雷の少年と護衛(4)
狩り場泥棒の頭、グスタフを倒した僕達はすぐさま煙が立っている場所、『レッドアイ』の居る場所へと向かった。そしてそこでは『レッドアイ』の爪による攻撃に襲われかかっているトカリさんと、それを心配そうな眼つきで見ているユメハの姿があった。
「拙そうです。今のままだとダメです!」
「……ニーナ、頼む」
僕はそう言って、地面を強く蹴りだして『レッドアイ』の元へと駆け抜けていた。
「分かってるです!」
ニーナは視線を介して僕の伝えたかった事を理解してくれているようである。ニーナは持っていた剣を振りかぶり、そのまま剣を『レッドアイ』へと向かって振り投げた。ニーナの豪腕で振り投げられた剣は僕の横を通って、さらにトカリの頬のぎりぎり横を通り抜けていて、『レッドアイ』へと向かっていた。僕は微量の雷の魔力を足の中で回転させて、飛んでいる剣の傍へと迫る。そしてそのまま剣をしっかりと握りしめ、そのままニーナに教えて貰った剣技を繰り出す。
「ニーナ式抜刀術、雷鋭断!」
雷の魔力を剣の刃へと伝え、切り裂く雷の刃を纏わせて敵の身体を鋭く、そして激しく抉るように斬る技、雷鋭断。『レッドアイ』の赤い毛皮へと向けられた雷の剣は、既にふらふらであった『レッドアイ』の身体を鋭くえぐり、そして
――――――そこで僕は得体の知れない魔力を感じた。
(……!?)
魔力にはそれぞれ本人の意思と言う物が通っている。簡単に言えば、同じ火の魔力だとしても優しい人間が使えばそれは人を温める優しい炎となり、逆に恐ろしい性質を含んだ人間が使えばそれは人を焼き殺す破滅を呼ぶ炎となる。同じ属性であっても、魔力と言うのは人それぞれ違うのだ。ニーナとの戦闘訓練に置いて僕はそう言った魔力と意思と言う物を感じ取れるようになった。とは言っても、微妙な物で、あくまでもそうであると言う感じがするだけであり、気のせいと言われてしまえばそうでしかないような、本当に誇るほどの物でもない微弱な力。
そんな微弱な力が、『レッドアイ』と言う通称が付けられたレッドベアーの身体から、得体の知れない魔力を感じ取った。
『レッドアイ』から伝わって来る、おぞましく、恐ろしい、得体の知れない魔力。微量ながらもそれは明らかな異質として感じ取れていた。その魔力はレッドベアーを凶暴的に改造していて、どれだけレッドベアーの身体が傷付こうとも動かす、簡単に言えば生きる死体として動かす忌まわしい力であった。本来、動けない位に傷付いているはずの『レッドアイ』の身体をこの魔力が動かしている。
魔物との戦闘の際でも、ちょくちょく魔力を感じ取っていたけれども故郷でもこんな得体の知れない魔力は感じ取れなかった。それに……そのおぞましい魔力の他に、レッドベアー本来のものと思われる火の魔力も一緒に感じられた。
(何者かが手を加えているようだが……関係ない!)
僕はそう言って、『レッドアイ』のその魔力を消すべく雷の魔力を流し込む。ニーナ曰く、僕の魔力耐性の低さは本当に絶望的らしく、それ故僕はニーナからそれを補う術を学んだが、その1つに身体の複数個所から雷の魔力を流すと言う方法がある。手の平だけから出すのではなく、指1本1本から雷の魔力を操ると言う方法を教わった。しかし……
「くっ……!」
残念ながら僕はこの方法をあまり強くは使いこなしていない。けれども魔力を焼き切るのであれば、これが一番冴えたやり方である。魔力は魔力で潰すのが一番である。僕の身体から伝わる、僕の身体を焼き殺そうとするくらい激しい雷の魔力。所有者でさえ手を焼いているんだ。こう言う機会で―――ちょっとは役に立ってくれ!
