雷の少年と平和な街
そのままフーリーさんはメリッサさんと共に商品や金品を売りさばきに行った。後、先程折鶴とかの折り紙によって殺された盗賊の死体も一緒に持って行った。あれをあのまま置いておくのは忍びないし、メリッサさん曰くここに放置するのも可愛そうだから。
トカリとユメハの2人は「気分が悪い」と言って、2人でどこかへ向かったらしい。恐らくは宿屋か、それか違う場所か。どちらにしても休憩のための、休む場所を探しに行ったのだろう。
(無理もない、か。僕だってあの光景は少しグロテスクだったのだから)
街に入った瞬間、いきなり自分めがけて飛んでくる折り紙で折られた物達。そしてそれが自分の背後に隠れていた盗賊を狙った物だと分かった時には、その狙われた盗賊は折り紙に身体中を穴を開けられて見るも無残な姿で亡くなっていたのだから。
あんな無残な姿で殺されるだなんて……。悪人とは言ってもちょっとやりすぎではないだろうか? 正義を振りかざすのは大いに結構であり、それでちゃんと悪が滅びるのならば良いのだろうが、あれはやりすぎだ。過剰防衛や過剰なる正義は、時として悪と見られる。あの折鶴が行った行動はそう言った物だ。そして、多分あれを行った者もそう言った方に違いない。
「折り紙……か」
宙を浮かぶ折り紙は、今もなおこちらを窺っているようで気味が悪い。「悪人でない限りは襲われない」とは言っても、先程のような折り紙による殺害方法を見せられてたらちょっとだけ不安に思ってしまうし。
「迷宮都市に折り紙、か」
「なんだかあの折り紙も怖いです……」
僕とニーナの2人は、迷宮都市ゲウムベーンの街中を歩いていた。がしかし、ニーナはロイファーに対して嫌そうに見ていたようだけれども、あの折り紙に対しても同じような嫌そうな目で見ていた。
「あの折り紙、普通じゃないし……もしかして魔法を使っているのだろうか?」
折り紙に対して、悪人のみを狙って攻撃するような魔法でもかかっているのだろうか? ゲウムベーンの怪物がどのような手段を使っているかは分からないけれども、あの折り紙がそのゲウムベーンの怪物に関係があるのは確かな事であろう。ゲウムベーンの怪物が来る前は、この折り紙の群体は無かったみたいだそうだし。ゲウムベーンの怪物とあの折り紙にはなんらかの関係があると思うし。
そして折り紙に怯えつつ、僕達は料理店に入る。
「い、いらっしゃいませ。ご注文がお決まりになられましたら、店員にお声をかけてください。決して暴力には訴えないでくださいませ」
店員さんは怯えながら席に案内して、説明を一通り終えた後、どこかに行ってしまいました。……悪が起こらない分にはこの街は良い街だと思いますが、それ以上にこの雰囲気がどこか気に喰わない。いつ、誰かを傷付けてしまうんじゃないかと、人々がそれぞれ接するのを極端に避けた今の状況は良い物とは思えない。
「なんだか嫌な街だな……」
「でも、ヒューが行きたい迷宮はこの街にあるんですよね?」
「あぁ、そうだな……」
前とは違って、今迷宮に行きたい理由は、新しいこの『雲』の力がどう作用するかを見たいと言うのが理由なのだけれども。まぁ、迷宮で一旗挙げたいと言うのは事実である。
「迷宮に行った冒険者達も、なんだか落ち着いていると言うか、気持ちが低いと言うか……」
僕はそう言いながら、向こうの方で酒を飲んでいる冒険者や、パーティーの皆で作戦会議をしている冒険者達を見る。一目で冒険者だと分かったのは、金回りが良さそうなのにも関わらず着ている服が泥とかが付いているからである。金回りが良いのは迷宮で手に入れた物を売って金を得ていると分かるが、服が泥を付いているのは迷宮で付いた物だろう。なにより、武器とバックを持っている事もその一つだろう。
