雷の少年と迷宮都市ゲウムベーン
僕が目を覚ましたのはフーリーさんが操る馬車の中であった。僕は両腕が異常に発達したレッドベアーを倒した後に気を失ってしまって、後はニーナが奴隷を助け出したんだそうだ。ちなみにメリッサさんが行った方には盗賊達の財宝の隠し場所があったらしくて、フーリーさんに渡したらしい。フーリーさんは無料で売れる物が増えた事が嬉しかったらしく、メリッサさんはあまり戦えなくて不満だったみたいらしい。トカリとユメハはフーリーさんを守っているだけで、メリッサさんよりも退屈だったらしいのだけれども。まぁ、危険な事がない方が嬉しいと思うけれども。
そして今、僕達はゲウムベーンへと向かっているが、その前にタオと言う田舎村へと立ち寄るみたい。流石に狩り場泥棒と共に何日も連行していられないから、ゲウムベーンの前にあるタオと言う村に置いて行くと言う日程である。
「じゃあ、その無駄に重そうな盗賊達の宝もタオで売っておいた方が良いのではないです?」
「そうだぜ! 重いから置いておくんだったら、財宝も置いておくべきだぜ!」
いや、ニーナとトカリの言い分は的外れである。フーリーさんは重いから盗賊を置いておくのではなく、財宝をさらに運びやすくするために盗賊を置いておこうと思っただけなのだろう。フーリーさんはお金こそが命のように大切みたいだし。盗賊はどこでだろうとそこまで賞金に差はないけれども、財宝とかの金品は大きな街の方が高く売れるし。最も盗賊達が奪った物だから、正規品として売れる品がどれくらいかは僕には分からないが。
後、ゲウムベーンは悪人にとっては「どうか命を奪ってください!」と言うような悪人に住みにくい街だし、連れて行くのが出来ないのだが。現にそう言った理由でここに連れられた犯罪者も多く居るとの事。
「けれども、メーダリオの目はやはり錆びついてはいなかったようだな。こうして新しい戦士を見つけ出すとは……流石だな」
ふむふむとしみじみとした顔で言うメリッサさん。いや、メーダリオさんはただのオカマで、僕達をそう言う意味で過剰評価していた訳では無いと思うのだが。
「……まぁ、無事で何よりです」
「そうだぜー! ユメハも私も、フーリーさんも心配だったんだぜー!」
「ですね。お金は確かに大切ですが、あなた方が怪我して欲しいと言う訳ではありませんし」
まぁ、その言葉はありがたく貰っておこう。
今の僕には、あの洞窟の中で手に入れたそれ以上に心強い物があったしな。
「フフ……」
「……? どうかしましたですか、ヒュー? いきなり笑って?」
「いや、ニーナ。なんでも無い」
「なら、良いんですが……」
ちょっと笑いが抑えきれなかったみたいで、それを見たニーナに心配させてしまったようである。反省しておこう。
僕が笑っていた理由、それはあのロイファーと言う女性が置いて行った『雲』。あの『雲』は僕の身体の中でモクモクと増えつつ、僕の雷の力を増やしている。そして僕の『雷』の耐性も上げている。
どうやらこの『雲』には、2つの能力がある。1つは入った物を中で増幅する力、もう1つは本人に対してその魔法属性の耐性を強化する力の2つだ。
前者の能力によって僕の雷の力は小さな力でも前以上の実力を発揮出来るほどに協力になっており、また後者の能力によって僕が落ちこぼれていた原因である耐性の低さがちょっとずつ改善されつつある。
(これだ! これだよ! 僕が求めていたような力は!)
