは、あの洞窟での戦いの後である。ニーナもいつかはあの直後に僕が強く何かがあったと考えて、すぐにでもニーナが「見た時点で嫌い」とか言っていたロイファーが、それに強く関わっているのと考えるのは時間の問題である。
もう少し時間を置いて、別の要因で強くなったと思わせる事も出来ただろうけれども、すぐにでもこの強くなった力を試したいと思っていた僕の好奇心がそれを阻んだのだが。
ちなみにロイファーが僕の『雷』の魔法を強くしたと言えないのは、
「あのロイファーと名乗っていた盗賊……。今度、会ったら絶対に倒しておきます。あの方は将来、絶対に犯罪を、歴史に名を遺すような大犯罪を起こすに決まってます」
そう言って、拳を強く握りしめる彼女を見て何も言えなくなったからだ。ニーナはどうも、彼女を異様なまでに敵視しているみたいだから。
「とにかく……今は迷宮攻略を進めようじゃないか」
「……。それもそう、ですね」
ニーナの話を逸らして、僕は迷宮に集中させる。ニーナも、確かにそれを聞くのは後でも良いし、今は迷宮の方が重要だと感じたようである。
このゲウムベーンにある迷宮はかなり有名な迷宮で、多くの冒険者がこの迷宮に潜って、そして攻略してきた。その際にあからさま過ぎる罠や、強い個体もある程度は駆除、もしくは封印されているとは思う。もししていなかったとしたら、ギルドの方でその辺の情報を教えてくれる、もしくはそう言った情報を金で買える事を教えてくれていたはずだから。そして、僕とニーナがギルドで集めたこの迷宮の情報でおおまかな物は以下の通りである。
その1。この迷宮で出て来る魔物は暗闇を好む蝙蝠、湿った場所を好む亀、死骸を食べるワーム、洞窟に移り住んだ蟹、発生するスライム、洞窟に大きな繁殖地を持つリザードマンの6種類である。
その2。この迷宮は10階ごとに伝説級の強い魔物がおり、現在正確な地図が出来ているのは25階まで。一番深い記録は68階。
その3。はぐれ種が出る可能性は十分にあり得る。
と言う、3つの大きな情報である。
どう言った魔物が出現するかと言うのは冒険者にとって重要な情報であり、どの辺りに伝説級、つまり魔法と同じく初級、中級、上級と同じように強くなっていた先にある強さを持つこの辺りの主が居る場所を知るのは重要である。書物でも、それを軽んじた者から順にやられていく英雄譚は何冊も存在する。
今の所、20階以降には即死系、もしくは致死系の毒を使う魔物が居るとの事だが、それもはぐれ種、他の個体と違う進化を遂げた魔物が居れば話は別である。
今は13階まで降りて来た所だ。ここまでの魔物で激強みたいな魔物も居なかったし、10階層に居た巨大な亀もあまりの鈍重さに強さを発揮出来ずに居たみたいだし。
この前は様子見もかねて、10階層を終えたら使うと迷宮の外まで飛ぶ事が出来る転移石で帰ったが、それをちょっと伸ばして20階層までで良いだろう。
とりあえずの目標は40階層の突破だ。68階を越えた先に行くと言うのも、英雄を目指す者としては望む話だが、ニーナの話だとそれはニーナの力を持ってしても難しいものがあるかもしれないのだとか。流石に「70階層まで行った男」として英雄譚になっても、その記録はすぐにやぶられて、そのうち消えてしまうだろう。
だから僕はニーナの言う通り、40階層までで攻略を切り上げ、別の場所に行くつもりである。それも、僕達の強さ次第では50階層と伸びたり、30階層までと短くなる事も視野に入れている。
「まぁ、20階層の魔物次第……だな」
僕はそう言って背後から近寄って来たサウンドバットを、手から出した雷で撃ち落とす。そしてニーナも頷き、僕達は迷宮探索を続けていた。
☆
ゲウムベーンの迷宮の20階層。そこに辿り着いた冒険者達は、本来であれば背中から翼を生やして、全体的に太ったリザードマンと戦うのが通例であった。このリザードマン、ギルドからはリザードパッチエは、一撃一撃は強いが太った身体のため、翼で飛ぶ事も出来ない、ただの翼で辛うじて素早さを上げた、飛べないただのトカゲもどきと言うのが、ここをクリアした冒険者達の話の種であった。
10階層の巨大な亀の魔物と同じく、防御力と攻撃力だけが持ち味の鈍重なこの魔物は、ここまで来る事が出来る冒険者ならば簡単に倒す事が出来る魔物であった。
だが、それも過去の話である。
1体、また1体と倒されるリザードパッチエ。10階層の巨大な亀と同じく、時間が経てば復活するこのリザードパッチエが、もう何度倒されたか誰も数えてなく、記憶さえもされていない頃。
遂に、はぐれ種のリザードパッチエが生まれ、それが異様な強さを持って20階層で君臨している事を、その時は誰も知らなかった。




