雷の少年と『五柱の女神』
「『五柱の女神』。それは教会に伝わる伝説のお話だ。まぁ、教会の中でも知っている者が限られるから、君達が知らないのも事実だけれども」
そう言いながらトゥルムさんは、一冊の書を取り出した。その書には『フュンフの書・改定』と言う文字が書かれている。
「この書の存在はアズガルド全域で伝わる『火』、『水』、『雷』、そして『風』の4つの属性にはそれぞれ、その属性をそれぞれ司る四柱の女神と魔法その物を司る女神と言う、合計五柱女神が居ると言う事なのだそうだ。
『火』を司る女神、フランメ。『水』を司る女神、ナス。『雷』を司る女神、ドンナー。『風』を司る女神、ヴィント。そして魔法そのものを司る女神、マギー。名前と何を司っている女神なのかは、教会によって明らかになった。フランメは炎の神のランプ、ナスは水の神の水瓶、ドンナーは雷の神の槍、ヴィントは風の神の扇子である事はすぐに判明したんだけど……この女神、マギーが曲者でね」
と、『フュンフの書・改定』をペラペラとめくって、書の挿絵を指差す。そこには先程、トゥルムさんが説明したとおり、5人の女が描かれていた。そしてその5人はランプを持った女、水瓶を持った女、槍を持った女、扇子を持った女、そして4人に離れるようにして水晶玉を持った女の5人組であった。じゃあ、トゥルムさんが問題視しているのは、この水晶玉を持った女、と言う事か。
「またその話、ですか……」
うんざりしたような顔で、サリアが聞きたくないと言ったような顔で本から目を遠ざけた。
「まだ話足りてないのだが……。これからこの『フュンフの書』の改定版に一体どれだけの人間が関わったかと言う偉大にして崇高なる歴史話。さらにはこの『フュンフの書』を巡って起こったと言われるありがたい昔話の話を……」
「……長いから結構です」
「そう? これからが一番面白く、そして壮大な歴史物語なのに……」
残念そうにしながらも、こちらに対して話を振るトゥルムさん。その指は水晶玉を持っているマギーと言う女神を指差していた。正確には女神の持つ水晶玉を指差していた。
「その水晶玉がどうかしたのですか……? 青くて丸い水晶玉に見えますが……」
「ニーナさんの言う通り、これは青くて丸い水晶玉に見えなくもなくない。でも、これは改訂版。原書だとあまりにも古すぎて、何色なんか分かんないんですよ」
何色か分からない。つまりは青色では無い可能性もある。それで丸いだけで特徴がほどんどなく、水晶玉かどうか分からない。トゥルムさんが言っているのは、そう言う事だそうだ。
「ランプや水瓶、槍、そして扇子は形として非常に特定しやすく、この四柱の女神に関する書物や祀った古代の神殿は数々発見されている。つまりは、この四柱の女神に関しては全く持って問題はない。問題があるとすれば……このマギーと言う名前で伝わっている女神かな。このマギーに関しては四柱よりも書物や祀った神殿が異常に少ない。むしろ、後世になって無理矢理施工されたと思われる神殿まで存在する。マギーに関しては存在自体、疑わしいと思っている研究などざらにある」
「言いたい放題ですね、マギー……」
「そもそもこのマギーが、魔法の女神と言うのも変な話だ。今の形態上は『火』、『水』、『雷』、『風』の四柱の女神と、それよりも大きい魔法の大女神と言う、一大四女神に分かれた構造だが、これよりかはこのマギーだと考えられている女神が『火』でも、『水』でも、『雷』でも、そして『風』でもない、何か別の属性を司る女神で、五大女神と言う方が遥かに説明しやすい」
「そしてそれがトゥルムさんんの探している『五人目』……か」
水晶玉のような丸い何かを司る、マギーだと思われている女神。その司っている属性があるとすれば、その属性を使う魔法使いが居るはず。その魔法使いが『五人目』……。
「まぁ、2人にはサリアと同じく、もしそのような人が居たら私に知らせて欲しいと言う事だ。もし、その『五人目』を見つける事が出来たならば世紀の大発見! 人類史を塗り替える歴史的な事象! そんな貴重な事に関われると思うだけで、涎が……」
そう言いながら、口から涎をたらたらと流すトゥルムさん。……歴史バカと言うよりも、歴史没頭バカみたいな気がする。
「まぁ、ゲウムベーンにはそう言った意味でも来ているけれども、そちらの方はさっぱりなんですが……。まぁ、こちらでもやる事はありますので失礼する」
そう言って、トゥルムさんは帰って行った。それにしても、あのトゥルムさんは本当にキャラが濃いなぁ……。
☆
そうやってゲウムベーンの料理店で、ヒュー達がトゥルムさんが会っている時、ヒューの体内に『雲』の力を残したロイファーは、港フエーハンに居た。
「はぁー……ここまで逃げて来たのは良いけれども、これからどうすれば良いんだろうねー。盗賊も止めちゃったし、付き合いもほとんどパーになってしまったし……どうすれば良いんだか……」
ロイファーが自分が特別である事を理解していた。『雲』と言う、自分しか使い手を見た事がないこの魔法属性は、攻撃を吸収し、増幅する力だけではなく、自身や物を複製したりする力を持っていた。今まではこの『雲』の属性を利用し、他人から借りた力で、ある時は『火』の力を使う傭兵、またある時は『風』の力を使う伝令兵、『水』の力を使う聖職者、『雷』の力を使う戦士と言った風に自身を偽って、のらりくらりと生きていた。
ロイファーと言うのも、とある戦場で倒れていた人間の名を借りただけであり、この口調だって知らず知らずのうちに身に付いた。多分、どこかの人間の喋り方だとは思うが忘れた。
そんな風に、誰でもない誰かとして生きて来たロイファーの今の悩みは、これからの身の振り方だった。
「とりあえず、このフエーハンには居られないよなぁ。この近くで盗賊としてやっていたし、もしかしたら顔を覚えられている可能性もなきにしもあらずだしー。まぁ、無いにしてももうこの港にはしばらくは来れないかなぁ。1週間? いや、3週間くらいは来れないよなぁー。人の噂は七十五日と言うし、それをほんのちょーっと過ぎたくらいならば戻って来ても良いだろうけど、それまではここには来れないなぁ」
まず、ロイファーはこの街から出る事を決めた。幸い、港だけあって、船はいっぱいある。
ここで船を奪って逃げるのは賢くない選択である。普通ならば、船を奪えばどこにだって逃げられると思うけれども、知識のない者が海に1人で出る方が危険だ。ここは普通に客として船に乗ってしまえば良い。とりあえず、どこに着くかは考えず、一番安い船を選ぼう。
「え、えーっと、一番安いのはどれかなぁー。あぁ、これかぁ。でもなぁ、私、ちょっと船酔いする可能性があるからなぁー。長い航海は避けた方が無難かなぁー。じゃあ、それよりもちょっと値は張るけれどもこっちの方が良いかなぁ。うん、そうしようかなぁー」
そうやって今後の進路も決まったし、早速盗賊として稼いだ金で新天地を目指そうと足を運ぶ。
「おやおヤ。こんな所で会うとハ、久死ぶりですネ。走者」
「やぁやぁ、騎士さん。ご機嫌麗しく」
ロイファーはそこでそいつと、盗賊団の頭にレッドベアー2体を預けた女、シュプリンガーと出会った事で、
(あぁ、終わったな)
と覚悟を決めるのであった。




