雷の少年と特別
真っ白な空間、そして目の前に現れる神様。その神様は強大な力と共に使命を与える。それはまさしく、今まで僕が読み漁って来た勇者の物語に出て来る状況に酷似していた。
とは言っても、空間は真っ白と言うよりかは薄い黄色であり、神様の代わりに居るのは
「いやー、実に面白いね。君は。色々な人間の神経を見て来たけれども、勇者になると言う欲望に対してここまでの想いを持っている人間に会えたのも久しぶりだよー。いや、初めてだったかな? ごめんね、ちょっと分からなくなっちゃったー」
先程ニーナの方から怪しいと言われた、ロイファーと名乗る元盗賊であった。相も変わらず、軽い減らず口を叩きまくっている。
(可笑しいな。こう言う場所って神様以外だと、自分に一番近しい人物が出て来るのが王道的なんだが……。さっき会ったばかり、しかもそれほど意識もしていないはずのロイファーが現れるなんて……)
これならば、ニーナが現れた方がよっぽどそれっぽいと言うのに……。どうして僕はロイファーと……
「『こんな勇者にありがちな状況で、見知ったばかりのロイファーと会っているのだろう?』とでも思っているような顔だねー」
と、彼女が僕の想いを言い当てた事に驚く僕。
「……口に出してた?」
「いや、口には出してはいなかったよー。君が妄想をする度に、その妄想を外界へと垂れ流しにするような痛い男でない事は、私の八番目に大切な熊のぬいぐるみが証明してあげるよ!」
「よりにもよって、八番目かよ! そこは一番目じゃないのかよ!」
「いや、そんな……。いきなり会った人に自分の一番大切な物を見せるなんて度胸……私にはありませんし(涙)」
「(涙)とか普通に文で使っても、誠意が伝わってこないから!」
「あっ、そう。じゃあ、(笑)」
「(笑)でもなくて!」
「(m_ _m)」
「顔文字も要らないから!」
本当に疲れる……。なんと言うか、まるで雲のように掴み所のない女……。
「……あれ?」
そう言えば、僕はなんで(笑)とか顔文字が彼女の会話で使われていると理解していた? 彼女は別に『かっこわらい』と本当に言った訳でもないのに……。
「ふーん……。頭の切れは先ず先ずのようですね」
と、ロイファーは先程までとは違う、少し真剣そうな顔でこちらを見ていた。
「ここは一体……」
「『なんなんだ?』と言う説明が来ると思いますが、それについて答えるとするならば、ここはあなた、ヒューズベルト・ランスです」
「僕自身……」
「正確には私の魔法で作り出した、あなたの精神世界と言うのが正しい表現ですが」
その瞬間、僕は強い殺気を出しつつ、ロイファーを押し倒していた。
「いやん♪ いきなり上からなんて、大胆な男の子♪ ……ではないようですね」
「当たり前だ!」
精神を形作る魔法だなんて、そんな魔法は実際に見た事はないが、聞いた事はある。
「『異端卿の中には人々の精神を狂わせる『毒』の魔法使いが居た』と言う……。もしかしてお前は……異端卿!?」
「だったら、なんなんですかねー」
軽い口調で、しかし頭にしっかりと響く声でそう言ったロイファー。
次の瞬間、僕は彼女から距離を取らされていた。いや、正確には押し倒して動かないようにしていたロイファーが消え、遠くの別地点でロイファーが現れ出た。
「異端卿……良い響きだよねー。まぁ、旅の仲間に『氷』などと言う、『火』でも『水』でも『雷』でも『風』でもない魔法四属性の使い手である少女を仲間にしているのにも関わらず、同じ異端卿で対応が違い過ぎると思うけれどもねー」
「当たり前だ! ニーナはニーナ! お前はお前だ!」
「分けて考えているのかー。彼女は大丈夫、そして私は大丈夫ではないと頭と身体で納得していると言う感じかー。良い判断だよ、そう言った割り切った精神は私は好きだなー」
「まぁ、その殺気を収めてくれない?」とロイファーが軽く、そしてあどけない作り笑顔をして言って来た。
