プロローグ(2) 雷の少年と半翼の戦天使
魔法はおおよそ3歳を越えた辺りから自分の得意属性と耐性が現れ始めて、5歳を越えてから魔法について学び始める。そしてこの5歳を越えてから魔法をどれだけ使えるかによって差別化が行われる。
強い魔法を使える者は集団に置いて優位に立ち、弱い魔法しか使えない者は集団に置いて虐めの対象となる。そしてここ、フローリエでは中級魔法をぎりぎり使えるか使えないかと言うロイが子供達のリーダーであり、下級魔法ですら満足に使えないような僕が集団に置いての虐めの対象であった。
得意属性と言うのはこの世界におけるどの生物でも原則として1つはある。そしてその得意属性の耐性と言うのは付いて来る。けれどもその耐性と言うのは人によって変わって来る。僕の得意属性は雷属性なのだが、雷属性の耐性が極めて低いのである。普通の子供ならば低級魔法くらいならば普通に撃てるのだが、僕はそれすらの耐性が低いのである。それ故に僕は魔法に置いて落ちこぼれであり、それ故に僕は虐められていた。いつもロイと取り巻きのウノとサノの2人に虐めを受けていた。
「はぁ……」
それ故、あの村で僕の居場所は無かった。僕より1つ下の隣の奥さんの娘さんは僕の事を心配してくれているが、あの子は可愛くてなおかつロイが惚れているから自分より懐いている僕にさらに激しい嫉妬を覚えているし、それに大人達は子供達が仲良く遊んでいると思っている。どうやら怪我は勲章か何かだと勘違いしているらしい。実際はただの虐めの跡なのだが。
あの村で居場所がない僕にとって唯一落ち着ける場所は、近くの丘に立つ1本の大きな木だけだった。村の近くにある丘、旅立ちの丘と呼ばれるその丘はかの勇者達が異端卿退治に対する気持ちを誓い合った場所だ。まぁ、1000年も前だし、ろくに整備もされておらず植物が生えまくっているここには村の人もそう近寄らない。それにあの木の下は葉っぱによって太陽が適度に隠されて、僕にとってかなり居心地の良い場所なのである。今日も今日とて僕は、そこで1人でゆっくりとしようとしたのだが……。
いつもは僕1人しか居ないはずのそこには既に、先客がいた。
「えっ……」
木の下に寄りかかるようにしてそこに居たのは目も奪われるほど綺麗な14歳くらいの美少女だった。優しげな瞳とどこか苦悩な表情を出しながらも、彼女の美は何一つとして損なわれていなかった。現実離れした銀色の髪を腰まで長く伸ばした、着ている服も可愛らしさと凛々しさを兼ね備えた銀色の鎧。そしてその美少女の触ると折れてしまいそうな腰からは赤い血がゆっくりと地面へと倒れていた。
「うっ……」
その美少女は苦悩の表情を浮かべていた。その苦悩の原因がどう考えても、腰から流れているあの血である事は明らかであった。
「だ、大丈夫……」
僕がそう聞くと、彼女は小さな、今にも消えそうな声で「え、えぇ……」と答えていた。
「……ちょっと斬られただけです。……あなたは、この辺りの子供ですか? 良ければ何か血を止める物を用意して貰いますと……」
「……それならちょっと待っててください」
僕は彼女にそう言って、持って来ていた包帯で彼女の腰を覆って行く。僕が包帯を持っていたのは、ロイ達に良く虐められるから包帯とか薬草を持っているのである。
「……慣れた手つきですね」
「良く怪我とかするのが多いので」
「そう……」
そう聞いた彼女が何だか悲しそうな眼で見ていたんだけれども、その時の僕は彼女の腰の血を包帯を巻くのに夢中で気付かなかった。
「これで良し、と……。とりあえずこれで血は止まるでしょう」
「そうですか……。ありがとうございます。そう言えば、お名前を聞いていませんでしたね……」
「そう言えばそうですね、僕の名前はヒューベルト・ランス。ヒューと呼んでください」
僕がそう言うと、彼女はニコリと微笑みながら、背中にある片方しかない真っ白な翼を広げた。
「私の名前はニーナ。天界の天使です」
それが僕とニーナの初めての出逢いだった。
☆
ニーナと少し村の事や伝承の事など取り留めもない話を話した後、僕はニーナがどうして天界ではなくてここにやって来たのかを聞いた。僕としてはちょっと聞いてみたいだけだったから、彼女がどうしても言いたくないのならば別に聞かないつもりであった。彼女は嫌そうな顔をしながらも「ヒューなら……」と戸惑いながら教えてくれた。
「これが……私の魔術です」
