雷の少年とレッドベアー(2)
「しまっ……!?」
この両腕が異常に発達したレッドベアーを普通の生物として見ていて、トカリとユメハの2人が『レッドアイ』と何回も戦って傷付けていたのに倒れなかったと言う事をすっかり忘れていた。そしてこのレッドベアーも同じような生物であるとは考えていなかった。
僕がしまったと思った時にはもう既に先程、僕とニーナによって血塗れになったレッドベアーが爪を振り被っていて、僕は切られていた。
「くっ……!」
「ヒュー……!」
僕が身体を爪で切られていて、ニーナが慌てて剣を振るって助けようと乱入してくるがその前にレッドベアーが爪で防いでいた。
「GYAO!」
「反応が速いですね。肉食獣の本能ですか」
そして剣に氷を纏わせて、さらに強さと鋭さを極めた剣を作り出してレッドベアーに斬りかかっていた。流れるような剣筋がレッドベアーの肉体を斬りつつ、レッドベアーの身体からさらに血が出る。しかし、元々血塗れのレッドベアーは血が流れようとも攻撃を止める事はなかった。
「くそっ……」
僕はレッドベアーから傷を受けた身体のまま、雷の魔法でなんとか治癒して動かしていた。まぁ、治癒と言うよりかは応急処置と言う方が近いが。完全と言うには程遠いが、なんとか動かせる。
(でも、どうする……)
僕の身体から流れる血と共に、だんだんと意識が遠くなるのを感じる。あのレッドベアーは腕が異常に発達してたし、完全に油断していた事もあって防御も全然出来なかった。
「歩くのはいけそうだが……戦闘は無理か」
歩くのには申し分ない。だが、今ここは敵が居る戦地だ。戦地で戦えず、歩けるだけと言うのは死んでいるのにほぼ等しい。いや、既に死んでいると言っても過言ではないのかもしれない。それにニーナにも頑張って貰ってるし。
「僕も何か……」
そう思いながら、低級の雷の球を出そうとして
「……ッ!」
途端、激痛が走る。
普段だったら別に我慢出来るくらいの低級魔法であるはずなのにも関わらず、発動出来ない。どうやら身体が万全じゃないと僕は低級魔法ですら撃てないみたいだ。なんたる耐性の低さであろう。伝説の勇者は、例え身体がボロボロで、血塗れになろうとも、伝説級の魔法を撃って敵と相打ちするくらいの事をしたと言われていたのに。
(……いや、そうじゃない)
今の状況において考える事は、今の身体の状況や魔法を耐えられる身体とかそう言う事ではない。今、大切なのは撃つか撃たないかである。
そうだ。伝説の勇者だって僕よりも強く、そして凛々しくても、同じ人間なのだ。血塗れで伝説級の魔法を撃つのだって、彼自身相当な負荷だと分かって撃ったはずだ。
大切なのは撃てる身体であるかじゃない!
(撃つと言う意思だ!)
勇者とは勇ましき者! 強さが勇者である事を決定づけるんじゃない。その場面でどうするかが勇者足りえるかを形作るんだ。ならば、今僕がやる事は……
(やってやろうじゃないか!)
僕は勇者に、英雄になるために、あの村を飛び出した。そしてそのチャンスは今ここに転がっている。チャンスがあるのにそのチャンスを活かさなくてどうする!
僕は身体から雷の魔力を取り出す。いや、取り出すと言うよりかは吐き出す。いつもは少しずつ身体に負担をかけすぎないようにゆっくりと出しているが、今はそれでも痛みが出るのだ。ならば一気に魔力を吐き出す方が効率が良い。
さっきの雷神の剣で減ったとは言っても、まだ撃つ分の魔力は十分に残っている。その魔力を圧縮し、凝縮し、1つの球として再構成していく。
いつもだったら作ろうとも考えない、自分の身体の耐性以上の魔法。僕は後先考えずに、ただただ一生懸命あのレッドベアーを作るための雷の球を作り出していた。
(あの『レッドアイ』は身体の中にあった邪な魔力を雷で消滅させる事によって死んだ。ならば、それと同じような、このレッドベアーもまたその邪な魔力を雷で消滅させれば倒せるんじゃないか?)
『レッドアイ』よりかは雷の耐性が強い、腕が異常に発達したレッドベアー。けれども、その耐性を破るほどの雷の魔力ならば倒せるはずだ。
ビチッっと、腕の血管が雷によって切れる音がしたと思ったら、足や腹などの血管も1つ1つ切れて行く。先程、レッドベアーの爪を受けた部分は雷の魔力で補強しているが、ここもいつ魔力切れで切れるかは分からない。
(だが、構う物か!)
これくらい出来なくて、何が英雄と言うのだ!
「GYAAAAOOOOOOOOOO!」
「うっ……!」
レッドベアーが大きな咆哮をあげて、側に居たニーナがその咆哮の衝撃で耳を傷めたのか剣の攻撃を止める。その隙を突いたレッドベアーが、ニーナに向かって爪を振る。
「GYAO!」
「このっ……!」
ニーナは慌てて剣で爪の攻撃を防ぐも、咆哮による耳のダメージは残っていたのか、身体を上手く使えなかったみたいで腕に爪がかする。そしてニーナの腕から血が出る。
「……ッ!」
――――――それを見た瞬間、僕は出し惜しみを止めた。
凝縮と圧縮を繰り返していた雷の魔力に、腹の傷を塞いでいた雷の魔力を足して、さらに凝縮と圧縮を繰り返す。腹からは止めていた魔力が消えて血が流れ出して、一瞬意識が飛びそうな感覚になるも気合いでそれを留まらせる。
「……出来、た」
そして凝縮と圧縮を繰り返し、雷の銃弾と化したそれを見て、僕はそれをレッドベアーに向かって放った。
「GYAOOOO!?」
獣の本能で察知するレッドベアー。しかし、ニーナがそんなレッドベアーの足を剣で斬りつけて、動きを止める。そしてレッドベアーの身体に僕が作った雷の銃弾が命中する。
「GWWWWWWWWWWWWAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
攻撃を受けて、悲鳴をあげて倒れて行くレッドベアーを見て、僕は安堵した。
あぁ、ニーナ。助かって良かった。
最後に見たのは、僕を心配して駆けつけた、いつもの無表情そうなニーナからは考えられない、人間らしい相手を心配するような顔であった。
☆
「いやー、実に面白いね。君は」
意識が途切れて、最初にかけられた、あの真剣みが欠如した、ニーナが本能的に嫌いだと言った彼女がかけた言葉は、そんな言葉であった。




