閑話 とある盗賊の頭の話
狩り場泥棒の頭、グスタフのお話です。
昔から人から物を奪う事の方が好みであった俺様、グスタフは、フエーハンからゲウムベーンまでの間を主な狩り場として利用していた。とは言っても最初の方は本当に些細な物で、その間を通る人達を適度に脅してその荷物なり金品なりを奪って生計を立てていた。初めの方は人気のない場所でこっそりと隠れるようにして襲っていて、襲うよりかは退治される方が多かったのだけれども、徐々に同じ風な考えを持っている仲間が増えて行くに連れてこちらから堂々と襲いにかかると言う事も増えていた。そしていつの間にか俺達の団体は構成員約80名の、盗賊団の中でも有数の巨大勢力へと成長していた。
そして仲間同士の連携や地形の把握、盗みのスキルアップと言った事を行いながら俺様はふと考えた。いや、もう既に考えていたけれども考えないようにしていたと言うか。とにかく薄々感じていたけれども、頭の中でそれを考えないようにしていたと言うのが正しいが。
けれども、あの日。この世界、アズガルドの中でも5人しか居ないと言われているエリート冒険者の中でもエリートのSランク冒険者、ケーニヒ・ゾウイに一瞬にして、完膚なきまでに全滅された時、ケーニヒに言われた言葉で俺様はそれを考えさせられる事になったのである。
『――――――お前は一度でも、これ以上の存在になりたいと考えた事はないのか?』
俺様はある一定のラインを越えてからずっとそればかりを考えていた。確かにうちの団体はそれなりの大規模集団として成長出来たし、幹部連中は俺様が直接指示を出さなくてもある程度は任せられるようになった。けれども俺様は成長の壁と言う物を感じていた。
剣士など冒険者や鍛冶師などの職人なども才能の壁にぶち当たるだろう。けれども毎日毎日、必死に努力する事によってそれを乗り越える事も出来るだろう。けれども盗賊はそう言う訳にはいかない。剣士や鍛冶師と言った者と、盗賊と言う物は大きく違うのだ。前者は己の中に壁と言う物を感じる事が出来るけれども、後者は人と言う相手ありきの商売なのである。才能の壁は訪れる。
『人間と獣の違いは上を目指すか、目指さないか。前者が人間で、後者が獣である。私は常日頃からさらに今の自分よりも上を目指そうとしている。昨日の自分よりも上へ、そして明日はさらに上へとやろうと心がけている。けれどもお前は、どっちだ? 私が思うに、お前は獣に見えるが?』
ケーリヒがこちらを見る目つきは人間ではなく、獣でも見るかのような、冷めた目つきであった。その日から俺様達はどう才能の壁を越えるかを考えていた。けれども俺様はどうすれば良いか分かっていたし、他の仲間達もどうすれば良いか分からなかった。
それからの毎日は、俺様達は盗賊稼業も上手く捗らずに、憂鬱な日々が続いているのであった。俺様があの女と会ったのは、そんな盗賊稼業が上手くいかない日々が続いていたある日の事であった。
「おやおヤ。はな死に聞いていた通リ、あなたた血は盗賊稼業が上手くいっていないみたいですネ」
赤黒いドレスの上に黒いマントを羽織ったかのような格好、月夜に照り輝く銀色の長い髪の頭の上には銅で出来たティアラが載せられている少女。その少女は背中には折り畳み式のテントを背負っていて、悠然と歩いているだけなのにどこか死の匂いが感じられる不思議な少女であった。普通に話しているのにも関わらず、どこかズレたような喋り方をしているように聞こえるような喋り方をする彼女は、ふむふむと俺様達の様子を見ながら考えていた。
「まァ、これは聞いていた通りの想定内の内容で死タ。そしてそれ故ニ、わた死、シュプリンガーが呼ばれたのですかラ。ほラ、入って来てくださイ」
そう言ってシュプリンガーが懐から出した赤い笛を鳴らすと、ノシノシと大きな足音と共に2体の赤い巨漢の熊のモンスター、レッドベアーが入って来た。1体は左目に大きな傷がついていて、もう1体は両腕が無駄に肥大化していて、同じレッドベアーと言ってもそれぞれ個体差があるけれども。
