雷の少年とサリア
エリナ・モンタギューとそれを殴った女性と出会った僕達は、そのままゲウムベーンの料理店へと案内された。
「私の名前はサリア。サリア・レス。このエリナ・モンタギューの仲間であり、同行者です。あなた達の事はエリナからのお話で聞いております。よろしくお願いします」
と、エリナを殴った、眼鏡をかけたその女性、サリアさんはペコリと頭を下げるが、こちらの反応が無かった事に気付いてもう一回自己紹介を始めていた。
「ちゃんと聞いていますか? 私はエリナと同じ故郷で知り合いなのですけれども、この街で偶然再会したんですよ。まぁ、ほとんど迷宮ばかりに潜って金稼ぎと腕磨きをしている私は、このエリナと会ったのは本当に偶然で久しぶりなんです。その辺りを詳しく説明してくれるはずのエリナは、こうしてさっき攻撃したまま気絶されてしまっているんですけれども……」
「おーい、そろそろ起きたらどうですか? エリナー」と、自分で気絶させたエリナを揺すって起こそうとするサリアさん。僕達はそれに対して、「アハハ……」と素っ気ない笑い声を返す。
僕達がこうして素っ気ない笑い声を返しているのには訳がある。それは先程のサリアさんの行動である。さっき、サリアさんはエリナに対して明らかに攻撃をしていた。それも気絶するくらいの強い攻撃をしていた。それなのに、サリアさんはあの折り紙に攻撃されなかった。それが気がかりになっているのである。
人を攻撃しても折り紙に襲われない。つまりそれは、折り紙を操っている本人なのだからじゃないかと。故に僕とニーナは彼女に対して一歩引いた状態で接していた。
「え、えっと……もう少ししたら起きるのでは?」
「そうですね。あの攻撃もちゃんと計算していますし、もう少ししたら起きるはずですので」
攻撃、と言った。やはりこの人があの折り紙の使い手、ゲウムベーンの怪物……。
「ん……? 攻撃? あぁ、そうでしたか。すいません、話していませんでしたね。あぁ、だからか……。
大丈夫ですよ、お二人さん。私は別にゲウムベーンの怪物ではありませんので」
「違いますよー」とほんの少し笑みを浮かべて、そう言うサリアさん。
「あれは確かに人を気絶させるほどの攻撃ではありますが、断じて悪ではありませんので」
「でも確かにあの時……」
「あれはあなたがたがエリナに襲われそうになったから、ちょっと手刀で気絶させただけです。
この街で禁止なのは悪行行為であって、暴力行為ではありませんよ。それに手刀で攻撃したとは言っても、ちゃんと力をセーブしてますし、エリナは見かけよりも元気ですよ」
ほら、とグッタリと倒れているエリナを手で持ち上げながらそう言うサリアさん。
悪は禁止だが、暴力は禁止ではない。彼女はそう言っているが、
「……でも、そんなのどうやって確認すれば良いんですか? もし、ゲウムベーンの怪物がそれを悪だと決めつければ、さっきの手刀だって悪とみなされるんじゃ……」
「どうもゲウムベーンの怪物は、法において悪か善かを判断しているみたい。そうじゃないとモンスターを倒す私達なんか全員悪だよ。法において善ならば罰せず、悪ならば罰する。そう彼女も言っていたしね」
えっ? 彼女?