そう言いながらニーナが出した手には天界の天使であるニーナが、何故地上界に、しかも背中の翼が1枚無いのかを教えてくれた。その手には透き通った、綺麗な氷があった。
「氷……もしかして伝承の……」
「先程ヒューが話していた通り、天界でも魔法の属性は、火、水、雷、風の4属性。それなのに私の属性はその4つに当てはまらない氷なのです」
火、水、雷、風の4つに分類されない属性を使う、それは伝承にある勇者と対峙した異端卿と一緒である。そして異端卿の扱いは人間界も天界もそんなに変わらないとの事だそうだ。
異端卿と同じような4つの属性のどれにも分類されない属性を持っていた彼女……そんな状態ならば……。
「それでここに落とされたと……」
「はい、そう言う事なのです」
と、彼女はそう言って氷を消した。使った魔法のせいで虐めの対象になった、か。
「……僕と一緒、だね」
「えっ……もしかしてあなたも四属性に分類されない属性で……」
「そうではないけど……魔法を使って虐めを受けるのは一緒と言う事、かな?」
「説明して貰ってよろしいでしょうか?」
そう言って説明をお願いする様子のニーナに、僕は自分の事を説明した。僕が得意属性として雷の属性を持っているのにも関わらず、その雷属性の耐性が無くてほとんど雷なんて扱えない事を。それが原因で虐められている事も。
「魔法が出せる分、僕よりも良いじゃないですか。僕は魔法を出せなくて逆に虐められてるくらいだと言うのに」
「でも私は……その魔法で……」
「出せるだけでも凄いと思いますがね。僕としてはそれだけで褒められる事だと思いますよ。少なくとも僕はそう思いますよ」
「優しいんですね……ヒューは」
そう言って、ニーナが褒めてくれるけれども実際はそんな事は無い。僕はただ魔法で差別されるのが可笑しいと思っただけだ。それだけである。
お互い魔法で苦労している者同士、惹かれあうのは当然の事だった。
「……あの村、出ようかな」
「その時は連れてってもらえますか?」
「ニーナさんさえ良ければね。まぁ、けれどもまだ子供だから、すぐに出て行くつもりもないけれども」
流石にまだ僕も8歳だし、旅に出るのはまだ早い。かの英雄、勇者の4人もこの町を出たのは14の時だったらしい。それ以来、フローリエではどんなに力が強かろうが、どんなに弱かろうが、旅に出るのは14を過ぎてからと言う決まりが出来てしまっている。だから僕もそれまでは耐えるつもりである。勿論、出来る事はなんだろうとやるつもりではあるが。
「じゃあ、気長にお待ちしていますね」
そう言って、優しそうに笑うニーナに対して、僕は強く拳を握りしめて了承の意を示すのであった。
☆
それから僕はニーナの所に行くのが日課となった。元々、僕は旅立ちの丘へ行く事は珍しい事ではなかったため、可笑しな行動だとは思われなかった。ちょっと困った事としては僕がそうやって村から離れる事が多くなったため、僕を使ってストレス発散を行っていたロイとサノ・ウノの3人がさらに虐めを激しくした事か。僕が村に居る時間が短くなればなるほど、それを面白く思わないロイ達の虐めが比例するかのように激しくなるのは本当に困った物である。まぁ、その虐めも4年後の15歳になったロイが冒険を求めて村の外へと飛び出してから大人しくなったが。
僕はと言うとニーナの所で、魔法の訓練を行った。ニーナは天界の戦を司る戦天使であって、戦闘に関する知識は豊富であった。僕はニーナと共に、少しずつ着実に魔法の訓練をしていった。ニーナの説明だと、魔法の耐性と言うのは特殊な訓練で少しずつではあるが強くなるのだそうだ。僕は知らなかったのだが、天界では普通に皆が知っている常識なんだそうだ。
その特殊な訓練と言うのは、身体に纏わせるのを持続させる事だそうだ。僕で言えば、身体に雷を纏わせる事でちょっとずつであるが耐性が強くなっていくみたいだそうだ。訓練を始めた最初の頃は雷を身体に纏わせる前の魔力を取り出すだけで疲れていた物だが、訓練を始めて行くと魔力を取り出すのにも慣れ、今では下級魔術までならば普通に出せるようになった。とは言っても、この耐性強化はちょっと強化されるくらいの事で、僕はこれ以上は強くなれないとの事。
その事にニーナは申し訳ないみたいな事を言っていたけれども、僕としては普通に魔法を出せるようになった事でも嬉しい事なのである。だから気にしないでくれと言っておいた。
そしてニーナと出会ってから6年後、遂に旅立ちの朝がやって来た。