だが本によると、普通の迷宮都市に居る冒険者達はその成果に一喜一憂し、結果が良かった者は飲めや騒げのどんちゃん騒ぎ、逆に結果が芳しくなかった者は一人酒やらヤケ酒をしていると言う話だったのだが……。
「あれはどう見てもそう言ったのじゃないよな……」
「そうですね……」
気分が落ち込み過ぎである。まぁ、酒で酔っぱらってその時に悪事を起こしたりすれば、覚えもないのにあの折り紙達に先程の盗賊達のような目に合わされるのは目に見えている。だからこそ、酔うほどの量の酒を迂闊には飲めないのだろう。
「全く……。この街の雰囲気が悪いのはだいたい察しがつくけれど、それにしたって落ち込みすぎだわ」
と、そんな事を言って山盛りに載ったお肉を持って、1人の少女が僕達の関に座って来る。
「相席して貰って構わないかしら?」
「いや、既に相席を……って、あっ!」
相席をしているではありませんか、と僕はそう言おうとしたとき、彼女が誰なのかを想い出した。
服は会った時とは違って動きやすさの中にも所々にアクセサリーで綺麗さをアピールしているが、その赤いツインテールの髪には見覚えがあった。
「もしかして……エリナさん?」
そう聞くと、彼女はニコリとした顔でこちらを見つめる。
「えぇ。エリナ・モンタギューとは私の事よ。お久しぶりね、お二人さん」
と、船旅で会った彼女はそう言い返す。
「この街に来るからとは聞いていたから、いつか会えると踏んだのが良かったようね。流石、私! さぁ、前回、このエリナ・モンタギューの名をかけてあなた達の事を聞きだすと約束したのだから、たっぷりと聞かせて貰うわよ。私は力を貪欲に求めているの。そしてあなた達の技は、私に新たな技のイメージを見せてくれたんだから。もっと見せて、もっと私にイメージを……」
そう言って、ゆっくりとこちらに近寄って来るエリナさん。……そう言えば、そう言った事を話していた覚えがあるような、ないような……。ともかく、こんな早くにまた出会えるとは思っていなかったし……。
(ねぇねぇ、ヒュー!)
と、どうしようかなーと迷っているとニーナから目で合図が来た。
(どうしますか、ヒュー? このままだといくらでも付いて来ますよ?)
(でも追い払おうとしてもな……)
(そうですよね……)
追い払う事自体は簡単だ。けれども、それが悪と認められてしまうかが問題なのだ。突き飛ばして、それで悪と認められると折り紙の餌食だし……。
「グフフ……。この街の中ならば、普通に追い払おうとする事も出来まい。後は逃げ出さないようにさえ気を付けていれば……グフフ……」
や、ヤバイよ、この女! 目がマジだよ! マジで僕達から情報を聞き出すまで、ここから逃がさない気でいるよ。
げ、ゲウムベーンの怪物さーん! こっちにどう見ても悪にしか見えない女の人が居ますよー。狙うなら是非ともこっちでお願いしまーす!
「さぁ、2人とも。まずはこっちで……」
そう言って、こちらにゆっくりと近付いて来るエリナさんの後ろから、ゆっくりと1人の女性が歩いて来る。
眼鏡をかけた、いかにも出来る女と言う印象が強い、背中に長槍を付けた女冒険者。その冒険者は心底呆れたような目で、エリナを見て、拳を振り上げ、
『ちょっと……!』
店に居た僕達が必死に止めようとする前に、暴走しているエリナの頭を、彼女が倒れるくらいの強い衝撃で殴る。
「うぐっ……!?」
エリナさんはそう言って、一瞬殴られてから身体がふわりと浮いたかと思うと、そのままバタリと地面へと倒れていた。
ま、拙い! 助けてくれたのは本当に嬉しいがこのままだと、この女の人が折り紙に……
「大丈夫ですよ」
焦っている僕達に対して彼女はそう答える。
「仲間を殴って気絶させようとしているだけで、ただの普通の喧嘩ですよ」
と、見る物全てがうっとりと思うような、優しい笑みを浮かべてそう言うのであった。