「「「れ、レッドベアー!?」」」
「血がいますヨ。これはた死かにレッドベアーではあるけれどもちゃんと死た名前があるのですかラ。こっ血の左目が傷付いているのはアイちゃんデ、そしてこっちの両腕が大きいのはアーちゃんと言う名前があるのですかラ」
「はいはイ、よしよシ。可愛いですネー」とそう言って、2体のレッドベアーの頭を撫でる少女、シュプリンガー。その少女の顔は可愛らしい子犬のようなペットを愛でるかのような感じで頭を撫でているのだけれども、撫でられているレッドベアーの方は蛇に睨まれてしまった蛙のようにビビりまくっていた。
「……頭、これはなんなんですか?」(ボソボソ)
「良く分からないが、どう考えてもこいつ、強そうだし……」(ボソボソ)
「抵抗すべきではないと……」(ボソボソ)
彼女の機嫌をそこねないように小さく、会話する俺様達。あのレッドベアーが頭を撫でられているだけで恐怖のあまり失神しかねているほどの力の持ち主など、どう考えたとしても俺様達よりも強者に違いない。それに……
(あいつ、俺様達の事を既に知っていたみたいだしな)
先程、シュプリンガーは『まァ、これは聞いていた通りの想定内の内容で死タ』と言っていた。つまりは、誰かからうちの事を聞いていたと言う意味だ。そして―――レッドベアーを届けるように言われたと言う事らしい。
「あなた方にはこの2体のレッドベアーを届けるようニ、操れるように調整を死て渡すようにと言われていまス。まァ、このレッドベアーの血はあまり良くなくてちょっと吐きそうになりましたガ。
この赤い笛を使えバ、多少なりともではありますけれどモ、アイちゃんとアーちゃんを操れるようにはなりまス。ガ、しかしこれはあくまでもわた死クラスの強さと覚悟を持ち合わせている人間でない限リ、操ろうなどと考えない方がよろ死いかト。まだ死にたくはないでしょウ。
でハ、死つれいいた死ま死た」
そう言って彼女は、赤い笛2つと2体のレッドベアーを置いてルンルンと、機嫌良さそうに帰って行った。「これデー、あいつに自慢出来るネ」と本当に嬉しそうな様子で。
後に残ったのは、あの女が置いて行った2体のレッドベアーとそれを操るための赤い笛が2つ。―――俺様達は頼りになる戦力を手に入れた。
それからは俺様達の誰かが赤い笛でレッドベアーを操り馬車を襲わせて俺様達がそれを取って行くという、傍目から見たら俺様達はレッドベアーのおこぼれを貰っているように見えるだろう。しかし、実際は俺様達がレッドベアーを操っているのだ。俺様達が欲しいと思った物を襲わせ、俺様達が邪魔だと思った物を蹴散らす。俺様達の盗賊稼業はどんどんとその規模を拡大させた。
―――そして遂に俺様達は誘拐という、盗賊稼業では一番の大仕事をするようにもなった。誘拐は一番リスクが高いが、一番リターンの大きい商売だ。奴隷として売るだけでも今までの仕事以上の金になるやればやるほど儲かる商売であり、俺様達はウハウハであった。
最近、妙な事が起きた。レッドベアーを操っていた部下の1人がレッドベアーの扱いに失敗した。その部下はすまないと誤っていたが、後にこの部下が無能であったと言う事ではない事に気付かされた。最初は赤い笛を使えばレッドベアーは誰の命令にも従う従順な駒であったが、1人、また1人と日が経つに連れて操れる奴が減っていった。そしてレッドベアーの力が強くなっていった。そして俺様は危機を感じていた。
もし、誰もレッドベアーを操れなくなったら、俺様達はどうなるのかと。
操れない獰猛な獣は、俺様達に牙をむく。けれども、俺様達にはその牙を収める方法も、獣を倒す術も持っておらず―――俺様はいつか来る狩り場泥棒全滅の日を覚悟していた。
今日はあの馬車を襲う事にした。もうレッドベアーを操れるのは俺様と、奴隷達を見張っている担当者だけだ。その奴隷達も明日には売りさばくつもりだが。
「今日も大丈夫でありますように……」
俺様はレッドベアーをまだ操れると信じて、その馬車へと襲いかかるのであった。




