雷の少年と真剣み欠如女性
『GYAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOO!』
『キャ――――――――――――――――――!』
洞窟に響き渡る獣の雄叫びと女性達の悲鳴。そして洞窟の崩壊音。
「ちょっと急いだ方がよろしいな。私は先に行きます」
その声を聴いたメリッサさんは後から来てくださいねとだけ伝え、二又に分かれた道の右の方へトコトコと先に行ってしまった。まぁ、あの声を聴いたら急いだ方が良いのは事実だろうから、メリッサさんの気持ちも分からなくはないのだけれども。
「僕達も急いだ方が良さそうだな、ニーナ」
「えぇ、急ぎましょうです」
僕達も急いだ方が良さそうだと思い、メリッサさんとは逆の左の方と向かって行く。洞窟は暗く、それでいて所々に苔も付いていて大変歩き辛い。
「大丈夫か、ニーナ」
「ちょっと暗いですけれども、大丈夫です」
ちょっと暗いし、ここは雷を使って光を取るべきだろう。いざと言う時になって足場で躓くのはカッコ悪いし。
「ニーナ、雷を使って光を得る」
「分かりましたです」
魔法とはイメージである。今イメージするのは光の球。雷を使って光源を得るから、大きさはさして問題はなくて、重要なのは光の強さが重要。暗闇を照らすための光をイメージして、魔法を考えて構成する。
「雷魔法、雷の光!」
僕は雷の魔法で洞窟を照らす明るい光を作り出す。手から生み出された光る雷は僕の手の中でぼんやりと光り始めて、そのまま辺りを照らし始める。暗くて良く見えなかったニーナの顔や、うっかり踏んで転びそうな石、触れるとべた付きそうな深緑色の苔。そして――――――しまったと言うような顔で見つめて来る女性の姿があった。
「あちゃー。声でだいたいの位置は分かったんだけれども、光を生み出されると流石にバレてしまいますかね」
ハハハ、と無邪気な顔で笑う彼女。ふんわりとした色が抜けた茶髪に焦点が合っていないような瞳、最低限急所を守っていると言うくらいの軽装をした彼女は、頬をかいて困った風な顔をしていた。
「いやー、参ったなぁ。ちょっとここから先は関係者以外は立ち入り禁止と言う感じかな。まぁ、つい先ほど関係者ではなくなってしまった私が言うのも何か違うとは思いますけれども。どう表現したら良いのかなー、やっぱりこう言う言葉って本当に難しいよね。正直、言葉とはそう言った微妙な表現を完全には出来ないから苦手だわー。まぁ、そこまで言うべきではないかね」
何と言うか、彼女からは真剣みと言う物が感じられなかった。
残念そうに思っていると同時にそうではないと言う気持ちも感じられ、ここで会って迷惑と言う気持ちとそうでもないと言う気持ちの両方を持っている。どちらにせよ真剣と言う言葉は感じられなかった。どちらにせよ、『真剣』と言う言葉とは無縁の存在であった。
そんな真剣とは無縁の存在に、戦闘のために生きて来た戦天使であるニーナが真剣そうな眼差しで見て、そして腹を立てたのかその女性に剣を突きつける。
「……真剣みが感じられませんです。せめて真剣みを出してくださいです」
「これでも一応は真剣なんですけれどもねー。真剣にどうしようか考えているしー。それに出す意味無いしー」
「それが感じられないです。出さないと戦いにならないじゃないですか」
「戦いって言うのは、確かにそう言った気持ちの持ち方も重要だねー。けれども、別にそれだけが重要って事でもないし、それに別に戦わなくても良いじゃない。同じ人間だもの」
「……真剣みは出す気はないんですか?」
「人間、諦めと言うか、生まれ持った素質は変えられないんだよ。残念ながらーのながらながらー。って、ながらながらって何だろうね。分かんないね、アハハ」
剣を突き付けられようとも彼女は何も変わらず、あっけらかんとした喋りを続けていた。本当に真剣みの欠片も感じない相手である。
「まぁ、そんな喧嘩腰にならないでくれるかなー。そりゃあ盗賊だし、倒されるような悪事はしたけどね。でももう止めちゃったから君達と争う理由はないしー。あの赤い熊さんを倒す方が先じゃないかなー」
『GYAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOO!』
と、そう言った瞬間、彼女の後ろから先程と同じ雄叫びが聞こえてくる。
「ほらほら、行った方が良いんじゃないかなー。ここに残っているのはあの熊を操るために残っていた私くらいだけだしー」
「お前があの熊を……」
「そう、奴隷にする奴らから逃げる気力を失くす担当の盗賊で、ロイファーと申しまーす。でもまぁ、もう盗賊を辞めたから無職なんだけどー」
そう言いながら彼女、ロイファーはハハハと笑う。
「あのレッドベアーは凶暴だよー。凶悪だよー。私なんかが手を付けられない位の暴れ馬、いや暴れ熊だよー。そしてあの熊は普通に奴隷達が捕まっている檻なんか破るだろうなー。もう、そこに鉄格子があるのかすら分からない位あっさりと破るだろうなー。私なんかの小悪党に構っている暇があるのならば、さっさとそっちを倒しに向かった方が良いんじゃないかなー」
『キャ――――――――――――――――――!』
今度は女性達の悲鳴。
「くっ! ニーナ、こいつの言う通りだ! 今はレッドベアーから奴隷にされそうな人達を助けないと!」
「……そうですね」
ニーナも分かったのか、刀を鞘へと戻す。
「そう。それで良いんだよ。じゃあ、もう二度と会わない事を祈っているよ。雷使いのお兄さんに、物騒な剣士さん」
そう言って、ロイファーはトコトコと駆け抜けて行った。僕達は悲鳴が聞こえた方へと足を進める。
「……ニーナ、どうしたんだ。いつもはあんなに好戦的ではないだろうに」
と、僕は気になっていた疑問をぶつける。ニーナは戦天使であり、戦闘に関する事を侮辱されると怒る。フローリエに居た頃も、僕が挑発して戦闘を侮辱する事を言うと、彼女はとんでもなくキレた。
もう二度とするまいかと思うくらいキレた。
もう二度と戦闘は侮辱するかと思うくらいキレた。
もう二度と忘れられないと思うくらいキレた。
けれどもその時だって、彼女はだいぶ我慢して、それでも抑えきれずに出したような形であった。つまり、今回のように「戦闘意欲が感じられない」と、それだけの理由でむやみやたらに刃を向けるのは彼女らしくはなかった。
「……すいませんです。なんて言うか、本能的に抑えきれなかったです」
「本能的?」
「いつもは相手の出方を窺っているのですが、彼女を見た時に戦わなくてはいけないと言う衝動が身体の奥底から出てきましたです」
戦わなくてはいけないと言う衝動、か。同じく彼女、ロイファーと相対していた僕はそんな気持ちは感じなかった。ただ、なんとなく真剣と言う言葉が感じられない、得体の知れない奴だと言う事は感じたけれども。
「今までこう言った気持ちになった事は……いえ、一度だけありましたです」
「それは?」
「あの時です」
「あの時?」
それはどの時かと問いかけると、ニーナは「はい」と言ってこう答えた。
「あの時――――――『レッドアイ』と言うレッドベアーと戦っている時に、少しですが似たような、倒さなくてはいけないと言う事を感じました」