ニーナには感謝しているが、この『雲』と持ち主であるロイファーにはそれ以上に感謝すべきであろう。これで今以上の力を得て、また勇者へと、英雄への道が近付いた気がする。この『雲』の異質な力から見ても、あのロイファーが異端卿である可能性は高い。そしてあのロイファーが元とは言っても、盗賊であったことには変わりはない。
けれども、それはそれだ。力に善悪は関係なく、また僕にそれは関係ない。この『雲』の力を与える代わりに、悪の手助けをしろとも言われていないし、ただただ僕が望んでいてそれで相手がくれただけなのだから。
「おぉ、そろそろゲウムベーンが見えて来ましたよ」
フーリーさんの言葉で、僕達は馬車の中から顔を覗かせる。馬車の中から顔を覗かせると、目の前には白い大きな壁がそびえ立っていて、門には見た事も無いような古代文字が5文字ほど刻まれていた。奥には迷宮都市の名に相応しいような壮大な迷宮があり、ゲウムベーンの中の人達もそれなりに楽しそうである。ちっともゲウムベーンの怪物に怯えるような街には見えない。
「なんだか噂とは違うような……」
「あぁ、ヒュー君もそう思う? ゲウムベーンは確かに外から入る人達、特に悪人にとっては正義の使者が常に自分の命を狙っているようなおっかない街。けれども、それと同時に悪人でない限りはその正義の使者が自分の身の安全を守ってくれる、どの街よりも安全な街なのよ」
皮肉な事である。
ゲウムベーンの怪物と言う存在のせいでこうして物資の供給もほとんどないのに、それと同時にそのゲウムベーンの怪物のおかげで最も平和な街でもあると言うのは。
「……犯罪者さえいなければ大丈夫」
「そうですよ! 盗賊達もさっきタオで置いて来たし!」
「私達の中に犯罪者なんていないですし」
「大丈夫だよな」
「えぇ。ゲウムベーンの怪物の狙いは、多くの人にとって悪である事だけなので」
そんな、目に見えての犯罪者がこの中に居るとも思えない。ならば、大丈夫だろう。
「さぁ、もうすぐ街に入るよ」
フーリーさんがそう言い、馬車を走らせる。
――――――そして、
「よし、ここが迷宮都市ゲウムベーンだ」
僕達は遂に目的地であるゲウムベーンへと到着する。
土を固めて作られたと思われる赤色の細長い家。人々の顔は優しさで満ちていて、子供達も笑っている。どこから見ても平和な街だが、1つだけその平和さが見えない部分があった。どの人達も他の人から距離を離して居る事だ。
夫婦も、恋人も、友人も。
誰もがちょっと距離をおいて、いざと言う時に喧嘩にならないように離れて生活をしている。
(喧嘩をしたら悪だと思われて、ゲウムベーンの怪物が来るから、だろうな……)
家の中でも余計な事を言わないように、やけに静かだ。
平和な街ではあるが、どこか喧噪と言う言葉がない、静かな街だった。
「なんだか変な街だぜ……」
「……トカリもそう思う?」
そして一番の変な所は、
「何ですか、あれは……」
と、ニーナが空に浮かぶ物を指差す。
それは鶴だった。ただし、紙で折られた鶴だった。
鶴以外にも、飛行機、魚、兎、蛙。他にも色々な物が宙を浮かんでいたが、それは全部紙で出来た、所謂折り紙であった。そして色取り取りな紙で折られたそれらは、ゲウムベーンの空を我が物顔で浮かんでいた。
平和で静かな、喧騒とは無縁の街。
人々は悪を作らないために離れて生活をして、空には紙で出来た物が我が物顔で飛んでいる。
そこは本当に不思議な街だった。
「ここがゲウムベーン……」
僕がそう言って、もっと見ようと顔を馬車から乗り出した時だった。
「えっ……?」
一匹の鶴が、いや赤い紙で折られた鶴が猛スピードで向かって来る。その後ろから他の折り紙達も向かって来る。
「な、なんだ!?」
驚いてついうっかりと手綱を変な方向に振ってしまったフーリーさん。それによって馬達が暴れ出す。「落ち着いてください!」とメリッサさんが慌てて止めに入る。
そしてその鶴達は僕達の方へと以前猛スピードで飛び、そして
「ぎゃあああああああああ!」
僕達が後ろに運んでいた金品の中で、いつ襲おうかと迷っていた盗賊の生き残りへと迫る。そしてその盗賊の身体を物凄い勢いで貫き、盗賊は身体中に穴を開けられていた。
「きゃ―――――――――!」
誰かがそんな無残な死体を見て悲鳴を上げる中、僕達はゴクリと喉を鳴らしていた。
――――――ここはゲウムベーン。
迷宮によって栄えた街。
そして、悪人を折り紙が裁く街。