「それってサリアさんは……怪物と会っているんですか?」
と聞くニーナ。それに対して、「まぁ、そうだねー」と呟くサリアさん。
「ちょっと前にね、ゲウムベーンの怪物が現れる前に会ったのよ。この街が見渡せるような高い塔の上で、1人立ったまま皆に対して大きな声で「悪い事はしてはいけませんよー。法は守るものー」と言う女性。その女性が現れた初めの頃は皆、本気にはしてなかったし、ゲウムベーンもいつも通りだった。
「けれどもその翌日から、街中に折り紙で出来た物体が飛び始めたら、街に居る悪人を1人残らず潰していったの」
「1人残らず……」
「そう。自警団やギルドの人達の中で悪をしてなかった、殺されずに済んだ人達が確認したみたい。世にいう悪人やら、近所の人達が悪い人だと噂していた人達が死んだ事を。その翌日に、この街のギルド本部に「法を破った人は殺す」と言う悪質な手紙が届いて、今の状況と言う訳」
ゲウムベーンの怪物、その目的は法を破る悪人を罰する事。確かに僕だって故郷を出る際にいじめっ子を懲らしめたし、ニーナだって天界に居る際に戦天使として戦場で多くの人の命を奪っている。僕達2人とも法には触れていないから助かっている。盗賊は人の物を盗んだりして法を破ったから、殺されたけれども。
「まぁ、この街は平和ですよ。目立って悪行を行う奴らも、裏でこそこそ隠れているような奴も、全員ゲウムベーンの怪物と言う女性が殺しているのだから。法を破る事さえしなければ、お酒を飲もうが、気絶させようが、大丈夫な平和な街ですよ」
「でも、その女性……なんでまだこの街に居るんだ?」
悪人を倒す事が目的ならば、もう悪人は全員殺しているのに。それにこの街に悪人を一人たりとも入れたくないのならば、交流を遮ってしまえば良いのに。
「そのゲウムベーンの怪物は何が目的でまだこの街に……」
「それについては、私から説明するわ!」
と、考え込む僕とニーナに対して、飛び起きるようにして起きたエリナがそう言う。
「エリナ、起きたの?」
「サリア、いきなり攻撃しないで欲しいわ。私のこの美しい美貌と、類稀なる武の才能に陰りが出たらどうするつもりなの!?」
「その時は、速やかに家に帰る事をおすすめします」
「お生憎様! 私はその程度ではへこたれないわ! むしろ怪我を負った薄幸の美少女として、世間に名を知らしめてやる!」
……もうその時点で薄幸でも、なんでもないようだが。
「ところで、エリナさん。説明を……」
「分かっているわ、ヒュー。すぐ説明するわ」
ゴホン、とわざとらしく咳をした後、エリナが説明を開始する。
「あの『ゲウムベーンの怪物』と言う名称が付いている女性には、この街に来るかもしれないある者を探しているの」
「この街に来るかもしれないある者? なんとも大雑把です」
「ニーナちゃんもそう思う? まぁ、それは彼女がそう言っていたと聞きだした怖い物知らずで世間知らずの子供が言うにはの話なんだけれどもね」
「怖い物知らずで世間知らずの子供が何か言ってますよ」とこっそり耳打ちするサリアさん。その言葉でその子供が誰なのか分かった。
「どうやら彼女は、『五人目』を探しているらしいわ」
「「『五人目』?」」
五人目……。もう先に4人は見つかっていて、来るかどうか分からない最後の5人目を待っているのだろうか? それとも何か他に別の意味が?
「私達もその『ゲウムベーンの怪物』に会って、『五人目』かどうかを聞かれました。この街に住む人達で、生き残っていた人達はもう既に彼女に会ってその質問を受けています」
「それでその『五人目』は見つかったんです?」
「ニーナさんのその答えは、この街の今の状況から答えを察して貰えると……」
『五人目』を探しに来たゲウムベーンの怪物は、まだこの街に居る。と言う事は、その『五人目』はまだ探し当ててはいないと言う事か。
「その『五人目』も、世間知らずなとある子供の話によると曖昧なのよ。
男であるかも知れないし、女であるかも知れない。赤ん坊であったり、老人であったりするかもしれない。また、それは人間ではないのかも知れないとも言っていた」
「随分、曖昧だな……」
そんな曖昧で、本当に見つけ出せるのだろうか?
「周期的に質問しに街まで降りて来るから、多分明後日には会えると思いますよ」
と、サリアさんは僕とニーナの元に、ゲウムベーンの怪物が近々現れると教えてくれるのであった。




