雷の少年と護衛(3)
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
耳に残り、そしてどことなく凶暴性を感じられる大きな雄たけびが聞こえてくる。それはトカリとユメハが行っていた方向から聞こえてきた。そしてその声が聞こえると共に、目の前に居る、狩り場泥棒の頭と名乗ったグスタフの顔が狼狽していた。狼狽するグスタフに、ニーナは衝撃波を放ってグスタフに攻撃していた。
「チッ! あの音! あいつら、笛を奪いやがったのか! 俺様が必死の想いで手に入れたと言うのに!
お前らのせいだ! お前らの……せいだ!」
そう言って、よろめきながらもグスタフは手の平の上にちょっと小さめの台風を作り出していた。あれは故郷で俺を虐めていたウノが作っていた風の魔法で作り出していた台風に良く似ていた。しかし、グスタフが作り出した台風は、故郷でひっそり暮らす事を選んで魔法の腕を燻らせたウノと違い、荒々しく、そして暴力的な台風であった。
「くらえ! 俺様のザ・ハリケーン!」
彼がそう言って手に作った台風を放つと、それは風を巻きこむようにして大きくなっていた。赤く染まったその台風は、こちらへと向かって来ていた。ニーナは剣で衝撃波を生みだして、グスタフへと放っていた。けれどもそれはグスタフの台風で弾かれていた。
(ちっ……!)
僕は雷の魔法を足と腕にかける。その際、剣にかかっていた雷魔法を解除して、その魔力も足と腕の強化に回しておいた。そしてそのままグスタフが放った台風へと走っていた。台風は確かに当たれば無事ではすまないけれども、初めから傷を受けると覚悟して置けば別に大した傷では無い。足を強化しているので入っている時間は一瞬だしね。
そしてそのまま、強化した腕を振り、そして荒れ狂う台風を抜けて驚いた一瞬の隙をついて、僕は殴りかかる。そしてそのままグスタフは倒れる。
ニーナは倒れたグスタフに止めの当身を首に当てて、完全に沈黙させる。そしてキョロキョロと辺りを見回して、何かを見つけたようで森の中へと入って行く。
「これです。これで大丈夫です」
そう言って、ニーナは森で手に入れただろう緑の蔓を持って帰って来た。そしてそれに自身の氷の魔力を入れて硬く凍らせ、グスタフに巻き付けて行く。そして巻き付けて縛った後、再度また魔力で凍らせていた。
「その場にある物を使うのは戦闘の基本ですからね。これでしばらくは大丈夫だと思いますし、後はメリッサさんに任せましょうです」
「だな。後は……」
と、そう言って僕達は先程恐ろしい熊の鳴き声が聞こえた方を見る。そこでは既に森が燃え、そして黒い煙が上がっていた。
「急がないと……! トカリとユメハが危ない!」
「ですね!」
僕とニーナはそう言って、トカリとユメハの居る、あの煙の元へと向かうのであった。
☆
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
と、私、トカリ・リヤと相棒であるユメハの前でそいつは雄たけびをあげた。
私達のちっぽけな身体を覆い隠すしっかりと肉のついた巨体に、手から伸びる凶悪そうな長い2本爪。血を浴びたかのように真っ赤な毛皮とこちらを睨みつける赤い瞳。そして、その左目にはまぶたの上から覆い隠さんばかりに深く、そして二度と開けられないくらいに傷付けられた2本の爪痕があった。
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
そいつ、『レッドアイ』はまたしても大きな咆哮をあげると走り出し、先ほど赤い笛を吹いた痩せ細った男へと向かっていた。
「な、なんでだよ! なんでお、おれの方に、こっちにくるんだよ! 話が違うじゃねえか、頭よ――――――!」
と、そいつはヤケクソ気味に持っていた剣を振り回すが、それは全く話にならなかった。
『GUUUOOOOOOOOOOOOOOO!』
「ゲフッ……?!」
『レッドアイ』はその痩せ細った男をひき殺し、ひき殺された男は大量の血と肉塊と共に吹き飛ぶようにして木へとぶつかる。そしてタラリと、上から下に落ちるのは当然であるという法則を守るかのように血は木を伝って落ちる。肉塊と成り果てた男は木にぶつかったまま、ピクリとも動かなくなった。
「なんなんだ、これは……」
「トカリ、なんかやばい気がします」
ユメハに言われるまでもなく、それくらい私だって分かっている。『レッドアイ』はゆっくりと肉塊へと変わった男の死骸をむしゃむしゃと頬張り始める。今、『レッドアイ』の注意はあちらに向いているが、それもあの死骸が食べてなくなるまでだろう。
レッドベアーは休息時期がなく、食欲旺盛の魔物。そして私達を襲うのだって訳ないでしょう。ここで逃げても、後から追って来るかも知れない。それどころか馬車に居る仲間達に被害が及ぶかもしれない。私達は下手に動けない状況にあった。
どうしてこうなったかと言われれば、先程死んだあの男が原因だった。
『お前ら! お、おれを追い詰めたようだが、おれにはまだ切り札がある!』
先ほど肉塊へと変わり物言わぬ死体となった男は、私達に追い詰められ逃げる事が出来なくなったと悟るといきなりそう言ってきた。
『これ以上、近付いて見ろ! おまえら、し、死ぬぞ!』
そう怯えながらも、炎の球を作り出そうとして言うのを見て、私達はそれが彼のただのはったりだと判断して攻撃の手を緩めなかった。そして自棄を起こしたそいつは、懐から取り出した赤く染まった、まるで血のように赤い笛を取り出した。
『頭はな、おれにはまだ早いと言っていたが、そうではない! おれは、この『レッドハンター・アイ』のトップになる!』
そう言ってそいつは笛を鳴らし、そしてレッドベアーが現れて、今の状況になっている。
(あの笛が『レッドアイ』を操っていた? いや、そんな事はあり得ないって! 何考えてんの、私!)