僕の身体から伝わって来る雷の魔力は僕の身体を焼き殺そうとして、そのままその忌まわしい魔力へと向かって行く。その雷の魔力に耐えつつ、僕の魔力はその『レッドアイ』に宿っている忌まわしい魔力へと向かっていた。最初こそ抵抗していたが、その魔力は少しずつ雷の魔力によって消えて行き、そして雷の魔力は忌まわしいその魔力へと襲い掛かり、そして―――
(消えた……)
僕が雷の魔力を消した事によって、『レッドアイ』はまるで糸が消えたかのように倒れ去るのであった。
あの忌まわしい魔力が一体なんだったのかは気になるが、今はそんな事よりもトカリさんとユメハの2人が優先すべき事だろう。
「大丈夫か、トカリさん! ユメハ!」
「大丈夫ですか、2人とも!」
僕とニーナは心配するように優しく声をかけ、2人はポカンとしながら小さく大丈夫だと返事を返すのであった。
☆
「じゃあ、ボク達の攻撃であの魔物は倒れていたって事?」
軽くトカリさんとユメハの手当てと狩り場泥棒達を縄で捕縛をした僕達は、メリッサさんの元へと歩いていた。2人とも体調が万全とは言えないので、僕はユメハ、そしてニーナがトカリさんの肩を貸して歩かせていると言う感じではあるが、2人とも歩けないほどではなかったため大丈夫であると判断した。そしてメリッサさんの所に戻る最中、「あの魔物は普通ならもう倒れてたのに……」と言う僕の独り言にユメハがそう聞き返したのである。
「あぁ……。僕はなんとなくだけれども、魔力の性質とかが分かる。それで見てみたら、あのレッドベアーには普通ならば立てないほどのダメージを負っていようが動けるような魔力が外部から注入されていた」
「それは狩り場泥棒達がレッドベアーを使うために入れたのでしょうか?」
「どうだろうな……」
レッドベアーが襲った馬車を襲う、狩り場泥棒と呼ばれる連中。その正体は赤い笛を使ってレッドベアーを手懐けて懐柔し、襲わせると言う関係であった。とは言っても、あのレッドベアーを操れるのは僕達が戦っていたグスタフと名乗る頭だけみたいだが。
「魔物を操る道具……。とある地方ではそう言った物があると言う噂を聞いた事があるような……。ユメハ、どこだっけ?」
「ボクの記憶が正しければ、オルクスに『魔笛』と呼ばれる魔物を操る笛があるにはある。けれどもあれは、あの地方の人間だけしか操れない一族相伝の技術だったはず……。少なくともボクは、あの地域以外の人間が魔物を操っているのは知らないし、あれはお互いの協力関係とかが必要だったはず……」
「つまり簡単にまとめると……」
「あの頭が使っていた赤い笛は可笑しい」
ユメハが言うには、そう言う事らしい。確かにあのグスタフが魔物と熱々の信頼関係を築いている光景は想像がつかない。それにトカリさんが思い出した情報によると、他人が使うと言う事自体可笑しいらしい。オルクスの『魔笛』は本人でないと吹けもしなければ操る事も出来ない。けれども問題のレッドベアーを操っていた赤い笛は操っていないにせよ、他の奴が吹けたと言うし。
いったい、どうなっているんだろうか? まぁ、今はメリッサさんの所に行くのが先決である。
「……それにしてもヒューは強いんだな。そんな怪しげな魔力さえ感じ取れるだなんて」
「あまつさえ消し去るだなんて」
上目遣いで、凄い人のような扱いでこちらを見るトカリさんとユメハ。それに対して僕の心の中は戸惑いと嬉しさでいっぱいであった。
確かに僕はニーナとの訓練で強くなった。だけれどもニーナにはまだ勝てないし、まだまだ訓練が足りないと思っていた。それに昔は弱い奴だとあの糞共に虐められつつそう刻み込まれてたし。
けれども……
(僕も強くなっているんだな……)
2人の視線に照れつつ、僕は自分が強くなっていると実感するのであった。
「まぁ、確かに魔力感知と言う能力は他人にはないヒューの特技の1つでありますが、それでも戦闘能力的にはまだまだ粗さが残っているです。そんな事では真の強者足りえませんです」
最もニーナからしてみれば、僕はまだまだみたいなんだけれども。
「ニーナちゃん! 厳しい!」
「ボクもそう思うよ、トカリ……」
「まぁ、僕だってそう思っているから気にしないで」
ニーナの評価に納得のいかないトカリさんとユメハを連れて歩き続けていると、
「お―――い! 皆、大丈夫だったか――――――!」
女らしさがほとんど感じられないメリッサさんの声が聞こえてきた。
「さぁ、もうすぐだよ」
僕達はそう言ってメリッサさんの元へと向かった。
その後、グスタフと言う頭の狩り場泥棒達を捕まえた事、狩り場泥棒達が『レッドアイ』を操っていた事、そしてその『レッドアイ』を倒した事をメリッサさんに報告した。これで安心かと思いきや、メリッサさんの顔は苦悩のままであった。
「……? メリッサさん、どうかしましたか? 何か心配事でも?」
「いや、先程私も狩り場泥棒を倒して事情を聴いていたのだが、その際気になる事を言っていたのだ」
気になる事? と疑問符を浮かべる僕達に、それは何かと前置きしたうえでメリッサさんがこう言う。
「――――――実は狩り場泥棒の本拠地の洞窟には、調査隊の冒険者が多数捕まえられており、さらにそこには『レッドアイ』よりも恐ろしく強い、2体目のレッドベアーが居るとの事だ」