「ここは君の精神世界だ。君の好きな勇者伝説に出て来るような神様だと、君の好き勝手に出来るこの世界でも余裕で勝てるだろうが、私は神様でも仏様でも、ましてや盗賊でも無くなった訳だしー」
「その3つは並べて良い物なのか?」
「まぁ、私が作っているこの世界。君の好き勝手に出来ると同時に、私も好き勝手出来るんだよ。例えば……こんな感じに」
そう言って、彼女が地面に手をドシッと叩きつけると、いきなり僕の身体が宙に浮かぶ。
「これは……」
「言った通りでしょ。ここは君の好き勝手に出来るが、私の好き勝手にも出来る。言わば、2人の管理人が居る世界だ。こんな世界で争っても無駄だから、いい加減殺気を閉じてくれないかい? 話が進まないよー」
「……分かった」
僕はそう言って殺気を止める。と、同時にゆっくりと僕の身体が地面へと降りて行き、そして地面へと戻った。
「よろしい。まぁ、話を戻すがここでの隠し事は無意味だ。この精神世界では相手の口に出そうか迷っているような言葉は相手に伝わる。私の(笑)や顔文字しかり、君の心の考えしかりだ。最もある程度の自制心さえあれば、相手に心を覗かせる事なんて出来ないんだけど」
「……で、異端卿。どうして僕をここに……」
「『呼び寄せたか』だね。そうだねー、私が君を呼び寄せたと言うよりかは、君が私を引き込んだと言うのが正しいよ」
僕が、このロイファーをこの場所に引き込んだ?
「私は君の想像している『毒』の魔法を使う異端卿ではない。そもそも『毒』などと言う魔法が使えるのならば、君の精神を毒塗れにして、精神汚染しているはずだからね。でも、異端卿と言うのは当たっているよ。……私がなんの魔法を使うか」
その瞬間、ロイファーの想いが流れ込んできた。そして、そいつがどんな属性を使うが分かる。
「……『雲』、か」
「おぉ、ちゃんと伝わったようだねー。いやー、久方振りに相手に心の奥底を見せちゃった! 的な!」
嘘吐け。ロイファーの心は何重にもプロテクトがかかっているような厳重な物で、今は相手の方からそのプロテクトをちょっとだけ外して教えて貰ったがそんな奥底なんて見えるか。
「『雲』。漂う雲。何色に染まると同時に、何色にも染まらない雲。それが私の魔法属性。ちなみに君の『雷』との相性は良いよー」
「……『氷』ともだろ?」
「私、雪雲よりかは雷雲の方が好きだなー。インパクトがあって」
「そう言う問題か?」
「そう言う問題で……彼女は君と違って、私を必要としなかったからね」
おい、ちょっと待て。その言い方だと、まるで僕がこのロイファーを必要としているような……。
「『ような』じゃない。事実なんだよ。
君は力を無意識に求め、それに対して私を求めた。故にこうして私は今、ここに居るのだから」
「…………」
「君は求めたんだよ、力を。そしてそれは決して悪い事ではないんだよ」
そう言って、彼女は僕へと近寄る。
「君の考えは読めた。君は勇者になりたい。英雄になりたい。つまりは人とは違う力を求めている。そうでしょう?」
「……ッ!」
「図星、と言う顔をしていますねー」
それはその通り、図星であった。
勇者や英雄は確かに力以外も凄かった。
仲間との絆が強かった。勇気を持っていた。常識にとらわれないような発想を持っていた。
けれども、それと同時に強い力も持っていた。
いつも考えていた。こんな弱い雷の魔法の力だけではなく、もっと強い力が欲しいと。そう思っていた。
「じゃあ、それを叶えてあげましょう」
と、ロイファーは僕の前に真っ白な手の平に乗るくらいのサイズの雲を1つ出現させる。
「あなたはこれから勇者や英雄のように【特別】になれる。けれども、それが果たして正しいかどうかは私なんかには分からないなー。
だからくれぐれも、
頑張ってね」
そう言って、ロイファーは僕に向かってその雲を投げて、
僕の意識は途切れた。