と、私は頭の中で思い描いた魔物を操ると言う骨董無形の空想を追い出した。だってあり得ない。魔物を操る魔法だなんて聞いた事もない。それこそ―――伝説に歌われる異端卿でない限り。
(……異端卿。火、水、雷、風のどれにも属さない魔法属性を操る集団の事だけれども……)
そう言いながら、私はユメハの姿を見る。けれども、いやそんなはずは……。
「……トカリ」
とそんな事を考えていた私に、隣で立っていたユメハが声をかける。
「ボクが短刀で相手へとぶつかるから、トカリは応援を呼んで来て」
「でも、それじゃあ!」
それじゃあ、あの『レッドアイ』の前で置いて行くと言う事になる。『レッドアイ』はもう少しで食べ終わる。それだから逃がそうとしてくれているんだと思うんだけれども、私1人だけ逃げると言うのは嫌だ!
「だったら私も戦う! ユメハを一人にはしない!」
「トカリ……。分かった、行くよ」
ユメハはそう言って水の魔法で水の球を作り出し、そして私もまた風の魔法で暴風を作り出していた。
「ユメハ! コンビネーションで行くよ!」
「ボクに任せて」
そして『レッドアイ』はこちらにようやく気付いて、『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』と言う雄たけびをあげた後、こちらに走って向かって来る。
「「ウォーターハリケーン!」」
私とユメハは走って来た『レッドアイ』に向かって、2人で放つ。
『ウォーターハリケーン』。これは私とユメハの2人で編み出した水と風の魔法の合体した魔法である。私が一直線に暴風となった風の塊を相手にぶつけ、その風にユメハが水の球を合わせて作る、言わば水の台風。台風は一点に凝縮させているので、威力はさらに大きい。
レッドベアーは火属性の魔物であり、弱点は水。水と風の凝縮したこの魔法は、相手にとってかなりのダメージになったはずに違いない!
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
しかし、私達のその願望は、『レッドアイ』の大きな咆哮をあげているのを聞いて脆く崩れ去っていた。『レッドアイ』はさっきの攻撃でダメージは多分効いたが倒れるほどでは無く、逆に逆上して完全にこちらに狙いを付けていた。
「うぅ……全然効いてないぜ」
「ボク達、どうなるの……」
さっきの『ウォーターハリケーン』が私達の最強のコンビネーション技であり、最も威力の高い技だったのだ。それでもあの『レッドアイ』を倒すのにはいかなかった。さっきので魔力も大分使ってしまったし、もう打つ手もない。せめて、いかにも出来る冒険者と言う感じであったメリッサさん、それか他の護衛であるヒューとニーナの2人さえ来てくれれば、
『GUUUOOOOOOOOOOOOOOO!』
目の前にある大きな『レッドアイ』の顔を見て、もうダメだと思った瞬間、いきなり何かが飛んで来た。そしてサクッと、気付いた時には私の頬は切れていた。そしてその飛んで来た何か、剣が『レッドアイ』の腹に刺さる前、私の横をサッと彼が走り抜け、そして――――――
「ニーナ式抜刀術、雷鋭断!」
その飛んで来た剣で、彼、ヒューは『レッドアイ』を切り、そして『レッドアイ』を倒し伏せたのであった。
ヒロインのピンチに、颯爽と現れた主人公が敵を一撃で倒す。
そう言ったある意味、王道です。




